吐溜 | ナノ





例えば、そう、あくまでも例えばの話だ。
成績優秀で、硬式テニスの全国大会に出場経験があり、いかにも男子の視線を集めそうな魅惑的な肉付きの体で、多少きつめだが整った顔つきで練乳を垂らしたような肌の色をしている同学年の女子がいたとしよう。
同学年の男子は絶対に近付けないタイプである。何故なら、オーラの強さが他の人と桁違いなのである。謙遜もしてしまう。友達もいないようであった。それどころか嫌われていたようにも思う。色目を使っていたのは上級生だけだ。
…あくまで例えだ。



例えば、その女子が学校の裏庭で上級生に告白をされていたとする。女子は間髪入れず告白を断ったとする。逆上した上級生が女子をいきなり襲ったとする。訳あって裏庭にいた男子がその瞬間を目撃してしまったとする。つい、手を出して上級生の首の後ろを蹴ってしまったとする。上級生が気絶してしまったとする。

半分服を脱がされた状態の女子と目が合ってしまったとする。女子が真っ赤な顔をしていたとする。男子は嫌な予感がしたとする。


さて、この場にいる誰が一番不幸になったか答えなさい。













「剣城」

「…なんだ」

「最近ため息多いよね。どうかした?」

「何でもない。放っとけ」




松風が心配そうに話しかけてくる。無理もないか、俺は自分でもわかるくらい目に見えて元気がない。理由ははっきりしている。けれども解決し難い。さて、どうしたものか。松風と一緒にいる狩屋まで顔をのぞき込んでくる始末だ。いいから構わないでくれ…。




「さては剣城くん、アレに相当参ってるでしょー」

「アレ?」

「天馬くん知らないの?剣城くんはストーカー被害に遭ってるんだよ」

「ストーカー被害!?」

「お前らうるさいぞ…!」



教室でそんな単語出したら聞き耳立てられるに決まっているだろう!アレが他クラスでよかったと思わざるを得ない。



「えっねえねえ剣城大丈夫なの?」

「………」

「その様子じゃあ大丈夫じゃなさそうだねー無理もないか。そういえば剣城くん、アレには腐れ縁がいるんだよ」



唐突な狩屋の切り返しに少々面食らったが、ちょっと興味のある話題だった。アレに腐れ縁?どんな奴なのだろう。


「隣のクラスの男子なんだけど、アレと仲良くて一時期噂立ってたんだ。…結局幼なじみって発覚しちゃったんだけどさ」



狩屋が両手を上げてオーバーなリアクションをする。情報通だな。と言うと照れくさそうな顔をした。話に全くついてこれていない天馬は頭上にクエスチョンマークを浮かべている。



「だから剣城くんさ、腐れ縁さんにストーカー行為やめさせてくれるよう頼んでみたら?」

「成る程」

「えー!俺全然ついていけないよー!アレって誰さ!」



俺が口を開こうとした瞬間、場の空気が変わった。狩屋がそそくさとこの場を立ち去るのを見て確信する。…これは、まずい。



「剣城!…ここにいたのか!」



松風をはねのける勢いで俺の席の前に立った女学生。白鷺のような髪のこいつこそが、俺のストーカーをする犯人である。本人にはその自覚は全くない。こいつを前にして、俺は無力であった。



「今日は一緒に昼食をとろうと言っただろうが!」

「俺は承諾した覚えがない」

「私が…折角二人分の弁当を用意してきたというのに…」



少し押したと思っても、すぐ女の武器を使ってくる。あぁー胸を寄せるな。目を潤ませるな。松風、お前は何故俺に非難の目を向けているんだ。



「何と言われようと、俺はお前とメシは食わない」

「わ、私の何がいけないんだ!う、ぅ」

「………。」



泣かせてしまった。重くなるクラスの雰囲気。男性陣からは俺に非難の目が、女性陣からは女学生に非難の目が向けられている。空気の重さに耐えられなくなり、俺は席を立った。チャイム鳴りそうだな。サボり決定か。


「私の話は…終わってないぞ…!」



華麗に無視をきめた。















「何故あいつは振り向かないんだ」



下校途中、むしゃくしゃしたので買い食いをする。公園のベンチで幼なじみに愚痴大会である。ばり、と菓子の袋を開けた。子供が砂場で無邪気に遊んでいる。




「慣れない雑誌まで買って、ちょっと色気を出してみたんだぞ。全く効いて無いじゃないか…」

「そういうので落ちるタイプじゃないでしょ、あれは」

「じゃあもっとか…もっとしなければ駄目か…」

「な、何するつもりなの」

「見せパン、とか、Yシャツもっと開けて、谷間見せるとか?」

「えぇー…やめときなよ…軽い女って認識で終わるよ」



落とせていれば今頃は隣にこいつではなく剣城が座っていただろうに!



「…夜這い、とか」

「本気でやめてね。不法侵入だから。っていうか家知ってんの?」

「当たり前だろう!どの部屋を使っているかも特定済みだ!」

「…あぁー」



何だその微妙な表情は!もう手遅れです、みたいな!菓子を袋から口に流し込む。かなり、しょっぱい。はぁ。ため息しか出ない。



「…白竜」

「なんだ」

「諦めたら?見込みないよ」




珍しく真剣な声だった。ベンチからすっくと立ち上がる。足に力を入れて地面を踏みしめ振り向いた。シュウ、と声を張り上げる。




「私は、諦めが悪いんだ」



幼なじみは微笑んだ。愛の籠もった微笑み。



「そんなこと、ずっと前から知ってる」




すまんな。お前の愛を踏みにじって。私はお前が思っているよりもずっと醜くてどうしようもない女だ。











「好きだ。結婚をしてほしい」

「嫌だ。色々すっ飛ばすな」

「じゃあ何を…。…まさかセック」

「それ以上言ったら二度とお前と口を利かない」



いつにも増して求愛行動が過剰だ。…何かあったのかこれは。俺は現在学校の中をぐるぐる回っている。全部後ろの奴の所為だ。
話さなかったら話さなかったで五月蝿いし、俺の精神は焼け焦げそうだ。




「べ、別に嫌じゃないぞ…私は剣城になら」

「断る」

「、」

「俺はお前とそういうこともしないし、付き合わないし、結婚もしない。これ以上俺に付きまとうな。目障りだ」




遂に言った。俺の本心を。様子を窺うため振り向くと、こいつはちょっと眉間に皺を寄せていただけだった。堪えている様子はない。寧ろ呆れているようだった。



「何故だ、何故そんなに頑ななんだ。私では駄目なのか?他に好きな奴でもいるのか?」

「…いない」

「ならば」

「それでもノー、だ」

「…それならこちらも正直に言わせてもらおうか。私はお前の近くにいられるだけで幸せなんだ。特にどうだとか、考えていない。」

「…、な」

「私はお前に嫌われていると自覚している。仕方ないことだ。だから私は」



近づいてくる。誰もいない廊下。逃げられない。逃げられない。
柔らかい胸が、体に当たった。女の匂いがする。



「その分私が、骨の髄までお前を愛する」





キスを、された。誰もいない閉ざされた空間。旧校舎にいつの間にか迷い込んでいた事実に舌打ちをした。


大きく開いた胸元。ふくよかな肉の集まり。欲を帯びた紅い目。完成されたプロポーションを存分に使ってくる。どうしようもなく、ああ、ふりほどきたいのに。やはり無力だ。



「好き、好きだ剣城。」

「うる、さい」

「そんな言葉がどうでもいいくらいには愛している」

「離れろ…!」

「やっと捕まえたのに逃がすと?ないな」



両手で頬を挟まれ、また熱烈にキスをされた。軽くない方。屈辱としか言いようがない。酷い仕打ちだ。




ベルトに手を掛けられてはっとする。馬鹿な。何をしようとしている。





「結婚が嫌だと言ったな」

「それが、どうした…」

「子供が出来たら、それはどうしようもないな。仕方ないことだ。」




何を馬鹿なことを考えているんだこいつは!もがいてももがいても離れない。
穏やかに微笑む悪魔に、鳥肌が立った。


逃げられない。



「これで、ずっと一緒だ」













不幸なのは、多分お前。

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