小説 | ナノ







黒尾がとても好きだった。何でも言い合える仲だった。いつしかそれは親友の度を越えたものになっていき、どちらからともなくずるずると付き合うようになった。



というか今も黒尾のことが好きで忘れられないでいる。今付き合っている彼女はとても気立ての良い人だけれど何でも言い合える仲には程遠い。付き合ってから気付く、空気のような自然な存在の大切さ。
でも一方で、ずっとあのまま一緒にいたらどうなっていたのだろうとも思う。あの一時期が全て二人の気の迷いだったとしたら。黒尾だって別に男しかイケないわけじゃないし、俺に至ってはバイ寄りの異性愛者だ。黒尾が特別な存在だっただけで、他の男に劣情だとか恋情だとかを抱くことは全くない。だからこそ踏み違えてしまったのならば、黒尾と距離を置けば俺達は家庭を持ってまた笑いあえる仲になれると考えた。子供を連れて何処かに行ったりだとか出来るのだろうと。

そして手放す、愛しい手。何が駄目だったんだよと言う黒尾はいつになく苦しそうだった。敢えて云うなら俺たちを認めてくれないこの世界が駄目だし、悪だと思う。けれどそんなことを黒尾に言っても悲しませるだけだから。
目を覚まそうだなんて、黒尾に言ったわけじゃない。自分自身に言い聞かせるために放った言葉。そんなことには気付かずに傷付いた表情を浮かべる黒尾。そうしてそうして、そんな彼を一人置き去りにして逃亡を図った。

黒尾がとても好きだった。それは実は間違いである。
黒尾が今でも好きで、想い続けている。













「夜久さん」




見慣れない電話番号に眉を顰めて通話ボタンを押すと、聞き覚えのある声が耳を掠めた。息をのむ。





「孤爪…?」

「…お久しぶり、です」




注意して耳を傾けないと、聞き逃してしまいそうなほど線の細い音。部活をしていたときはもうちょっと声、出てたんだけどなあ。時の流れは人をも変えてしまう。良い方向にも、悪い方向にも。






「久しぶり。どうかしたか?」



努めて明るく振る舞うも、それに対して同じくらいのトーンが返ってくるわけでもなく。時折混じるノイズの音に首をかしげる。




「…孤爪?」

「あ、た、助けてください夜久さん…」




演技なんかじゃない。只ならぬ気配に鳥肌が立った。寝転がっていたベッドを離れ床に座る。




「落ち着け。大丈夫か?」

「…おれは、大丈夫です。でもクロが、クロが…」

「黒尾…?」

「夜久さん、何でクロと別れたんですか…何でですか…」




今にも途切れてしまいそうな声に責め立てられる。黒尾が何やら大変なことになっているらしい。孤爪の言葉は俺が黒尾と別れた所為で黒尾がどうにかなってしまった、というような口ぶりだった。黒尾がどうにかなるようなタイプだとは到底思えないのだが。
いくらか緊張を解いて出来るだけ優しい口振りで話しかける。





「孤爪、黒尾がどうなっているのか説明してくれないか」

「…。」

「解決出来るかもしれないから」

「合法だとか、言って、」

「うん」

「薬、飲んでる…」

「…う、ん?」

「するとき、気持ちいいからって、言って、」

「はあ…!?」

「おれでも駄目なんです、夜久さん…」





おれでもどうしようもありません。振り絞りきった言葉は残酷なまでにクリアに耳に届いた。目を瞑る。黒尾と二人でこの部屋にいたことを思い出す。


その後孤爪から色々聞いた。黒尾が今付き合っている男がとんでもない男であるということ。
刺青が入っていること。(これには流石の俺でも寒気がした)薬は合法だから大丈夫だと笑っていたこと。薬はいつも飲んでいるわけではなく、“彼氏”とする前に飲むのだと言う。そして危うくそれを孤爪が飲まされ、致されそうになったこと。次同じようなことが起こったら逃げられる自信がないということ。






「合法なわけない…クロがおかしくなっちゃう…」




か細い声が更にか細くなって消え入りそうだ。燃え尽きる蝋燭のように、灯火が揺らいでいく。
ゆっくりと目を閉じた。孤爪の黒尾への淡い恋には薄々感づいていたし、何も思わなかったわけではない。だが問題の中心にいるはずの黒尾は孤爪を弟のように可愛がっていたわけだし、孤爪も孤爪で事を荒立てようとは考えていないようだった。今になってはっきりと分かった。孤爪の方がきっと黒尾のことを想い、愛している。纏わりつくような愛を黒尾に振り撒く。知らず知らずのうちに枷になり二度と外れないような頑丈な鉛をつくる。


息を吸い込む。思い浮かぶ、黒尾との日々。





「わかった。…黒尾のアパートに行くよ」

「は、い…」

「本当は…黒尾には会いたくないんだけど」

「…きっとクロは悲しみますね」




クロ、夜久さんのこと許したって言ってましたから。

空気が、空間が、この場が凍りついた。許した。黒尾が俺を。きっと殺したいほど泣きたいほど苦しかっただろうに、俺を許した。




「俺、行ってくるよ」

「今からですか?」

「ああ」

「だってもう…」




時計をちらりと見ると、もうとうに日を跨いでいた。確かに人様の家に訪ねる時間帯ではない。




「大丈夫」

「…?」

「あいつも俺も夜更かしだからさ、」




だから、行ってくるよ。



黒尾のために遠慮することはもうやめた。自分のしたいことをしなければ。

そうして踏み出した初秋の夜の道は俺をやんわりと拒み、そして、















続?








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