「アタシ、ゲルテナの絵は正直そんなに好きじゃないわ」
暗い、暗い、海の絵の底。ギャリーは淡々と、けれど少しの愛を帯びた話し方をした。歩く度、ギャリーの足音が美術館に響く。
「けれど、絵って好きだから惹きつけられるものじゃないのよ。一瞬、ほんの一瞬でも、恐怖、戸惑い、慈愛、儚さ、息苦しさを感じたとき。その感情を呼び起こした絵が真の芸術品なの。彫刻品も一緒」
私はギャリーの言っていることがよくわからなくて、首を捻る。ギャリーは私を見てちょっとばかり可笑しそうに笑った。
「ごめんなさい、イヴには少し難しい話だったかもしれないわね」
「うん。…でも好きだから、芸術品ってわけじゃないんだよね?」
「そう。イヴは賢い子ね」
ギャリーの笑顔はとても安心する。私の頭に乗るギャリーの手はとっても温かくて、太陽みたいだった。
「ゲルテナは才能があるわ。これだけ人々に様々な感情を渦巻かせているんだもの。でも動く絵はもうイヤよ、こりごり」
ひらひらとギャリーが手を振る。私よりギャリーの方が怖がりだものね。そう言ったら、ギャリーはおいていくわよって口を尖らせるから私は慌ててギャリーに抱きつく。
「冗談に決まってるじゃない。イヴを独りになんてしないわ」
「……。」
「絶対、ここを出ましょうね。約束」
ギャリーの日だまりのような微笑みに、父と母の顔を思い出し泣きそうになった。繋いだ小指と小指を二度と離したくなかった。
イヴとギャリー(Ib)