何一つ良いことなど無かった。終わりさえも見えず、妹をこの手で救うことも出来ず、何が手元に残ったと言うのだろう。それは確かな絶望感とにじりよる死だけだったように思う。白黒に縁取られた僕の知らない世界には、僕と正反対の彼が生きていて。矢張り終わりなど見えない世界だった。けれど絶望的ではなかった。
白竜はとても気高く、まだ幼い割には大人っぽかったように見える。しかし一皮剥げば喋るのは特定の人間のことばかり。基本的には彼は子供なのだ。死の淵を見たことも挫折したことも生きる希望を無くしたことも誰かを失う恐怖を味わったことも、ない。全て無い。反吐が出る。自分の境遇、僕の何も知らないこの世界のすべてが。
「…いたいよ、白竜。力抜いて」
「はっ、は…、」
獣のように声を荒げたまま白竜は何一つ僕の言うことに反応を示さない。浮き出た背骨がしなる。まさか死んでから随分と年下の男を抱くことになろうとは。世の中本当に奇妙なものである。
「あっ、うぐぅ…、」
「ああ、ごめんね白竜…泣かせるつもりはなかったのに」
泣きじゃくる白竜の顔を両手で包み込もうとしたのに、白竜は手で自分の顔を庇う。何故だかそのとき一瞬だけ僕と遊んでいるさなかの妹と姿が重なって咄嗟に白竜を思い切り抱きしめた。自分の見開いた目がまるで心臓のように熱く鼓動し、痙攣している。白竜の心臓の音が強く、僕の体に伝わってくる。ああ、君は生きているんだ。君は妹ではないんだ。息を呑み込んだ。叫び出したくなった。終わりのない悲しみと苦しみの輪廻を誰かに断ち切ってほしかった。
終わりが、みたかった。ただそれだけだ。
白竜は、僕の奇行に動じることもなく優しく抱擁を返してくれた。
「…シュウの体は冷たいな」
「白竜はあったかいね」
「今とても熱いからな」
「…暑いの?」
「熱い。溶けそうだ」
いっそ解け合えたらね。溶けて、解けて、何もわからなくなるほどに、今も昔も未来もなくなれば僕は行き着くことが出来るのに。
「白竜、未曽有って知ってる?」
「?…さあ、初めて聞いたな」
「今僕はその状況にいたりするんだ」
未曽有の大恋愛ってやつだ。
僕はもう一度白竜の体を抱き締めて、瞳を重くかたく閉じた。妹の体とは、全く違った。
情事中のえろさの欠片もなくて笑いました