小説 | ナノ








のんびりと雲が動いていた。白竜は眉間に皺を深く刻み、何をやっているんだと叱った。僕を叱った。白竜の机をひっくり返した奴でも、鞄を窓から落とそうとした奴でもない。僕を、叱った。













僕の初めての暴挙に驚いたのか、誰一人反論する者はいなかった。無言で白竜の机を戻し、教科書を机上に乗せる。何も言いたくはなかった。唇が怒りで震えた。白竜の何かが全て汚されて真っ黒になった気がした。誰も白竜に構うな。放っておいてやってくれ。お願いだから。口から何も出ない。苦しいくらいに動悸が激しい。教室を飛び出す。委員会なんてどうでもよかった。優等生面なんて真っ平だった。誰かのために行動を起こした自分が信じられなかった。どうにもこうにも現実として受け入れられないことばかりが脳内をぐるぐる回って。今すぐ白竜に会いたくて。
青空の広がる屋上へ走った。








白竜は、僕を見ていた。事情を話す僕を、じっと。白竜、ごめんね。僕はおかしいのかな。何も言えなかったんだ。からだばかりが勝手に動いて。僕がぼろぼろ懺悔を吐きだし始めた途端、白竜はそれを遮り怒気を含んだ声を出した。



「何で、そんなことしたんだ」



白竜は声を荒げているわりに、怒った表情ではなかった。それが逆に怖くて、口ごもる。白竜のことにカッとなってしまったから。何とか吐きだした言葉に、白竜は全くいい顔をしなかった。何でだろうなあ。嫌なんだ。君が笑ってないと。



「俺が嫌われてるのは元からだ。そんなことされても別に何とも思わない。でもな、お前は違うだろう。たくさん仲間や友達がいて、皆から愛されるような存在なんだろう。俺のために、お前が必死でつくった環境を壊してはだめだ。」

「でも、嫌だったんだ。すごく、頭の中が熱くなった。」

「シュウがそんな風に怒ってくれるとは思わなかった。すごく嬉しい。でも、シュウがクラスから浮くのは嫌だ。俺が見たくないんだ。」

「何で君が嫌なのさ」

「皆の中心で笑ってるシュウを遠くから見てるのが、すごく好きなんだ」




何かが、花開く。
綺麗な空だった。その下で君が微笑むだけで、世界はぐるりと180度回って、僕はどこにいるのかわからないまま落ちていく。空に向かって、落ちていく。よくわからない感覚だ。



「わかった。もうしないよ。だから、一緒に学校生活を楽しくしよう。約束」




ふわりと白竜が微笑んだ。ああ、って。そうそうこの笑顔。僕はこの笑顔がずっと見たかったんだよ。その瞬間僕は幸せを覚える。たくさんのビー玉の中から一つだけ透明なビー玉を見つけたような、そんな感覚。僕は空に落ちていたんじゃない。
君に、恋に落ちていたんだ。





いざこざのあとの教室はどんよりと重かったが、傍観者組が僕のことをとても庇ってくれた。あの時は不覚にもじんわりときてしまった。あれからちょっと男子も反省したらしく全く白竜を話題に出さなかった。好かれてはいないようだが、まあましになったんだろう。男のいいところはいつまでも引きずらないところだ。僕は、いつもいるグループでだらだら過ごしたりたまに前の席の白竜をからかったりした。白竜は僕と教室で話すようになってから持ち前の変人っぷりを人前に晒すようになった。椅子から立ち上がる際突っかかって机に頭をぶつけたり、ペンを机の上で積み上げてみたり。そのせいもあって女子は白竜に段々興味が無くなってきたらしい。まあコアなファンも結構いたけど。
何にせよ、また飽き飽きするような平和が訪れたのだ。たまらなく嬉しかった。



時は随分立ち、白竜が来てから三ヶ月くらい経った。白竜も大分クラスに馴染んだなあと思う。男子からはすっかりからかいの対象だった。いい意味で。一抹の寂しさを感じつつ、嬉しいなと思う。白竜がよく笑うようになったから。
恋の自覚をしてから全く進展はないが、まあこのままでもいいかなと思う。白竜は今でも僕を一番近くにいる人だと感じてくれているようだし、特に今の状況に不満はなかった。
不満は、なかったはずなんだけど、なあ。







ざわざわと教室がうるさい。朝のホームルームの時間の大体が睡眠時間だった僕はのろのろと体を起こした。ぼやけた視界の先に、白い、肌。金色の、目。





「少々特別な理由があり少しの期間だけこの学校に入学することになった。剣城くんだ」




また転校生?しかもこの時期に?誰もが疑問を抱くが、転校生はどうでもよさげに挨拶をした。白竜よりもきつい性格をしてそうだ。あまりお近づきになりたいタイプではない。席替えをしてから少し離れてしまった席の白竜の顔を盗み見る。白竜は、顔面蒼白だった。剣城と呼ばれた転校生を見たまま石の様に固まっている。今までこんな白竜の表情見たことない。胸の中がざわついた。
もうほんとのほんとにサプライズはノーサンキュー。だけど、神様はいつも僕の願いは聞いてくれないんだよな。










昼休み、いつものように屋上に顔を出すと、何だかおどろおどろしい雰囲気だった。転校生と白竜が立っている。やっぱり、顔なじみだったのか。それにしたってよさそうな関係ではない。僕は屋上に入ることを諦め、ドアの隙間から二人の様子をうかがった。隠れているようで嫌だが、あそこにわって入る勇気はない。



「残念だったな、見つかって」

「………。」

「まあ、少しだけだったが、普通の学校も楽しかっただろう?夢みるなんて俺達には無理なことなんだよ。諦めろ」

「帰らない」

「………ハア?」

「ゴッドエデンには、戻らないと言っている。」

「血迷ったのか…お前…」



ゴッドエデン。その言葉は、前に聞いた。そうか、この転校生はゴッドエデンの刺客だったのか。それならこんな険悪な雰囲気も納得できる。さっきの白竜の表情も。
しかし今の白竜の表情は違う。凛々しく、眩しかった。




「お前にそんなことが決められると思ってるのか。拒否権はない」

「あんなところはもう御免だ。俺は俺のしたいようにする」

「……聞き分けのねえ奴だな!!!相も変わらず!!!」

「知っている。だから今俺はここにいる。」



転校生がぎり、と歯を噛み締める。白竜は動じなかった。転校生の身振りが大きくなる。



「いいか、今ゴッドエデンは腑抜けの集まりだ。俺と張り合う奴だっていやしないんだぞ。圧倒的に人材が足りない。」

「そんな学校、無くなってしまえば終わりだろ。そのまま廃退した方がいい」

「無くなるかよ、あんな要塞。国が絡んでるんだぞ」

「お前だって無くなればいいって思ってるくせによく言う」

「大概なことをほざくな。絞るぞ」


どうにもこうにも、二人の雰囲気は良くなりそうになかった。勇気を振り絞って屋上のドアを開けると、こちらにガンを飛ばす転校生と、僕を見て妙に焦る白竜の姿があった。別に、そんなに慌てなくても。



「シュウ、あの、いやその…」

「誰だソイツ」

「こんにちは転校生さん。一応同じクラスのシュウです。よろしく。」




笑顔で挨拶してみたが勿論返答なんてくるはずもなく、僕に興味を無くしたのか転校生はもう一度白竜に向き直った。白竜は転校生を睨みつける。しばらく二人にらみ合っていたが転校生は表情を歪め、溜息をついた。諦めの入った表情だ。




「…後悔はないんだな?」

「ない」

「そうかよ。じゃあ俺はお前を見なかった。帰る。」

「は」




白竜の間抜けな声。余りにも呆気ない終幕に、僕まで声を出しそうになった。僕が出てきた瞬間に、なんだこの急展開は。転校生はすたすたと歩いていく。本当に呆気ないな。いいのかこんなんで。状況を飲み込めていない白竜は慌てて転校生を引きとめた。


「見なかったことにって…教官にどやされるぞ!」

「別に見てないんだから何も起こらない」

「だからって…」

「お前は変わった。弱くなった。平和ボケた顔した、そんなお前に俺が負けるはずがない。だから連れ戻したって意味がないって言ってるんだ。理解したか?」




踵を返し屋上をあとにする転校生が、何だかとても儚げだった。期待していたかのように見えた。…寂しかった、のかな。何だか最初に来た頃の白竜と雰囲気が似ている。ゴッドエデンにはこんな人がたくさんいるんだろうか。嫌だな。平和が一番だ。
白竜が大きく伸びをしてそのまま座り込む。僕は安堵に深く息を吐いた。白竜が連れ戻されなくてよかった。ここにいると言ってくれて、本当によかった。本当に。




「平和ボケだとさ、…悪くない言葉だな、シュウ」

「そうだね。ほんとに、僕たちにお似合いだ」

「俺は、その、そんなにおかしくなったか…?」

「ううん、まともになったよ」

「!そうか…」




そのまま二度と学校に戻ってこなかった幻の転校生の存在が一時期都市伝説と化したが、またいつものように日常は続く。白竜は一段と、表情豊かになっていた。



「あいつがトップを競いあった奴だ。…こんな再会になってしまったが、会えてよかった」



こんな形で白竜が微笑んでしまったことに対して、ちょっと、嫌な気分。妬いちゃったよね。はーあ。やっぱり嫌かも、この関係。
ゴッドエデンは、まだまだ白竜の心に絡まる鎖として作用し続けるのだろう。きっと彼は一生忘れることは無いんだろうな。この平和な日常に溶け込んで緩やかな日々を送っても、彼はどこかで誰かにあの頃の自分をちらつかせることになる。異質とはこういうことだ。きっと人間というのは、本質的には変われない生き物なんだと思う。けれど、変わる努力は出来るから。白竜も今その途中で頑張っているから。




「シュウ、さっさと教室に戻るぞ。予鈴だ」

「うん」




そう言って、何もないところで転ぶ君が好き。腕を引いて体を起こして、その時に垣間見るばつの悪そうな顔をする君が好き。けれど僕はそこで満足をしてしまって立ち止まっている。変わりばえしないこの世界を壊すのは、とても怖かった。臆病だな、って心底自分が嫌になった。




「いだだ、」

「怪我はない?大丈夫?」

「全くない。…さあ戻ろう」



異常に顔が近い。あ、シャンプーのにおいかなこれ。とても安心する香り。そう思った時にはもう遅くて、体が勝手に動いていた。白竜のふわふわと温かな後ろ髪に顔を埋める。白竜の戸惑いの声がもれて、はっとした。何をやっているんだ僕は!!



「へ、ああああごめん!!違うよ、ちょっとふらついただけ」

「……シュウ、何でそんなに顔が真っ赤なんだ」

「へ、え、あ」



うわあ、これはちょっとまずい展開だ。咄嗟にいい言葉も出てこない。訝しげに僕を見る白竜に、どうすることも出来なくて、教室に帰ろうって言えばいいだけなのに、何をして、僕は何で白竜に近づいてるんだよおおお!!!



「シュ、ウ…?」



白竜が目を見開く。唇に吸い込まれそうになって、柔らかなそれに、自分の唇を合わせた。あれ、これってキス。普通逆の立場なのに僕は白竜を突き飛ばす。ほんっと、僕は何してるんだよ!突き飛ばされ床に座り込んでいる白竜が驚きの眼差しで見つめてくる。居た堪れない。沈黙が痛い。顔が、熱い。



「ご、ごめん…戻る」

「…シュウ!おい!」



脱兎の如く走る。途中何度か白竜に呼びとめられた気がしたけど、振り向かなかった。だって、こんな。愚かな。全然そんな素振りも見せたことなかったのにいきなりこんなことして、すごく吃驚したことだろう。ああ、これからどうやって白竜と話せばいいのか。そもそも話せるのか。一難去って一難去ってもう一難。


こればっかりはどうしようもない。だって君が好きだから。
あー器用に生きてきたのに。君に会ってから僕の不器用さが浮き彫りになってしまったじゃないか。
こんなんばっかりだ。










ただ一緒にいられればよかったのにね。
(ちょっとした欲の所為で全てを取りこぼす)


















もうちょっとだけ続きます






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