小説 | ナノ









狩屋は俺のことを女みたいだ、と言う。いやそんなこと狩屋に限ったことじゃないけど、狩屋に言われると無性に苛々した。狩屋の言い方のせいかもしれない。けれど、嫌いになれない。何だろうこの微妙な気持ち。
そっと、指先が狩屋の髪を撫でた。



「な、なんスか先輩、」

「いや、なんか…。…なんだろうな?」

「いや質問を質問で返されても…」



明らかな嫌悪感を含んだ顔を撫でる。すると狩屋は眉間に皺を寄せ俺の手を叩いた。呆然とする俺を余所に、狩屋は吐き捨てた。



「気持ち悪いんでやめてください。嫌がらせですか?罰ゲームですか?」



返す言葉もないので、立ち去る狩屋を引き留めることなく狩屋とは反対方向に歩いた。うーん、あれを手懐けるのは骨が折れそうだ。前の方を見ると、神童が天馬と楽しそうに談笑をしている。和む場面だ。
神童が俺に気付くとあ、と声をもらす。ちょっと来てくれと手招きをされ、二人の元へ駆け寄った。



「何か用か?」

「霧野、丁度よかった。天馬がドリブルの技を磨きたいらしいんだ。ディフェンスに回ってやってくれないか。」

「…別にいいけど」

「もう一人欲しいな…狩屋!今空いてるか!?」



うげ、恨むぞ神童…。
少し遠くから狩屋が返事をするのを聞いた。あーあ、しーらね。
走ってきた狩屋とばっちり目が合って、お互い苦虫を噛み潰したような顔をした。何も知らない神童と天馬はにこにこ笑顔。ひっぱたくぞ。



「何ですか?」

「実は、天馬のドリブル練習に付き合ってほしくて。霧野とディフェンスに回ってくれないか」

「…………いいっスけど」



オイ何だその間!
狩屋が松風にボールを渡し、さっさと走っていった。狩屋が俺の方に振り向き、頬を膨らましながら言った。

「足引っ張らないでくださいよ、先輩」

「さっきから何でそんなにつんけんしてるんだお前…」

「先輩が気持ち悪いことするからですよ!」

「違う、さっきのは何かが乗り移ってた!違う!」

「せんぱーい、かりやぁー、始めたいんだけどー!!」



舌打ちが綺麗に重なる。こんなときばかり気が合うんだから情けない。大人しく位置に付くが、天馬が一向に動かない。
不思議に思い天馬を見ると、天馬は無表情のままこちらを凝視していた。



「どうした天馬ー来ても良いんだぞ」

「いや、あの、先輩!」

「何だ」

「そんなに狩屋と離れてたら、二人同時に抜く練習になりません!」

「………。」

「狩屋、もっと近づいてくれよー!そっち!先輩の方!」

「………。」



狩屋と目を合わせる。本日何度目かのアイコンタクト。しかしぷい、と狩屋はそっぽを向いた。俺はじりじりと狩屋の方に足を進めるが、狩屋は全く動こうとしない。あまりの狩屋の悪行に苛々が最高潮に達し、俺はずかずかと狩屋に歩み寄っていた。そして、


頬を平手打ちした。
乾いた音が、辺り一面にこだました。
目を見開いてこちらを見る狩屋を一瞥する。やってしまった、とどこかで自分が後悔しているが止まらなかった。




「お前な、いい加減にしろ。確かにきっかけを作ったのは俺かもしれない。けどな、これは天馬の練習なんだぞ。やるならちゃんとしてくれ。」

「んだ、よ…」

「俺を嫌いならそれでいいけど、他人に迷惑をかけるのはやめてくれ」

「はぁ!?あんな恋人みたいなことしといて、何が“他人に迷惑をかけるのはやめてくれ”だよ!俺には迷惑じゃなかったって言うのか!?」

「え、あ、おい狩屋」

「あんな思わせぶりなことして、心かき乱しといて、」

「ちょっ、ちょっと!」



痛い!周りの視線が痛い!俺は天馬をそのままにして狩屋の腕を掴み、(弱く掴むと逃げられそうなので思い切り掴んで)グラウンドを出た。
狩屋はなすがままの格好だったが、誰もいなくなった途端もう片方の手で俺の手を引き剥がした。



「…はは、」

「は?」

「えっと、あの、ふふ、すいません…先輩の慌ててる顔面白過ぎんでしょ…ブハッ」

「は、」


そして悟った。俺はこの男に遊ばれたのだと。頬を叩いたのにこいつは…。狩屋は腹を抱えて過呼吸の状態だ。ひーひー言っている。また苛々してきた。


「お前…」

「あー、笑った笑った…。ごめんなさい!じゃあ戻りましょうか、」

「ごめんな、さっき、痛かったろ」

「…へ?」


きょとん、と意味がわからなそうにこっちを見る狩屋の体を、腰を掴み引き寄せた。あ、案外ちょろい。




「あんなことするつもりじゃなかったんだ、けど」

「あの、先輩、近い」

「でも…ごめんな、痛かったな…」

「っ、」


顎に手を添えくい、と上げた。目線がかちりと合う。本日何度目かの以下略。少し潤んだ金色の瞳の水晶の中に、余裕の笑みを浮かべた自分の顔が映っていた。あ、なんか。からかってるだけなのに変な気分になってきた。赤い頬が痛々しい。自分でもわからないうちに、赤い頬にキスを落としていた。



「なに、やって、せんぱ、」

「……へ?」

「わー!!先輩まさかゲイ…んぶっ!」



五月蝿い口は塞ぐことにした。何だろうか。こんな気持ち知らない。何かを後先考えずするなんてしたことなかったのに。どうしたら治るんだろう、この気持ちまさか。



「…これが取り憑かれたってことか」

「はい?」

「…ごめん俺何かに憑かれてるかも、でなきゃこんなことしないし」

「…あのー、馬鹿なんですか」

「はぁ?」

「そんな女子にモテそうな顔して、恋愛未体験なんて言わないですよね、って聞いてるんですよ!!」

「いや、したことないけど…何で?」

「…うっそだー」

「なんだその干物みたいな顔」



抱かれたままの狩屋がからからと干からびた笑いを浮かべた。ずい、と顔を近づけると睨まれた。ふーん、立ち直ったか。
嫌な野良猫だ。



「…てか、趣味悪いわあんた…」

「?何か言ったか?」

「いいえー何も!そろそろ帰りましょー、ぜってえ心配されてるって。キャプテンあたりに」

「そうだなー神童だもんな、帰るか」

「………なんか、ほんとやだ!霧野先輩嫌い!」

「何怒ってんだよ…?」




よくわかんない奴だな。言いたいことあるならはっきりしろ。頼むから。
狩屋には言葉が足りないなぁとぼんやり考えた。



「何でキスとかしといてそこに全然触れないまま帰ろうとしてんですか!!あーなんかこう、どうでもよくなってきた」

「はぁ?お前が帰るって言ったんだろ?何をどう触れればいいんだかさっぱりなんだけど」

「いや何でキスしたとか、あるでしょ色々」

「お前は女子か…」

「女子だったら問題なかったんですけどね!!」




ギャーギャー喚く狩屋に向かってお前めんどくせえよ。って感情を全面に押し出すと、胸に頭突きをされた。超痛い。いやまじで。ダイレクトアタック。



「あー!!あんたほんと鈍感で気持ち悪いです!中身まで女子なんですか!少女マンガですか!!」

「っだー!好きで女顔なんじゃない!!っていうか先輩に向かって頭突きしてんじゃねえ!!」

「ギャー!口悪っ!それ素ですか!?素!?」

「うるさい生意気なんだよ一年のくせにいいぃ!!」

「差別反対!!」

「どこが差別だ!!」



胸倉を掴んだり頬を抓ったり髪を引っ張ったり、まるで喧嘩…というか喧嘩をしているのかこれは。やばいやばいそろそろ戻らないと捕まる!神童に説教される!
と、ふと何か空気が変わったような気がして無意識に後ろを向いた。
ちょっと気恥ずかしそうにしている剣城が、すぐそこに立っていた。空気が凍り付く。



「え、あ、剣城…?」

「仲…良いんですね…」

「いやいやいや、よく見てみろ。良さそうに見えるか?」

「とても」

「最悪だ…」

「うん、最悪だ」



だからなんでこんなところだけ意気投合してんだよ!!剣城が深く長いため息をついた。俺だってため息つきたい。



「あの、キャプテンが呼んでます。…っていうか多分俺がなかなか帰ってこないんで、もう」

「安心しろ、一部始終見てた」



そして校舎の陰から神童登場。いやまじで殴る。殴りたい。お前ら何してんの。いい加減にしろ。…神童何でちょっと笑ってんの?



「口元緩んでんぞ」

「え?ああ、微笑ましいなーと思って…」

「戻る、戻りたい。面倒臭い。それもこれも狩屋が嫌な性格してるせいだ」

「悪かったですね…でも人のこと言えないと思いますよ」

「やるかこの野郎!」

「はーん?じゃあ天馬くんからどっちが早くボールとれるか勝負します?」

「お前なんかに負けるはずないだろ」

「言いましたね…二言はないですよ」

「勿論」




狩屋が走り出したのと同時にグラウンドに向かって走る。途中足を引っかけられたのでひっかけ返した。苛々する。のに何でか、楽しいし、狩屋を嫌いになれない。あれ、さっきもこんな感覚になったよなー。
狩屋を見ると、何か顔が赤い。のぞき込むと大袈裟に顔を逸らされた。熱でもあるんだろうか?
…風邪引かないといいけど。何で俺は狩屋なんかの体の心配をしているんだろう。















「…キャプテン」

「うん?」

「なんか、あの二人全く進展しない気がします」

「…うん。」










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