小説 | ナノ





※ごく僅かに性描写有






俺は高校に入学した。暫くしてから、霧野先輩と同じ高校に進んだことに気づいた。
中略。



俺は、香水をつけている。













「俺の好きな匂いだ」




霧野先輩に連れられてショッピングモールを練り歩く。俺は周りにある煌びやかなものに特に興味を抱くこともなく、先輩の足の赴くままに足を進めた。先輩が足をとめたのは小さな香水売り場だった。色んな香水の匂いが充満してる、自分一人じゃ絶対近づかないであろう場所。




「先輩、香水なんてつけるんスか?」

「つけないぞ」

「えっ?」

「俺はつけないけど、狩屋はつけてもいいんじゃないか?」

「えっ、はっ?」




支離滅裂な会話。展開は早々と進んで、先輩のお気に入りらしい香水は先輩の手の中。店を出て、ぽい、と投げられた。落としたらどうしてくれるんだ…!





「明日からつけろ」




先輩の珍しい鋭い口調に、頭で考えるより早く頷いていた。未開封の箱の匂いを嗅いでみたが、箱からは匂いがしない。仕方ないので家に帰ってから開けることにした。
俺が香水をつけるのが嬉しいのかどうなのかはわからないが、先輩は上機嫌でショッピングを楽しんだようだった。笑顔の美形はダイヤモンドよりも輝かしいなあ、と思いながら香水の箱を触っていた。








さて、自分の部屋に入り早速箱を開けてみた。中にはこじんまりとしたガラスの小瓶。男用なのか女用なのか区別がつかない、シンプルなデザインだった。小瓶に鼻を近付けると、甘ったるい香りが鼻をついた。思い切って手の甲にシュッと吹きかけて嗅いでみた。




「う、わ…」




思わず声に出すほど、女がつけるような匂いにくらりとする。先輩こんな匂い好きなの。趣味悪い。例えるなら蜂蜜だとかメープルシロップだとか、どろりとした甘いもの。そんなあとを引く匂いだ。




「これ…つけていくのかよ…」




先輩と会うときだけならいいのだけれど、学校だと色々な人と接しなければならない。こんな女がつけるような香水の匂いさせた男嫌だろ。普通。
…けれど、つけてこいと言ったときの先輩の目がマジだった。鷲のような鋭い目つきだった。今思い出してもちょっと怖い…。
俺にはもう、つけるという選択肢しか残されていなかったのである。ため息をついて机の上に小瓶を置いた。













「かーりやっ」

「せ、せんぱ、」





放課後、人との接触を極力避けてへとへとになっていた体にぶつかってきたのは全ての元凶の先輩だった。





「香水、どこにつけた?」

「首と、…手首です…」

「そっか」





先輩は満足そうに微笑みながら、俺と帰路につく。しかし途中で俺は先輩の家まっしぐらなことに気がついた。立ち止まると、先輩はきょとんとした顔で俺を見る。





「あの、先輩…俺家あっちなんですけど」

「知ってる」

「帰ります」

「いいから、寄ってけよ」

「えー…」





俺が渋ると、先輩は俺の手を握り無理矢理家まで引きずった。あれ、先輩ってこんなに強引な人だっけ。先輩の手、ひんやりしてる。気持ちいいなあ、なんてぼんやり考えているうちに先輩の家に着いてしまった。




鍵をがちゃがちゃと開けて、俺は玄関に放られた。バランスを崩して転ぶ。背後で鍵のかかる音がした。





「なあ、狩屋」



俺の見ている床が急に暗くなった。先輩のうわずった声がすぐ横で聞こえて、流石の俺もやばい気配を感じ取って先輩から離れる。が、ばっちり先輩と目が合ってしまった。
俺も男だから解る。けれど解りたくなかった。性欲の対象としているやつを、見る目。ターゲットを見つけた肉食獣のような視線が、目の前にあった。





「先輩、」

「いい匂いだなあ、狩屋」

「や、ちょっと…本気じゃないですよね?怖いですよ」

「ごめん、俺さ、ちょっとコーフンしちゃった。だから、」





狩屋、相手してくれよ。なんて、
死刑宣告されたような衝撃だった。










さっきから先輩は執拗に俺の首筋ばかりを舐める。匂い、まだすんのかな。先輩だから許してるけど、他の男にされたら今頃俺は舌を噛み切って死んでる。





「は、ああぁ、も、むり、」

「狩屋、…かわいいよ」

「せ、んぱいにっ、そんなこと言われっ…た…て…あああ、」




呂律が回らない。頭も回らない。先輩の体が熱い。ふれた箇所からどんどん熱が伝わって、こっちも熱くなって、こっちまでコーフンしてきて、香水の甘ったるい匂いが鼻を掠める。こんな匂いが好きだなんて、こんな匂いを俺がさせてるなんて、こんな匂いを嗅いで興奮してる二人が、本当に、




「あくしゅ、み」










果てた。

つま先がぴん、とのびた。つりそう。先輩の白い欲が俺の腹にかかったような気がする。何もわからない。甘ったるい匂いだけが荒い息の周りを漂っていた。
先輩は目を細めて俺を見ると、下唇と舌で俺の舌をはさんで手を絡めてきた。湿っぽい手のひらが妙に心地好くて体をあずけていた。先輩のしなやかだけれど男らしい手が好きだ。ずっと触れていたくなる。






「ごめんな、シャワー貸すよ」




先輩は体を起こし、部屋着に袖を通すと風呂場へ行ってしまった。ぼーっと、夢見心地だった。先輩に抱かれるのは、不思議と嫌な気持ちにならなかった。寧ろ好きかもしれない。うつらうつらしていたら先輩にシャワー浴びろと叩き起こされた。






それから何日かは香水を部屋の机の上に置き去りにしたまま上の空だった。先輩とは先輩後輩の関係以上のことになったことはかつてなかったし、男同士の恋愛についても少しも興味はなかった。でも違和感もなかった。暫くは先輩と口もきかなかったし、それでいいと思っていた。

のに、俺はまた香水に手を出してしまった。先輩の好きな香水の匂いを嗅いで情事を思い出し自慰までしてしまった。自分が気持ち悪くて泣きそうになったが、先輩の優しい行為を頭の中でリピートして俺はまた体を熱くした。














「もう、つけてくれないかと思ってた」





前よりも長いキスをくれた。首に顔を寄せすん、と鼻で息を吸う。先輩の部屋は居心地が良くて、ずっと居たくなってしまう。




「俺もつけるとは思わなかったです」

「…前みたいなことにならないように、気をつけるよ」

「……あの、」

「?」

「あの、俺、別にいいですよ…その…」




最後まで言うのが恥ずかしくてどもっていると、先輩は目を見開いてからくすり、と笑った。




「なんだ、ハマったのか?」

「ちっ…違いますよ!」

「俺は別にいいけど、辛いのはお前なんじゃないの?」





先輩の気遣うような瞳が俺の身を貫いた。この間とは打って変わって寒々とした雰囲気だ。何も考えず、お互い貪るだけの空間だったここも冷たい空気が漂っている。




「確かに、痛いですけど…我慢出来ます」

「我慢してまでやること?」

「っ、意地悪、すぎますよ先輩」

「はは、ごめんな。…いいよ、俺もハマっちゃいそうだし、さ。」






俺をベッドに押し倒した先輩が、俺の首に顔をうずめたとき密かにほくそ笑んだことを俺は知らない。








それから、何ヶ月か過ぎて俺は相も変わらず甘ったるい匂いを纏っている。この匂いが好きかって聞かれたら、俺は迷わず好きじゃないと答える。甘いもの、好きじゃないしな。
けれどやっぱりこれをずっとつけるのは、この人と一緒にいたいからなのだ。先輩は綺麗に微笑んで、唇に啄むようにキスを落とす。




「俺の好きな匂いだ」







俺は高校に入学した。暫くしてから、霧野先輩と何故だか体を重ねるまでの仲に発展してしまった。
中略。



俺は、香水をつけている。












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