小説 | ナノ










次の日も次の日も、来るのは私目当ての客ばかり。興味もない花を私と話すためにたくさん買って、そして捨てる。花に興味がないのは私も同じなので文句はないが、花も生き物なのだということを忘れている輩が多いと思った。
あれからシュウが来ない。



しとしと、雨が降ってきた。こんな雨では花屋なんて儲かるはずがない。店先に出てため息を吐いていると、誰かが一目散にこちらに向かって走ってきているではないか。




「白竜ー!!」




シュウが、笑顔で走ってくる。頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れで水たまりを踏みつけながら走ってきた。傘もさしていない。



「お、おいシュウっ…!」



直前で止まろうと思ったのだろうが、何せ雨の道は滑る。無惨にも店先まで滑って、私の体に激突。二人して転ぶ。





「…覚えていろ…」

「……ごめん…」




とは言え、折角の客人だ。何かもてなしでもした方がよいのではないだろうか。


タオルと温かいコーヒーを休憩室に用意し、シュウをそこに通した。ここまでするとただの客人ではないが致し方ない。店を早々と閉め、シュウの元へ戻った。




「…閉めていいの?」

「まあどうせ人は来ない。…ところで、何の用だ。こんな雨の中」

「あ、うん、あのね。ちょっと着てほしい服があるんだ」

「服…?」





シュウがびしょ濡れでよれよれの紙袋から取り出したのは、透き通るような白のワンピース。私が持っているのとは違うけれど、胸に花の刺繍が入っているところがよく似ている。しかも一回も誰も着てないのであろう、タグが付いており値札が切り取られた跡があった。





「これ…?」

「うん、僕の部屋にあったんだ」

「………。」

「多分誰かにプレゼントしたかったんだと思う。…けど、もう分からないから、思い切ってあげようかと思って」

「私に、か?」

「うん、もしもサイズが合ったら貰ってほしいんだけど」

「…私は、こういうのはちょっと…」

「えー?似合うのに勿体ない」




ほら、またそんなこと言うから期待しそうになってしまう。お願い、と手を合わせられてしまって私は渋々承諾した。休憩室を出て貰って、ワンピースに腕を通す。脚が、何だか落ち着かない。スースーする…。そういえば初めて着たときもこんな感覚になったなあ、なんて。




「いいぞ」




入ってきたシュウが、私を見て固まってしまった。動かない。そしてまた休憩室を出て行ってしまった。

何のこっちゃ、こっちはお前に言われたから着てやったのに…と眉間に皺を寄せていると、シュウがばたばたと戻ってきた。手に持っていたのは一輪の白百合。



「、それ」

「お金は払うから、ちょっと待って」



白百合の茎を器用に折り、私の前髪の斜め上に差し込む。手鏡を見ると、髪飾りのように見事な白百合が咲いていた。ワンピースに色がよく合う。が、しかし。



「…重い」

「そうだろうねー…。」




こんな時でさえこんなことしか言えない自分に呆れる。でも実際、花が重い。綺麗なワンピースも仏頂面のせいで台無しだし。…きっと私のために用意していた物なんだろうが、今となっては誰のために着るわけでもない。




「すまん、返す」

「えっ、何言ってるの?」
「どうせ持ってても着ないし、着る子にあげてくれ」

「参ったな…君以上に似合う人なんて知り合いにいないよ…」

「………。」

「な、何その寝るの邪魔された犬みたいな顔」

「イタリア人みたいな鳥肌の立つ物言いはやめろ」

「だってほんとの事だし…」




何だこいつ、妙に食い下がるな…。
しかしなんと言われようと着ない物は着ない。どうしようか迷っていると、シュウの黒真珠のような瞳が私を捉えた。




「何だ」

「…うん、あのね。正直に言うよ?」

「そんなタメいらん」

「そのワンピース、サイズも君しか合いそうにないよ。背が高くて、細い仕様のワンピースでこういうデザインってあんまりないじゃない」

「……。」




どう返すべきか迷った。そうだな、とでも言えば良いのだろうか。だって肯定したら、ばれてしまうかもしれないのに。




「僕特注したのかな…?まさかね」

「………。」

「白竜って隠し事下手だよね」

「へっ!?」

「顔に、それ以上この話題に触れるなって書いてある」




シュウがさも可笑しそうにくつくつと笑った。
ううう、自分の分かりやすさが嫌になる。顔を見られたくなくて伏せているとシュウがしゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。




「…ねえ、白竜なんでしょ?僕の大切な人って」

「人違いだ」

「嘘だよ。人違いなんだったら何も隠すことないでしょ?こっち見て、白竜」

「うるさい」

「もう、愛してくれないの?」



堰を切ったように外が土砂降りになって、私の涙腺も決壊した。シュウを突き飛ばす。百合が床に落ちて、意図せず踏みつけてしまった。




「シュウを、愛しているから避けているのだ…それも分からないのか!」

「僕は、記憶がないんだ。何で事故に遭ったのかも覚えていない」

「……っ」

「何で白竜が僕を避けてるのか、それじゃあわかんないよ…。」





私の所為だと言いたい。言って楽になってしまいたい。けれど責められたらどうする?どうすればいい?
…。


私の所為なのに、何責任逃れをしようとしているんだろう。
言わなければいけない。私が悪いんだから、逃げてはいけない。




「私が、原因だ」




それからシュウに淡々と今までに起こったことを話した。付き合ったこと、事故に遭ったこと、一方的な別れを告げたこと。シュウは黙って耳を傾けていた。神妙な顔付きで。だが不意に、私の手をとった。




「今まで、ごめんね」

「…っ何言ってるんだ、人生を変えてしまったのは私の方なんだぞ!怒って当然なんだぞ!」

「でも白竜を一人にしちゃってた。ごめんね」

「そんなこと、そんなこと、シュウの辛さに比べたら、」

「そんなの君の方が辛かったに決まってる」

「…何で、そんなに優しいんだ…だから会いたくなかったのに…!」




涙を拭いてシュウを見ると、シュウは泣きそうな顔で笑っていた。零れそうな涙をこらえて、一生懸命に。



「今までお疲れ様、辛かったね」





その日、私は久々に泣いた。シュウに抱きついて、子供のように。あの頃に戻ったように。シュウはずっと私の背中を撫でてくれていた。シュウの記憶は多分きっと、これからも戻らない。けれど今まで以上に思い出を作って、今までの悲しみを埋めることは出来る。

貴方を幸せに出来るのなら、一生だって彼岸へだって一緒にいる。そう決めたから。

シュウと交わしたキスは涙の味がしたけれど、確かに幸せな味がした。





「ねえ白竜、結婚しようか」

「い、いきなりだな」

「そんなにいきなりかなー?」

「…………。」

「んー…あ、そうか。白竜」

「?」

「僕と結婚を前提に、お付き合いしてください」

「……よ、よろこん…で…」

「えっ?聞こえないよ」

「………。」

「ごめんね。冗談だよ。だからそんな顔しないで」










白竜って白百合の花言葉にぴったりだなんて言われて、花言葉を訊いてみたけれど答えてくれない。花言葉、勉強しようか?
ショーウィンドウの中の純白のウェディングドレスを眺めながら、結婚式まであと1ヶ月ないよ、忙しいねなんて言いながら、

もう彼を手放さないように、ぎゅっと手を握っているのだ。















title by:hmr






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