小説 | ナノ









どうして私には胸がある?どうして私は大人に気持ち悪い目で見られる?どうして、どうして、
チームメイトに告白されてしまったのか。
誰かが言った。




「それは、白竜がオンナノコだからだよ」、と。












下肢を血が伝う日だった。私が女だと思い知らされる日。そして、同時に女へと変貌しなければならない日。誰も何も言わなければ私は男で居られた筈だった。そう、例え身体が変化してしまっても。けれども彼等は私を同性と見なしてはくれなかったのだ。


告白されたときは、ふざけるな、と泣いた。とても衝撃的で、絶望した。けれどチームメイトはこう言い放った。

お前をそういう目で見ていない者はいない、と。





「シュウ、…シュウ」



シュウは気持ち悪い目をしないし、私を女扱いしない。だから精一杯甘えてやるのだ。
シュウに抱きつくと胸が邪魔する。こんな脂肪もぎ取ってしまいたい。悔しい。



「白竜、また泣いてる」

「シュウ、私は男になりたい」

「うーん」

「手術をすれば、なれるんだろう?」

「かもしれないね…でも」

「でも?」

「僕は白竜は今のままでいいと思う」




シュウの言葉に、ひどく打ちのめされた気がした。嫌な気分になった。シュウが頭を撫でてくれる。愛の籠もった手。その愛が、男女からなるものでないことを信じて。





「白竜は僕が守ってあげなきゃね」

「…女扱いするな。私は一人でやれる」

「白竜、こんなこと言いたくないけど、身体的な能力に男女では優劣がある。どうしたって女が男にかなわない部分だってある」

「……………」

「白竜が、女として見られたくないことは僕が一番知ってるよ。でも何かあってからでは遅いんだ」

「何か、って…?」

「……。」



シュウが口を噤み、深く俯く。シュウにしがみついた。温かい。私は守られることは嫌いだが、シュウに守られるならそれもいいかもしれない。



「…何かって、何だ?」

「望まない妊娠は嫌でしょ?」

「妊娠…?」

「好きでもない奴との子供は、欲しくないでしょ?」

「こども…」

「簡単にできてしまうんだ、とても簡単に」

「…………。」

「男と女って、そういうことなんだよ」




自分の腹を撫でてみた。平べったく、腹筋がついてかたい。…子供が出来たら、ここが、膨らむ。幼いときにテレビで妊婦を見たことがある。あのときは神秘的で感動的なものだと思ったけれど。
自分がその立場になることを想像すると吐き気がする。



「シュウ」

「うん?」

「別に私は男になりたいわけじゃないんだ。手術がしたいわけでもない」

「うん」

「でも、女に見られることが苦しい」

「うん」

「きっともうすぐ、男女の違いも体に明確に出てくる」

「うん」

「……嫌なんだ、怖いんだ、どうしようシュウ…」




こんなことシュウに言ったってどうしようもないことくらいわかってる。
でも今はまだ、受け止めたくないから、誰かに背負うことを手伝ってもらうしかない。非力、いや無力な自分を呪ってしまいたい。


優しく私の髪を撫でるシュウの手が小さくふるえていた。



「大丈夫、白竜は僕が守るよ。だから怯えないで」
















教官、その部下の私を見る目が最近おかしい。いや、いやらしい目つきではない。のだが、まるで人じゃないようなものを見るような。
居心地が悪くて、このままじゃプレイに支障が出る。教官のところに話をしに行こうとしたらシュウに引き留められた。



「行かない方がいいよ」

「このままでは私がサッカーに集中出来ない!」

「我慢して。君が危ないんだよ」

「危ない?」




練習相手のチームのシードのひそひそ声が聞こえる。聞きたくなくても、耳にまとわりついてくる。





「女でいるのが嫌って言ってるわりには男にべったりだし、案外楽しんでるのかもな」

「しーっ、聞こえるぞ」




私が女であることに悦んでいる、だと?
どいつもこいつもふざけるのも大概にしろ。


気付いたら化身を出していて、練習相手のチームを消し炭のようになるまでぎたぎたにしていた。シュウの止める声も聞こえなかった。苛々する。空間そのものが私の敵のように私を突き刺そうと今か今かと待ちわびている。空気が凍えきっている。






誰の制止も聞かず、フィールドを飛び出した。途中誤作動で私を敵だと認識したロボットに襲われかけたが、化身で撃破する。どこか遠くへ行きたい。誰もいないような。



(あれ…?)


意志に反して、体が動かない。重い。痛い。下腹部が破裂しそうに痛い。誰もいない廊下にうずくまる。痛い…起き上がれない。呻き声が口からもれる。
ぬちょ、と恥部に気持ち悪い感触。ああ、これは。
こんな時に…!


起き上がれない。痛い。はやくどうにかしないといけないのに。誰か、…呼べない。こんな姿誰にも見せられない。
脚と脚の間から赤いものが見えた。脚がふるえる。これだから、これだから女は…!唇を噛んで立ち上がろうとするも血に滑り転ぶ。



「…白竜?」


息をのむシュウの声が聞こえた。冷や汗が首を伝う。振り向くと狼狽えるシュウが居て、床についた赤を見ていた。
見られてしまった。



「大丈夫!?」

「来るな!」

「でも、白竜それ…」

「見ないでくれ…!」




暫しの沈黙の後、シュウが静かに近付いてきてユニフォームで床の血を拭った。行動を遮ろうと手を伸ばすとシュウが私の手をとりキスを落とした。今の私には、その行動の意味がわからなかった。




「…シュウ、もういいから、戻ってくれ…」

「言ったよね。白竜を守るって。今の白竜は放っておいたら死んじゃいそうだよ」

「、いっそ死にたいくらいだ!!」



シュウにこんな痴態を晒してまで、生きていたくはない。とめどなく溢れる血を止める術はなかった。それが私に課せられた道であり、罪であるのだから。女という象徴なのだから。
下腹部に、また波のような激痛が走った。




「っぐうッ…!」

「白竜…!?大丈夫!?」

「…経血まみれで痛みに悶えているとは。全く……」

「!?」

「教官…!」



コツコツ、と靴の音を響かせ歩いてきたのは監督でもある牙山教官だった。先程私を見ていた目と同じ目だった。



「堕ちたものだな、ゴッドエデンの女王」

「―――!」



鼻で笑う教官の顔が涙でぼやけた。成る程、もう私は邪魔者なわけだ。シード候補を色めき立たせてしまう邪魔者。最早シュウに支えられていないと起きていることも出来ない。酷い血のにおいだ。鼻が曲がりそうになる。



「没落したものだな、チームメイトがいなければ何も出来ないのか」

「…さ、い…うるさい…」

「白竜!相手は監督だよ?落ち着いてよ…!」

「そうやって女という事実に絶望しながら死んでゆくのか、愚かな」

「うるさいと…言っている…」

「一流になることもなく、シードを産む機械になるか?」

「…黙れ牙山アアァッ!!!!」



怒りによるアドレナリンで下腹部の痛みが消え去る。無意識に化身を出そうとしていた。だが力が出ない。冷徹な目をした牙山につかみかかろうとしてシュウに抱きつかれる。その途端少ししかなかった力が抜けて、全く体が動かせなくなってしまった。空を掻く手。




「だめ、今は堪えて…」



牙山に聞こえない声で必死に私に囁く。牙山は鼻を鳴らし踵を返し帰って行った。振り向くこともなく、私を捨て去った。
シュウは泣きそうな顔で私を見てまた抱き締めた。私の経血がシュウのユニフォームを汚す。
何の意味もない血だった。



「シュウ、ありがとう…ごめん…」

「白竜…」

「私は平気だ。頑張らなければ究極にはなれない」

「いいよ、頑張らなくて」

「な、何を言っているんだ」

「痛々しいよ…きっといつか、白竜が壊れちゃう」





シュウがか細く声を出した。けれど、それでは究極を諦めることになる。そんなことは嫌だ。





「わかってる。けれど、すまんな。諦められない」

「僕はもう傷付く君を見たくないんだ」

「私は女だからって諦める自分を見たくないんだ」



たとえ絶対に叶わないことだとしても、やり通さなければ。そして剣城を見返してやる。シュウが苦しそうに微笑んだ。我が儘でごめん。



「大人しくしてくれれば、君のこと守りやすいんだけど」

「生憎そんな女じゃない」

「そんなところが好きなんだけどね」

「女として、か?」

「…うん。ごめんね。でも付き合いたいとかキスしたいとか思ってないよ。君を傷付ける全てから、守りたいだけ。」

「手にキスしたくせに」

「あれは、誓いのキスだよ」

「誓い?」

「どこにいても白竜を助けに来るっていう誓い」




キザな奴だな…。けれど嬉しい。ナイトという奴か。ありがとう、と礼をするとシュウは嬉しそうに笑った。
あ、今、シュウのことなら男として好きになれそう、とか。



「ない!」

「え?何が?」

「ないないないない!思ってない!」

「え?大丈夫?痛みでおかしくなっちゃった?」

「後片付けするから…ちょっとあっちに行っててくれ…」

「僕も手伝うよ?」

「いい!あ、まずナプキンが」

「ナプキン?」

「うるさい!…いたっ…」

「辛いんでしょ?とってきてあげる」




どこにあるの?
自力で立ち上がれないので、シュウの腕に掴まり立ち上がった。貧血で目眩がした。



「いい、自分で行く」

「駄目だよ、無茶しすぎ」

「…シュウ」

「何?」

「いつも、すまない」





シュウが息を詰めた。
きっと終わりは近い。私の役目は終わる。その時まで走っていたい。けれどもし終わりが突然訪れて、シュウに声をかける暇もなかったら。それを考えただけで心が痛む。

きっと私はシュウに惚れているのだ。ただ気付きたくないだけ。シュウには言わない。苦しい結末しか迎えられないだろうから。




シュウの背中に顔をうずめる。内股を生温かいものが伝った。




「…シードの子を産むならシュウとの子がいいな」

「、え!?」

「冗談だ。本気にするな」





嘘。半分本気。
願うだけならタダなのだから、せめて夢をみさせてほしい。
シュウの背中は温かくて、でも遠いものだった。





























要らないものを守る、お前の存在価値とは。



徒情(あだなさけ):仮初めの儚い恋






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