小説 | ナノ









バイトして金貯めて、高級なアレを買った。人には言えないちょっとアレなアレ。何でアレを買ってしまったのかというと、まあこれまた人には言えないセーヘキってものが関係してたりする。
普通の人を相手にはちょっと出来ないことなので、バイトしてまで買うに至ったのである。だがしかし、





買ったソレ…つまり、ダッチワイフには意識があったのである。












送られてきたダッチワイフは当然裸で、まず俺が飛び上がるほど驚いたのは奴がまばたきをしたこと。さすがに仰け反った。次に奴が自分の姿を見て恥じらったこと。そして最後に、



「ちょっ、な、何見てんですか!いいから服くださいよう!」




奴が喋ったことである。開いた口が塞がらない。唖然としながらもぶかぶかのTシャツを遠くから恐る恐る投げると、ダッチワイフはいそいそとそれを着た。艶めかしい太ももがちらちらと段ボールとTシャツの間から見える。肌も仕草も動きも髪の毛も瞳も、本物の人間みたいだ。
落ち着いたのかダッチワイフは少し俺の顔を盗み見る仕草をした。何か話したい様子だ。ダッチワイフの目をばっちり見るとダッチワイフはばつが悪そうに問うてきた。




「…あの、何で俺男型なんですか?」

「…俺がゲイだから」

「えっ…あ、そうなんですか」

「………。」

「……。」

「何でお前意識あんの?喋ってんの?」

「さあ…俺にもわからないです」

「何か、やりづらいじゃん」

「…やっぱり、そういうことするんです、よね」




しゅんとうなだれて俯くダッチワイフ。あのなあ、何のために高いお金を払ってお前を買ったと思っているんだ。そういうことするために決まってんだろ。




「ご主人様は同性にも異性にも好かれそうなのに、何で俺を買ったんですか」

「ごっ…ご主人様…?」

「何でですか」



金色のビー玉のような瞳をぱちぱちさせてじっと俺を見ている。純真無垢そうな幼い顔。こんな顔でご主人様って結構下半身にくるな…ってそうじゃなくて。




「…色々出来るからだよ」

「色々?」

「ほら、こんな風にさ」




がっ、とダッチワイフの首を掴んで引き倒した。咄嗟のことで何が起こったのかわからない、という顔をしている。首を押さえたまま鼻をつまみ深い方のキスをしかけてやると、ダッチワイフは疑問だらけの顔つきをした。気のせいか焦っているようにさえ見える。
解放するとダッチワイフは首に痕がついていないか、部屋の鏡で首もとをしきりに確認していた。やることがいちいち女っぽい。





「こんなこと人間にやったら死んじゃうだろ」

「はー、だから俺を買ったんですか」

「まあそういうこと。」



ふーん、とまだダッチワイフは首もとを撫でている。そんなに気になるのか。



「…ていうか、今思ったんだけどさ」

「何ですか?」

「お前に挿れるとき、何、俺は無表情のお前に挿れるわけ。そして突くわけ」

「…一応感度ありますよ。人間ほどじゃないですけど」

「えっ、じゃあ痛みも拾うんじゃないのか?」

「いえ、痛覚はありません。こんなこと言いたくないんですが快感しか無いです」




心底嫌そうに、眉間に皺をよせてそして更に苦虫を噛み潰したような表情。余程言うのが嫌だったのだろう。ダッチワイフらしくないダッチワイフだなあ。
人間みたい。錯覚してしまいそうになるほどに。




「まあ、ご主人様みたいな性癖でも俺なら大丈夫ですね」

「だから買ったんだよ」

「…俺なんていらなさそうなのになー」



ぽつり、と。ダッチワイフが寂しそうに呟いた。なんだこいつ、案外ナイーブなのか?まあいいや、据え膳が目の前にあるんだ。有り難く頂戴するとしよう。

ダッチワイフを勢い良く押し倒し覆い被さると、目の前の据え膳は大袈裟にびくついた。恐怖に染まった表情がそそる。…一生使えるデリヘルを貰った気分だ。やりづらいと思ったが、割とイイモノを手に入れたんじゃないか?だってこれであの値段はすごい。首を掴んで顎を上に向かせる。こちらを見たままかたかた歯を鳴らすダッチワイフ。威嚇なのか、怖いのか。


舌なめずりをして柔らかそうな唇にキスを落とそうとしたとき、腹に激痛が走った。ダッチワイフが俺の腹を蹴り上げたのだ。自身が前のめりに沈み込みそうになるのを見計らって、ダッチワイフが這って部屋の隅に逃げる。
ダッチワイフを睨みつける。



「何のつもりだよ」

「…だって怖いんですもん…」

「痛くないなら怖くないだろ」

「……いえ、そういう行為じゃなくて、ご主人様が。」



…ああ、なる程。俺が怖いのか。そういう感覚は存在してるんだな。ふるふる小動物のように震えるダッチワイフが何だかとても可哀想に見えてきて、加虐心が萎んでゆく。意識あるんだもんな、こいつも。強姦まがいなことはしちゃいけなかったかも。反省した。




「…名前」

「?」

「名前…訊いてもいいか?」

「…マサキ、です。」

「…マサキ、ね。ごめんなマサキ。怖がらせるようなことして」

「………俺こそ、ダッチワイフなのに…すみません…」



たどたどしく言葉を紡ぐマサキの横に歩いていき、優しく頭を撫でた。マサキは驚いたように振り向く。目はきらきら、ぱちぱち、まるで宝石みたいに俺を見つめる。睫毛が長い。人間みたい。可愛い、な。こうして目を合わせて見てみると、アイドルみたいな顔をしている。
頭を、撫でていた手で自分の方に引き寄せる。顔を自分の方に向けて、ああ凄くいい雰囲気だと浸っていると。

玄関のベルが鳴った。ちくしょう、もう少しだったのに…!




「…誰でしょう、俺出ます」

「待て待て待て待てお前の格好はまずい寧ろ隠れてもらってた方が有り難い」




Tシャツ一枚の男(ちょっと幼い)を他人に見せたら間違いなく誤解される。いや誤ってないけれど。間違いではないけれど。だからこそ困る。いい雰囲気をぶち壊されて苛立ちを募らせたまま、ドアを開けた。

ら、満面の笑みの友人の神童が立っていた。





「霧野、しゃぶしゃぶやろうしゃぶしゃぶ」

「…は?」

「うちで高級な牛肉を貰ったんだがステーキに食べ飽きて、どうしようか迷っていたんだ。しゃぶしゃぶの食べ方教えてくれ。っていうか食べよう。」

「………。」




お前、そんなキャラだったっけ?食料を抱え込み子供のように瞳を輝かせる神童を追い返せる筈もなく、家に招き入れることにした。しかし俺は爆弾を抱えていたのだ。



「ちょっと待て。神童まだ入るな」

「?…わかった」



どたどたと自室まで走ると、俺のベッドにちょこんと座るマサキ。あああ折角の据え膳が…!でも高級霜降り牛肉には勝てない。何故なら俺は庶民だからだ。

クローゼットから適当にジーンズを引っ張り出しマサキに投げつける。一瞬パンツの心配をしたが、いらないのだと思い出した。マサキは人間ではない。



「穿け。友達がきた。」

「…はい」

「あとパーカーも着ろ。そのTシャツじゃあちょっとやばいし」

「…このズボンぶかぶかなんですけど」

「ほら、ベルト!」

「…どうするんだろうこれ」


ベルトも通せないのかこいつ。まあ当たり前か。焦れったくなりベルトを通してやると、何故かマサキは嬉しそうだった。




「友達にはお前は俺の親戚だって言うから、お前も話合わせろよ」

「はーい」

「神童ー!いいぞー!」

「お邪魔します」




他人の声に反応しマサキが大きくふるえる。俺の背中に張り付いたまま離れない。人見知りなんだろうか?
神童が部屋に入ってくると、俺の後ろに隠れている小動物をじっと見つめた。疑問符。まあ今までこんなことなかったもんな。



「霧野、後ろの方は…?」

「あー、親戚の子」

「…………」



マサキは無言を貫く。お前口裏合わせろって言っただろ!心の中で罵詈雑言。神童はそうか、とそれ以上追及することもなくテーブルの上に袋を置いた。知りたがりじゃなくて助かった…。

俺が足早にテーブルに近寄り袋を漁ると、油断をしていて取り付く島を失ったマサキがあたふたとし始めた。神童とマサキの目が合う。おおー、何かこの二人の組み合わせ興味深いな。


…うわあああ、超霜降りじゃんありがとう神様!ありがとう!幸せで死ねる!あまりの感動に牛肉にハグ。





「初めまして。俺は霧野の友人の神童だ。よろしく」

「………。」

「あのな、名前教えてくれないか。」

「………。」

「仲良くしたいからさ」

「…仲良く、ですか?」

「ああ、一緒にしゃぶしゃぶやろう」

「……!」




神童の紳士のような笑顔にマサキの顔がぱっと明るくなる。
俺が牛肉とラブラブしてる間に何だか二人の雲行きが怪しい方向にいっている。気がする。うん、まさかな?




「マサキ、…です」

「マサキ?よろしくなマサキ」

「は、はい」

「いいな霧野、俺もこんな弟が欲しかった…って、何肉抱えて悦ってるんだ」






何か、俺よりも神童に懐いてる…?納得いかない。いいんだ、俺にはこの肉がいる。いいんだ…。



「さあしゃぶしゃぶやるぞー!」

「おお、テンション上がった」

「しゃぶしゃぶ…」

「どうしたマサキ、しゃぶしゃぶ食べたこと無いのか?」

「はい…」

「俺もないんだ、一緒だな。初しゃぶしゃぶ」

「…っはい!」

「だから何でだよ!」




思わず白菜を床に投げつけた。食べ物を粗末にしてはいけません!
何でそんなに俺と格差があんの?第一印象?印象なのか?神童が行儀悪いぞと説教を垂れてきたので渋々キッチンに向かう。この前神童に包丁を持たせたらどこかのアクションゲームで使われそうな乱舞を披露されて死にかけたので、もう神童に包丁を持たせることはしないと誓った。いや、本当に死ぬかと思った。死の淵を見た。


あの二人を一緒にしておくのは何だか癪だったのでマサキを呼ぶ。マサキは素直にひょこひょこ歩いてきた。



「何ですか?」

「野菜切ってくれないか?俺は肉切るから」

「えー…料理したことないです」

「いや料理じゃない。料理じゃないからこれは」

「でも切ったこともないですよ。だって初めて食べ物見たんですよ?」

「慣れだ慣れ」

「雑!」




ぶーぶーいいながらなかなか手早く綺麗に白菜を切っていく。しかし左手が猫の手じゃないあたり、自分の手を傷つけても何ら支障がないと考えていると予測出来る。実際その通りなのだが。

なんか、こうして二人でキッチンに立ってると。まるで、



「恋人みたいだって思ったけど違った…バイトでおばちゃんとキッチンに立ってたの思い出した…。そういえば逆セクハラされた…」

「切り終わりましたー」

「うん、わかった…」




苦い思い出が脳裏に浮かび若干凹んだが目の前の肉が私を食べてと急かしているような気がする。なので急いでえのきだとか豆腐だとかを切ってテーブルに向かう。神童は鍋に湯を沸かし準備万端で座っていた。
テーブルに並ぶ豪勢な食べ物たち。こんなのは久々だ…毎日納豆ご飯だったからな…。




「肉は牛だしちょっとくらい生でも大丈夫だろ」

「火を通せばいいのか?」

「白菜はしなってしてからな」




俄然上がってきたテンションと目の前の素晴らしい様子に踊り出す心。半分肉をとっておいたので、ステーキとすき焼きにも使わせていただこう。楽しみだ。




マサキがさっきから一言も喋らない。どうしたんだと訊いてみたら、おずおずと悲しそうに眉を下げた。
そして、やはりこいつは爆弾だった。




「あの、俺…ご飯食べられませんご主人様」

「ゴフッ」

「………ご、しゅ?」




むせた。同時に凍り付く空気。
ああああ!!!お前は親戚の子(の設定)なのにご主人様呼びは!いけない!
流石の神童も固まったまま動かない。どうしようどうしよう。こんなに早くばれるとは思わなかった。
マサキを見ると、流石にまずい空気を感じ取ったのか俺に助けを求める顔をしていた。いや、助け求めたいの俺だから。誰か助けて。








部屋にはタレントの笑い声と鍋の煮立つ音だけが響いていた。
背筋が寒いのに背中を流れる汗は止まらなかった。






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