小説 | ナノ








「お掃除ロボットだと!?」



神童が声を張り上げ玩具を見つめる子供のような目でマサキの肩を掴んだ。マサキはと言うと首を傾げたままどういうことですか?と言うように俺を見つめている。我が物顔で頷くと、諦めたように神童に体を預けた。




「凄いな…こんな人型のお掃除ロボットがいるなんて、時代も進化したものだ」

「そうだよなー」

「いくらしたんだ?」

「秘密だ」

「俺も欲しい…」




お前はロボットじゃなくても掃除してくれる奴が山ほどいるだろ。このボンボン。未だにマサキを掴んで離さないあたり、神童がマサキにとてつもなく興味を持ってしまったのが分かる。
マサキは戸惑いを見せ始め、困ったように眉を下げた。多分神童に兄弟のような好意を寄せているので強くふりほどけないのだ。

俺の腹は蹴ったくせに。





「でもロボットじゃあしゃぶしゃぶは食べられないな」

「別に…いいです」

「そうか?いい子だなマサキは」



頭を撫でて、へらへらして、ベタ惚れ全開である。そんなに弟が欲しかったのだろうか。…なんか、頬が緩んだ神童は気持ち悪いな…。しゃきっとしてるから神童なんだな。

神童の騙されやすい性格が幸いして、マサキはお掃除ロボットとして認識されたようだ。よかった、ダッチワイフなんて神童には死んでも言えない…!人知れず深呼吸。


二人と一つでしゃぶしゃぶを楽しみ、適当にテレビを見ながら他愛のないことを喋って、神童はご満悦で帰って行った。マサキにまた来る、とご機嫌な微笑みを残し高級車に乗ってご帰宅。あれでいい奴だから嫌になるよな…全く。





「…あーどうなることかと…」

「俺、お掃除ロボットだったんですか?」

「違う。何お前まで騙されてるんだ」

「あー、じゃあやっぱり俺はダッチワイフなんだ」

「当たり前だろ。…神童にダッチワイフなんて言えないからな」




そっかー、と凹むマサキ。食器を洗いながらため息を吐く。それを横目に俺は皿を拭く。…お掃除ロボットよりずっと便利だけど。俺にとっては。





「ご主人様って言っちゃいけなかったみたいですね」

「そりゃあ…普通の親戚の間では、まずそんな呼び方はしないからな」

「変えた方がいいですか?」

「………いい」

「不便じゃないんですか?」

「お掃除ロボットなら誤魔化せる」

「ふーん、まあいいけど」





…ほんとは、ただ単にご主人様って呼ばせたいだけだけど。食器の片付けを終えるとマサキは俺の部屋のベッドでごろごろし始めた。

もう夜も更けてきて、色々いい時間帯ではある、んだが。じりじりマサキに近付くとマサキははっと警戒して後ずさりした。こいつ…昼間のことを覚えている…。都合のいいように忘れてくれたのかと思っていたのに。マサキが抱えている布団をぶんどると、フーッと猫のような威嚇をされた。余程トラウマになっているのだろうか。






「寝ろ、マサキ」

「やです」

「てめえ仕事しろ!!」

「やだー!いーやーだー!お掃除ロボットとして生きていきますー!」

「俺のことも考えろ!」




というかお前は最初から生きていない!
子供みたいな取っ組み合いが始まる。…こんなことをベッドの上でしたかったんじゃないんだけどな!やっぱり意識あるダッチワイフってめんどくさい。交換してほしい。
…なる程、その手があった。





「スクラップにすんぞ」





ぼそりと低い声で呟くとマサキの肩がびくんと跳ねた。ほう、効果は絶大なようだ。またじりじり近寄る。今度は歯を食いしばったまま逃げない。押し倒してパーカーに手をかけるとうぎぃぃ、とよく分からない唸り声を上げた。



「別に俺は交換したって構わないんだぞ」

「………。」

「でもお前は間違いなくよく分からない研究所に回されて解剖されて」

「分かりました分かりましたよ!すればいいんでしょすれば!!」





マサキが諦めたように俺の服に手をかける。下から手を入れて服をするりと脱がせる動作はプロそのものだ(何のプロかは知らない)。首に舌を這わすと、マサキが声を押し殺した。そういえば昼間快感を得ることが出来ると言っていたことを思い出した。首に小さくキスを落とし、耳に落とし、頬に落とし、口に落とすとマサキと目が合った。




「顔はいいのにな」

「俺が?」

「はい、でもがめついですよね」

「元より女じゃ勃たないし、いいだろお前相手なら」

「うっわそんな顔でえげつない事を…」




マサキの両腕を頭の上で押さえつけ首を思い切り噛んだ。何の悲鳴も聞こえないということは、大丈夫なんだろうな。見た目が人間なので躊躇してしまう。ジーンズのボタンに手をかける。

また腹を蹴られた。高級な肉が逆流するかと思った。




「やっぱり無理!やだ!やりたくない!」

「おーまーえーなー…!?」

「だって、だって!」

「だってなんだよ!」

「ご主人様がもう少し俺に優しくしてくれたら頑張れる、気がする」




優しく、だと?いたぶるのが目的で買ったのに?…だってお前それは…。




「俺のモラルに反する」

「そんなレベル!?」

「無理、優しく抱くとか無理」

「だって俺を見てるときすごい剣幕なんですよ!怖い!」

「知るか!大体お前ダッチワイフなのに何怖がってんだよ!…やっぱり返品する、携帯携帯」

「うあーんごめんなさいごめんなさいでもやだー!」



遂にダッチワイフが泣き言を言い始めた。泣いてないから泣き言とは言えないんだけど。俺に抱き付いて必死に携帯を奪おうとしている姿が何だかいじらしい。神童が弟みたいだと可愛がる気持ちが、少し理解出来たかもしれない。





「この我が儘」

「我が儘でいいです!もし電話したら俺逃げますから!」




お?反撃に出たか。まあ、いいか。気持ちもとっくに萎えてたし、今は疲れてもうする気分にもなれない。空気が少し穏やかさを取り戻してきたところで、クローゼットからスウェットを出しててきぱき着替え、歯磨きをしに洗面所へ向かう。するとマサキがぱたぱた着いてきた。
シカトを決め込んでいると袖をぎゅっと引っ張ってきた。



「その服なんですか?俺には無いんですか?」

「これはスウェット。いわゆる寝間着。よって、お前にはない」

「えー!俺も着たいです!ウェット!」

「ウェットじゃないし、お前にはない!」

「欲しいー!!」




だああうるさい!っていうかそんなに引っ張ったら袖口伸びるだろうが!こいつ、意外に力が強い。ふりほどこうとしても全く放さない。
いくら言っても何をしても聞かないので迫力と根性に負けてぽろりと言ってしまった。




「…じゃあ明日買ってやるから、今日は我慢しろ」

「ほんと!?やったー!」




途端花が咲いたように笑顔になったマサキを見て、しまったと思ったがそんなものは後の祭り。あー、お金ないっつーのに。またバイト始めるか。うるさい声をBGMに歯磨きを終えて財布の中身と相談をする。…バイト、しよう。うん。



一悶着あったあとベッドに倒れ込み、大きく背伸びをした。あー…やっと寝れる。今日は色々ハード過ぎた。マサキが俺の上に覆い被さる。何であんなことされといて、こんなに無防備なのだろうか…。




「…お前のベッドはここじゃない」

「床って言うんでしょ?絶対嫌ですよ」

「………。」




この我が儘ダッチワイフ…。頬を引っ張ると、びよーんと伸びた。普通の人間なら痛がるのだろうが、マサキは煩わしそうに口をへの字に曲げているだけだ。そんなことしてもやです、とマサキがごねる。誰もこんなことしてお前が床に寝るなんて思わないから。
腹が立ったので尻を鷲掴むと頬をはたかれた。苛々して横を向くと、バランスを崩したマサキが横に落ちる。ベッドで寝ることが出来ると思ったのかやたらはしゃいでいる。うるさい…。




「じゃあおやすみなさーい」

「……はあ」




相手にするのも面倒になって、電気を消した。窓だけが少し明るい。それ以外は全て真っ暗で、けれどそれが疲れを癒してゆく。




「ねえねえ」

「なんだよ、寝かせてくれ」

「俺のこと、捨てないでくださいね」





ふわりと、小さな呟きが俺の耳に届く。無邪気っぽいのにほんのちょっとだけ、不安そうな声。
俺はさあな、と言ってマサキに背を向け布団に潜り込んだ。



























「あっ、このスウェットかっこいい!これがいいです!」

「高いからだめ」

「じゃあこれー」

「…さっきより高い」

「えー」




何でこいつさっきから高いのしか選ばないの。俺に何か恨みでも、…あるか。あるよな。だが高いのは買わない。俺の食費が無くなるからだ。





「もう黒いのだったら何でもいいです」

「じゃあこれな」

「………」



一番安いのを選ぶと全く納得していない顔だったが、気にすることなくレジへ持っていった。
大型スーパーの人混みが怖いのか、終始マサキは俺から離れようとしなかった。試しにマサキが服に夢中になっているときに遠くに行ってみると、服を掻き分け慌ててついてくる。うーむ、面白い。



服飾売り場から離れ一階の食料品売り場で昼食と夕食のおかずを買うことにした。物珍しそうに食べ物を見るマサキ。俺が買い物かごに入れるものをじっと観察している。




「匂いはわからないのか?」

「わかりません。嗅覚と味覚はないです」

「なるほどな」




視覚と、触覚と、聴覚だけか。まあどっちもいらないもんな。…待てよ?




「不味いとか、苦いとか、臭いとかもわからないのか?」

「そうですね…それが何か?」

「………ふーん」

「え、ちょっと。何ですかその間」

「つまんね」

「ちょっと!何なんですか!!」




いや、普通のダッチワイフなら仕方ないけどさ。せっかく動くし喋るのに、勿体ないな。うん。嫌がる素振りとか普通見たいよな。いや沢山見たけどさ。好奇心にまみれてぎゃんぎゃん煩いマサキを黙らせ帰路につく。
割と本気で怒ったせいか、アパートに着いてもマサキはまだ膨れっ面だった。けれどもスウェットの入った袋をかさかさ振るとちょっとだけ顔を上げる。全く、手の掛かる。






「要らないのか?」

「…いる」

「なら早く入れよ。俺腹減って倒れそうだし」




俺がそういうとそそくさと玄関を抜けようとするが、靴が脱げず戸惑っていた。服だけでなく靴すら俺の私物である。彼女かこいつは。
助けを求めているのか悩ましげな目で俺を見てきたが、俺は無視してキッチンに向かった。鬼畜だとか非道だとかいう俺とは無関係な言葉が聞こえてきたような気がしたが、華麗にスルーした。




靴を頑張って脱いだマサキがばたばたと廊下を走り抜けていく。がさがさと袋を漁る音。服を脱ぎ捨てる音。
そして走り寄ってくる音。




「じゃーん!似合うでしょー!」



ぶかぶかなスウェットを身に包み腕を振るマサキ。いや…スウェットが似合うのってどうなの。それよりも。



「値札ついてるぞ」

「えっ、」

「あとトレーナー前と後ろ反対だし」

「えっえっ」





そういえばマサキが来てからまだ1日しか経っていないんだな。
まだまだ濃い日常が続きそうだ。

腕をスウェットから抜くことが出来ず、頭も腕も出せないでわたわたしているマサキを見て、苦笑をもらした。






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