Wheel of Fortune〜zero〜
□第四夜 狭間

「よかった、間に合って…」


僕が安堵のため息を漏らすと、先生は深呼吸をしてから頷いて言った。


「何度か君の姿を見かけたのだが…途中で見失ってしまって…。私の身を案じて来てくれたのか」


「すいません。もう少し早く来ていれば…」


「いや、君が謝ることはない。私が勝手にここへ来たのだから。…しかし、まさかこのような事態になろうとは、想像もしていなかったがね」


先生は喉をさすりながら鏡に目をやる。


霊の姿はないが、またいつ襲われるかわからない。


「先生、ここは危険です。とにかく一度屋敷に戻りましょう」


僕がそう言うと、先生はそれを手で制して奥の台座へ向かった。


「ようやく最後の一体を見つけたのだが、あと一歩間に合わなかったのだ」


先生はそう言って床に転がった仏像らしきものを拾い、台座の窪みに納めた。


すると、カチリと音がして奥の棚が開いた。


中にはガラス……いや、鏡の欠片が納められているようだ。


「欠片……やはりこれが原因だったのか」


先生はそう呟いて欠片を手にした。


「それは…?」


「まあ待ちなさい。色々と話すことがあるが、まずはここを離れよう」


僕は頷いて、先生と共に屋敷へと戻った。


屋敷に戻り、中庭に出たところで、先生は一冊の本を取り出して言った。


「これはこの屋敷に住んでいた、宗方良蔵という民俗学者が残した書物だ」


"民俗学者の手記"

この屋敷に移り住んで一月。

ようやく兄の手掛かりを発見することができた。

宮司の手記だと思われるが、そこに客人についての記述が見つかった。

それによれば、兄は書生としてこの氷室邸に滞在していたらしい。

やはり兄はここへ来ていたのだ。

しかし、兄がこの屋敷を出たという記述は見つからない。

兄は一体どこへ行ってしまったのか…



美琴がどこからか古い書物を持ってきた。

池のほとりに落ちていたと言う。

逢魔が淵には何度も足を運んだが、そのようなものはなかった。

どこから持って来たのかわからんが、その古書によると、この氷室邸では「裂キ縄」という儀式が行われていたようだ。

地下にある「黄泉の門」を封じる為の儀式だと記されているが、詳しい内容まではわからない。

しかし、宮司の手記にあった「縄の巫女」と何らかの関係があるのかもしれん。



もう一度発見した古文書などを調べていくと、「禍刻」という災厄についての記述が見つかった。

「裂キ縄ノ儀式」が何らかの原因で失敗すると、黄泉の門が開き、禍刻が起こるという。

その禍刻を封じる為の鏡、「御神鏡」が氷室邸の奥にある鳴神神社に納められているらしいが、社内にそれらしきものは見つからなかった。

すでに持ち去られた後、というようにも見えたが、一体誰が持ち出したのだろうか。



「御神鏡……それがあの欠片ですか?」


僕が尋ねると、先生は鏡の欠片を取り出して頷いた。


「箱庭にあった宮司の手記には、禍刻が引き起こされた後、この御神鏡で黄泉の門を封じたと記されていた」


「それが…何らかの影響で解けた、ということですか」


「竹内氏の話では、最近この辺りで大きな地震があったと言う。おそらくそれが原因だろう」


そういえば、氷室邸のことを教えてくれた友人が、この地方で地震があったと言っていた。


「これは私の仮説だが、その地震によって本体の鏡を監視する四枚の鏡が砕け、本体の鏡は黄泉の門の負荷に耐えられなくなったのではないか?」


「なるほど…。ですが、残りの欠片は一体どこに…」


「自力で探し出すしかあるまい。この屋敷のどこかにあることは間違いのだから」


「…そうですね」


「しかし、問題はあの白い着物の女だ。彼女が伝承にある縄の巫女だとして、なぜこの屋敷に入った人間を襲うのか…。元より理解し難い事態ではあるが、私はそこが気になって仕方がないのだ」


「はい。確かに、あの霊からは他の霊とは違う何かを感じました」


「…そういう専門的なものは、私より君に任せた方がよいかもしれんな。ではこうしよう。私は御神鏡の欠片を、君は縄の巫女の呪いの原因を探すとしよう」


「しかし、それでは先生が……っ」


「君もわかっていると思うが、我々にはもう時間がない。すでに我々の四肢には呪いの縄が掛けられている。あと一つそろえば、呪いは成就され、我々もこの屋敷をさまよう者達の一人となろう」


「……」


僕は悩んだが、時間がないのも事実。


ここは二手に分かれた方がいいだろう。


「…わかりました。ですが先生、あまり無理はなさらないように」


僕がそう言うと、先生は笑って言った。


「ははは…私も君に心配される年になってしまったか。だが君も、無茶はいかんぞ」


「はい…」

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