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※別に付き合ってない











究極のフィフスセクターになるため日々虐めぬかれている白い肢体に、シュウは視線を向ける。余りにも会話のない四角い空間。息が詰まりそうになる。どこかでか細い少年の悲鳴が聞こえた。声の主は一体どうなるのだろう。死んでしまうだろうか。それとも、もっと辛い現実をみることになるだろうか。そんなことはどうでもよい、というように目の前の白い髪が揺れた。ウェーブのかかった髪がひどく儚げに左右に振り子の如く動き、止まる。おい、と。僕に言っているのだろうか。




「僕はおいじゃないんだけど」

「いいから聞け。明日、暇を貰った」

「そう」

「基礎練習だけでいいと聞いた。午前中は空いてないが午後はフリーだ」

「そう、じゃあ君の部屋に行くね」

「あんな何もない部屋に?」




白竜が嘲笑をし、下を向く。正直何処へ行ったって見栄えが一緒であることには間違いない。けれど、何もないわけではないじゃないか。何故この男はわからない。他の場所にはないものが絶対にそこには存在しているではないか。彼の頭の中は究極を目指す事以外まるで空っぽだ。


「じゃあ、明日の一時。君の部屋に行くね。」

「…わかった」



彼は愚かだと思った。確かに彼には実力も才能もそれを発揮する場所もある。目的もある。けれどそれだけだった。何もなかった。信頼も、見据えるべきものも、自分の心さえも見えていなかった。ただ“剣城”という存在だけが彼を突き動かす。彼は何も持っていない。何も。空虚。

けれど僕が彼をたった一つだけ見つけてしまった。本物の彼を。
気付きたくなかったのかもしれない。最初は。








フィールド上はまさに戦場。荒れ狂うボール。白竜の体が地面に叩きつけられるのと同時に鈍い音が響く。ああ、これは肋骨の何本かイったな、とぼんやり考える。ガラス越しに見えた彼の顔は苦悶に満ちている。と思っていた。というか思いたかった。
大きく息を取り乱しながら恍惚とした表情を浮かべて、腹を押さえている。またボールに体を嬲られ呻く。うわあ、痛そうな音。けれど白竜は目を細める。痛いからじゃない。辛いからじゃない。あれは、まさか。
体を起こし化身を召喚する体勢をとり、ボールと対峙するその姿はどこにも傷なんてなさそうだった。いくつものボールを舞うように蹴り落とす。鮮やかな着地をし地面に転がる幾多のボールを見つめながら、白竜は崩れ落ちた。腹を庇っているようだが、あまり意味を生していない。さっきよりもずっと荒い息だ。ここまで息遣いが聞こえてくるのだから。
湿った息が、僕の鼓膜を震わす。顔は相変わらず赤い。耳まで、赤い。そして確信。

こいつ。










「ぎ、いあ」


首輪に繋がった鎖を何の躊躇もなく引き、無様に転がるそれを踏み付けた。ぐりぐりと腹を圧迫するように圧し付けると口から声にならない悲鳴が漏れた。はあはあと犬のように荒げる息はやっぱり湿っていた。今にも零れ出さんばかりに涙を浮かべた瞳は明らかに欲情を含んでいて。サッカーをしている姿からは全く想像もつかない姿勢。つり目で迫力のあるはずの彼の目は、次の僕の行動への期待しか持っていないということを物語っている。はあ、なんというか。





「心底気持ち悪いよ君」

「いた、いたいっ…かはっ、」

「こんなことされるのが好きだなんて、」

「ふあぁ、ゲホッ、うぁ、」




ふやけた声が霧散した。さっき散々踏ん付けた腹を何回も踏み付けるといよいよ泣き出してしまった。しかも嬉しくて泣いてるんだから世も末である。更に彼はいかがわしい行為をしているAV女優の表情そのままなので、イケナイ気分になってくる。真昼間から何をやってんだか。まあ、可愛いことは認める。





「誰にも言ってないんでしょ。こんなみっともないカラダしてるなんてさ」

「い、言うはずない、」

「白竜のチームメイトに言ってあげようか」


あ、目見開いた。面白いね。強張った体を再び虐げてやると、快感に耐えるように目をぎゅっと瞑った。はああ、そこ、痛い、きもちい。うわあすごく気持ち悪い。興奮してる自分もすごく気持ち悪い。足下からぼきり、と嫌な音がした。あっと思った。白竜が今まで聞いたこともないような甘い声を出す。もう嫌だ。折られるのが好きなんだね。インプットした。














シュウが自分のことを気持ち悪い、と言う。まあそうだろうなと思う。冷静になって、あちこち痛む体を抱えて、どうしようもない奴だと解る。そしてその自分の仕様のなさにまた興奮を覚える。その繰り返し。滑稽すぎる。
こんなどうしようもない自分に何故シュウは付き合ってくれるのだろう。シュウは優しい。随分前から知っていたけど、彼には包容力がある。自分とは正反対の存在。そんな彼が俺の体を踏んだり、言葉で詰ったりする。もう慣れてしまった。
しかし、だ。今日初めて俺はシュウに少しばかり骨をおかしくされた。折れたわけではないのだがずきずき痛む。医者はすぐ治ると言った。から問題ないと思う。
問題はそこじゃなく、シュウにその怪我を負わされたというところにある。勿論恨んでなんかいない。嬉しいくらいだ。なんせ、その痛みを感じながらサッカーの練習に励むことが俺の一番の楽しみなのだ。シュウは俺の体の悲鳴を聞いてさあっと顔を青くした。が俺がつい漏らした声を聞いて何事もなかったかのような顔に戻った。冷酷な目をした、俺の好きな顔。サッカーをしているときだとか、普通に一緒に過ごしている時は精悍で堂々とした顔つきをしているのだが、俺は断然こちらの方が好きだ。自分以外にその顔をしたことがないだろうという自信もある。
話が逸れたが、要はシュウには良心しかなかったのだ。実は俺の体を傷つけたいわけではなかったのだ。苦しくて、胸が押しつぶされそうになった。だって彼は(同類)ではないということになる。彼を巻き込んでしまった。申し訳ないことをした。



俺は折られても切られても締められても何でもいいのだ。好きなのだ。結局は変態は自分だけなのだと、改めて孤独感を覚える。そしてさよならをしなければならないと思った。優しいシュウはきっと俺に言えない。だから俺から言おう。金輪際、こんなことを俺のためにしてもらわなくて結構だ、と。










夜シュウの部屋に赴きそれを言ったら、ぶん殴られて、床に這いつくばってる今に至る。今まで見たシュウのどの表情より怖かった。頬を殴られて、正直全く気持ち良くなかった。痛いはずなのに。



「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまでだとは思わなかった」

「何だと!俺はお前のためを思って…」

「僕が君のためだけにこんなことするわけないでしょ。そりゃあ折れたかも、って思った時は流石に動揺したけど、本人が気にしないなら別にどうでもいいし。愚かな君を見てるのが楽しいんだよ。つまり僕の自己満足。どう?理解した?」


まさに外道、な発言をされた。シュウはもっと優しい人かと思ってたが違ったようだ。
ベッドに蹴り飛ばされ、無様に布団に埋もれた自分の体に影を落とすようにシュウが覆いかぶさった。シュウの表情を初めて見るような違和感。あれ、気のせいか、興奮をしているような。


「今までこういうことするの我慢してたの、馬鹿みたいだ」


首に噛み付かれた。がぶ、なんてそんな生易しいものではない。ガリッと。骨をも砕く勢いで。咄嗟のことに反応出来ず、喉から情けない声が漏れた。皮が破れる。血が吸われる。気持ち良い。思わずシュウの首に腕を回すと、ますます首に歯が食い込んできて、あ、なんか色々不味いかもしれない。気持ち良過ぎて、頭が働かない。
もっとして、と言葉を発したつもりだったが呂律が回らずふにゃふにゃと自分でも何を言っているのかわからなかった。シュウはちゃんと喋ってよ、と笑った。



「ふぁ、っア、あ、あ、」

「白竜さあ…隣に響くような声出さないでよ」

「うぐ、う…」

「ハア、」




お前はケダモノかよ。ぼそりと低い声が耳に届く。その途端体がすごく熱くなって、何も考えられなくなった。シュウの唇を仰ぎ見る。キス、したい。
無意識に顔を近づけた瞬間、勢いよく唇を押し付けられ完全に体をベッドに固定されたような形になった。息、出来ない。酸欠のその状態すらも興奮材料でしかなく、俺はひたすらシュウの唇に舌を突きつけた。シュウがぐぁ、と口を開くと俺の咥内を舌で弄る。ああ、もう、意識が遠退く。呼吸が出来ない。それすら、―――――。

もう少し、味わっていたかった。シュウが何か言った気がする。でも俺の耳には届く事はなかった。















「キス下手」

「うるさいな、初めてなんだから仕方ないだろう」

「…白竜、僕はね、そういう君の気持ち悪いところも全部含めて、」

「………」

「やっぱり気持ち悪いと思う」

「なっ、」

「まあいいんじゃない、そのままで。僕は楽しいし。時々君のギャップに吐き気するけど」

「シュウ…あの…」

「何?」

「あんまりキツいこと言われると…こう…背筋に甘い痺れが」

「そういう君が、呆れるくらい好きだよ」

「なっ、」



あれれ、顔真っ赤。正直な告白には弱いんだ。かわいい。











(「どうしようもない君が好き。」)

だからずっとどうしようもない君でいて。













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