屋敷の中に入った瞬間、何かが変わったような気がしました。 上手く説明することはできないけど、外とは違う何かがここにはあるような気がしました。 本当に兄さんはここにいるのでしょうか。 不安に思いながら奥へと進むと、縄がたくさん垂れている廊下に出ました。 長い間誰も住んでいない廃屋だとは聞いていたけど、一体ここはどんな屋敷だったのでしょう。 とても普通の家には見えないけど…。 恐る恐る先へと進むと、つきあたりに大きな鏡がありました。 そしてその鏡の前に、見覚えのあるカメラと懐中電灯が転がっていたのです。 「これは…!」 母さんの形見のカメラ、射影機。 出掛ける前、兄さんが持っていたはずの物。 そっと拾い上げた瞬間、たくさんの白い手に包まれて消える兄さんの姿が見えました。 「今のは…何?兄さんに、何があったの?」 不安がどんどん大きくなる。 と、そのとき、左側にあった扉が突然開きました。 驚いて振り返るけど、扉の向こうに人影はありません。 「…兄さん…?」 開いた扉から中へと入ると、そこは大広間になっていました。 至る所に付いている赤い染みのようなものが、とても不気味です。 部屋の中を見回しながら奥へと進むと、上に神棚がありました。 長い間使われていないはずなのに、なぜか神棚の上だけはきれいでした。 埃も積もっていません。 少し気になったけれど、私はそのまま先へと進みました。 大広間を出て回廊を進むと、どこからか琴の音が聞こえて来ました。 「…上から聞こえる…?」 階段の下に立つと、さっきよりも音が大きくなっているのがわかります。 嫌な予感を感じつつ二階へと上がると、廊下の奥の方から女性のすすり泣く声のようなものが聞こえて来ました。 そっと襖に手を掛けてみましたが、何かが引っかかっているようで開きませんでした。 いつの間にか琴の音も止んでいます。 「…何だか…おかしい、この屋敷。誰もいないはずなのに……」 人の気配はないのに、物音や誰かの足音が聞こえる。 でもそれは兄さんや高峰さんではなくて… ありえないもの。 俗に"霊"と呼ばれる存在。 私は物心ついた頃から、普通の人には見えないものが見えたり、聞こえるはずのない音や声が聞こえたりするのです。 そのせいで、学校の友達ともあまり深く接することができなくて… 私を理解してくれるのは兄さんだけでした。 同じ力を持った母さんが亡くなって、私達はたった二人だけの家族になり、それからずっと、支え合うように生きてきました。 もし兄さんを失ってしまったら、私は本当に独りきりになってしまう。 それが、何より恐いのです。 孤独…というものは、何よりも恐ろしいもの。 体が傷つくよりも、心が傷つく方がずっと痛いということを私は知っている。 だから… 前へ 次へ [しおりを挟む][戻る] |