池の方へ移動すると、首塚に続いていた橋が途中で壊れていることに気づいた。 ふと見ると、橋の近くに何か落ちている。 「日記……?」 拾い上げてみると、それは古い日記だった。 色褪せてしまっているが、藍色の日記のようだ。 "藍色の日記" この屋敷へ来て幾日経っただろうか。 お屋敷の方々は快く私を迎え入れてくれたが、私の心は晴れぬまま、ただ時間だけが過ぎていくように思える。 彼らはどうしているだろうか。 彼女は元気でいるだろうか。 …そんなことばかり考えてしまう。 ご当主から貸して頂いた部屋の窓からは、中庭の桜の木がよく見える。 風が吹く度に、桜の花びらがひらりと舞う。 …桜を見ると、どうしても彼女のことを思い出してしまう。 別れるときの彼女の悲しげな目が忘れられない。 中庭を歩いていると、ふと故郷に残してきた弟のことが思い浮かんだ。 文の一つでも送ろうかとも思ったが、私の居場所が知れれば父達も黙ってはいないだろう。 彼も、今はどうしているのだろうか。 いつかまた会おうと約束したが、今はまだ戻れそうにない。 ここへ来てから、昔のことばかり思い出す。 この屋敷の雰囲気が故郷の村に似ているからだろうか。 今日、中庭を歩いていると、白い着物を着た女性に出会った。 初めは驚いていたようだが、少しずつ話してくれた。 彼女の名前は霧絵というらしい。 普段は出歩くことを許されておらず、いつもは屋根裏にある座敷牢にいると言う。 なぜそのような場所にいるのかと尋ねたが、彼女は口を閉ざしたまま、答えてはくれなかった。 宮司殿に霧絵のことを尋ねたら、彼女は巫女であると教えられた。 氷室のお屋敷では特別な存在だと言う。 誰もその存在に触れてはならず、特に男性は決して近づいてはならないと言う。 何か嫌な予感がするが、お屋敷に身を置いて貰っている身で、あまり口を挟むのも憚れる。 しかし…霧絵のあの目が気になる。 私も、霧絵と同じような目をしていた時期がある。 …何も起こらなければよいが。 「霧絵…?」 もしかして僕が見たあの白い着物の女性が、霧絵なのだろうか。 しかし、巫女というのはどういう意味だろう。 この屋敷で行われていたという鎮魂祭と、何か関係があるのだろうか。 僕は日記を閉じると、それを抱えて中庭へと戻った。 前へ 次へ [しおりを挟む][戻る] |