Wheel of Fortune〜zero〜
□最終夜 解放

「兄さん!!」


ふっと食い込んでいた縄が消え、私は倒れ込む兄さんに駆け寄りました。


「深…紅……っ」


目に涙が滲んでいく。


ふと見ると、高峰さんの縄も消えていました。


「よかった……兄さん……」


「深紅……どうして、ここへ……」


私は涙を拭って言いました。


「当たり前じゃない……兄さんは、私にとってたった一人の…家族なんだから……」


兄さんははっとした表情を浮かべ、


「…すまない……深紅」


そう言いました。


私は無言のまま少しだけ微笑んで首を振りました。


と、そのとき、かすかなうめき声が聞こえて、私達は後ろを振り返りました。


「霧絵……」


そこには生前の姿に戻った霧絵さんがいました。


五肢に縄が巻きついているけど、さきほどのような霊気は感じられません。


「霧絵さん……」


ポツリと私は呟いて、霧絵さんを見つめました。


『……ごめんなさい………わかってたのに……わたしは……』


私は無言で首を振りました。


霧絵さんに掛ける言葉が見つからなかったのです。


霧絵さんは両手で顔を覆いながら、言葉を紡ぎました。


『巫女として…役目を果たそうと……それがわたしの運命なんだと……そう思ってた。……あの人と離れるのは、少し寂しかったけれど……あの人に出会えてよかったと、そう思ってた…』


呟くように話す彼女を、私達は黙って見つめます。


『あの人が里に帰られたと聞いて…やっと決心がついた。……あの人が無事に想い人のもとへ帰られたのなら…それでいいと……そう思ってたのに……』


そこまで言って、霧絵さんはその場に泣き崩れました。


『なのに、どうして………どうして………。わたしはただ、あの人が幸せになってくれればそれでよかったのに………それで……よかったのに…………。闇に呑まれてから、ずっと自分を止めたいと思ってた…。でも……止められなくて……ずっと……ずっと……長い夢を見ていたような……そんな気がして………』


と、そこで兄さんがすっと立ち上がり、一歩彼女に近づいて言いました。


「君は…長い間自分を責め続けてきたんだね……。自分のせいで彼を……清純を、死なせてしまったと…」


霧絵さんは無言のまま両手で顔を覆います。


『あの人は…私のせいで……』


「確かに、清純は君に近づいたが為に命を落としたのかもしれない…。でもそれは、君のせいじゃない。君が自分を責める必要はないんだ」


霧絵さんがそっと顔を上げました。


その目は後悔と深い悲しみに満ち溢れていました。


「僕がここに来たのは…たぶん偶然ではないと思うんだ。清純が……彼が僕をここへ呼び寄せたんじゃないかと思う」


『あの人が……?』


「彼は君を救おうとしていた。巫女という運命から、そして、運命という呪縛から。でも、結局救うことはできなくて……自分が死んだことで、君は君を許すことができなくなってしまった。だから彼は、僕をここへ呼び寄せたんだと思う。……君を救って欲しくて」


『!』


「…僕は、清純によって導かれ、ここまで来た。君が彼の幸せを願っているのなら、どうかもう苦しまないで欲しい。…君が苦しめば、彼もきっと苦しむだろうから」


霧絵さんの目から涙がこぼれました。


けれどそれは、さっきまでの悲しみに溢れた涙ではないように思えます。


『…清純さん………』


霧絵さんはぽつりと呟くと、ぎゅっと手を握り締めました。


それを見て、私はある場所へ近づきました。


「それは…!」


驚く兄さんに私はそっと微笑んで、鏡の欠片を窪みに納めました。


その瞬間、眩い光が辺りを包み込み、開きかけた門を閉じました。


「霧絵さん…もうあなたは巫女じゃない。もう…縛られる必要はないの」


私が言うと、霧絵さんは涙を浮かべて小さく頷きました。


そして静かにその瞳を閉じたのです。


『…ありがとう………』



気がつくと、私達は氷室邸の外にいました。


私達の体に刻まれた縄の跡は、跡形もなく消えています。


ふと空を見上げると、たくさんの光が天へと昇っていきました。


ようやく魂が呪縛から解き放たれたのでしょう。


「…霧絵さん……」


私はぽつりと呟き、いつまでも天へと昇る光を見守っていました…

3/4

前へ 次へ
[しおりを挟む][戻る]
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -