吐溜 | ナノ



無駄に長いです。ファンタジー色が強すぎて表に置くのを諦めました…。












ガコオォォォ。
狭い道幅を物ともせず通学路として使う女子高生。階段を駆け上がるも寸でのところで間に合わず電車に乗り遅れるサラリーマン。四畳半のぼろアパートの一室を一糸纏わぬ姿で彷徨いている背中にタトゥーを入れた女。
ガコオォォォ。
無駄に精巧に造られた大橋を風が吹き抜けていく。その音に耳を澄ます。本日は晴天なり。
ガコオォォォ。

荒れ果てた都会で、混沌を収束に向かわせる宝を見付けねばならぬ。世界を終わらせてはならぬ。
ハイライトをまとった群青が空一面に広がっている。似つかわしくない。嗚呼似つかわしくない。




「貴方を探しに来た」






顔に風が吹き付ける。大橋を飛び下りた。眼下には大量の車が行き交っている。その蟻の軍隊のような空間に、飛び込む。
ガコオォォォ、ガコオォォォ。





















ぎゃんぎゃん、と猫の威嚇のような怒鳴り声。見ると女が消火器を塀の壁に向かって振り回している。真っ昼間だというのに何をしているのか。古い建物が並ぶひっそりとした町の一角の安いアパートの庭。女は唸り声をあげながら隣の家の塀に飛びかかり、消火器を振り下ろした。しかしあまりの衝撃に消火器は吹っ飛び、女は腕を抱えてうずくまったまま動かなくなった。
騒ぎを聞きつけた寝起きの若い女達が窓を開ける。不自然な金髪をがしがしとかきむしりながら女達はしらっと消火器の女を見た。




「何なの?またリカ?」

「最近チョコのやりすぎでラリっちゃってんだもんよ」

「どうでもいいけど夜から仕事なんだから寝かせてほしーっつの」





ここでもないのか、と落胆しながら場を移動しようとした。が、アパートの二階の一室から出てきた男の姿が、僕の足を止めた。



「…またか」



男が心底怠そうに呟いた。真っ白い髪が日の光に当たり輝く。
一階まで下りてきた男が、うずくまる男に話しかける。



「剣城はいないと何度言ったらわかるんだ」

「えー?それ剣城くんの女なのー?白竜はやく片してよ」

「違う、剣城のストーカーの女だ」

「どっちにしろ白竜の役目じゃない」

「…はー」



白竜と呼ばれた男がため息をつく。僕はその男を見つめたまま一歩も動けずにいた。周りの空間が固まるほどに、その男を凝視していた。視線に気づいた男が僕を不審者を見るかのような目で見た。




「何か用か」

「…見つけた」

「は?」

「ずっと探していた。君を。」

「…俺を?」

「うん」

「…変な奴だな。俺は法に触れるようなことはしていないぞ。ムショに連れて行くならこっちだ」



男がずい、と女の襟首を掴み差し出すが、僕は笑って首を振る。


「僕は犬のおまわりさんじゃないよ。」



男は僕をしげしげと眺めていたが、不意に女を担ぎ上げた男が顎をくい、と前方に差した。ついて来いということなのだろう。…別に男を此処で“殺して”しまってもよいのだが、あの女達に騒がれるのはまずい。
二階に上がるともう女達はいなくて、静かなアパートに戻っていた。立て付けの悪いドアを開き男がずかずかと部屋に入ってゆく。狭い空間だ。五畳くらいだろうか。

部屋の奥の方に女を投げ、背を壁に付けて座った。僕も続いて中に入る。



「見たところアッチ側でもソッチ側でもなさそうだ。お前は何者だ?」

「答えられない。…君の名前を教えてほしいんだけど」

「そっちから先に名乗るのが礼儀なんじゃないのか」


男が挑発するように顎を上げる。白く透き通った睫毛の下の赤い水晶が怪しく煌めいた。




「…僕はシュウ。さっきも言ったけど貴方…ううん、君を探していた。」

「白竜だ。…何だかよくわからないが急用そうだな」

「そんなに急ぐことでもないよ。ただ、君を見たら心が高ぶってしまったんだ…。」

「ブッ」



白竜が噴き出す。僕は何かおかしなことを言っただろうか?首を傾げていると白竜が微妙な表情で僕を見つめた。


「…ハッテン場にでも行ったらどうだ?」

「ハッテン場?でも君はここにいるから、違うところに行っても意味ないよね?」

「ハッテン場を知らないのか?…ほんとお前は何なんだ」

「だから、君を…」

「ストーカーか…?」

「ストーカーじゃない」

「ストーカーは知ってるのか」

「でも君に会えたからもういいよ。目的は達成したようなもんだ」

「…よくわからない」

「いいよ、よくわからなくて。どうせ君は忘れてしまうから」

「…忘れる?」



水晶が疑問を称える。うーん、喋りすぎたかな。まあいいか。




「ちょっとの間ここにいてもいいかな」

「駄目に決まってるだろ」

「えー!お願いお願い!ちょっとでいいから!」

「…あーあーあー勝手にしろ!だが命の保証はしないぞ?いいな?」



ぎっと睨み付ける白竜が何だか人間くさくて笑ってしまった。余計機嫌を悪くさせてしまったようだけど別に構わない。君は貴方じゃない。
錆びかかった自転車の通る音。青天の霹靂。




「いいよ、僕のことを殺せる人間なんて居やしないんだから。」




白竜が目を見開いた。綺麗な水晶体。同じ物だ。同じ物なのに違う。
僕を殺すことが出来るのは貴方だけだ。


じりじりと蒸し暑い、梅雨明けの太陽。
季節は初夏を告げていた。


















タイミングを見計らって一刻も早く白竜の首を締め上げたかったのだが、如何せんぼろアパートなので音がよく響く。多分事を荒立てず、というのは無理だ。白竜は隙のなさそうな男だし、刃物を使ったら多分逃げられてしまう。またこのがらくただらけの都会の中を探すのは骨が折れる。出来ればしたくない。
陽は傾き、夜が訪れようとしていた。




「暇だねー」

「俺は暇じゃない」

「何で?何もしてないじゃない」

「お前とこの女を見張ってるだろう!!俺の部屋に得体の知れない物体が二つも存在してるんだぞ!?」

「はーすみません」

「謝る気ないだろ貴様ァーー!!」




五月蝿いなーカルシウム足りてないのかな。もうすぐ完全な闇がくる。僕にとっては嬉しいんだけれど、この世界ががたついてしまうから好ましい展開ではない。



「…はやいところ殺さなきゃ…」

「…何か言ったか?」

「ううん、何でもない。そういえば白竜は」


ドコから来たの。と言おうとした瞬間、勢い良くドアが開いた。轟音に勢い良くつんのめって顔を床にぶつけた。




「おい白竜、お前のとこに…」

「バカ剣城どこ行ってたんだよくわからんものが迷い込んできたぞ!!」

「あー、それ。それを回収しに来た」



早口でまくし立てる白竜にあくまでもマイペースに返す男。男が女を指差した。白竜が僕を見て頭に疑問符を浮かべる。僕をこの男の仲間だと思ったのだろうか。
窓に映る闇と同化したスーツ。一目で真っ当な世界を生きていないとわかる。金色の目が素早く僕を捉えた。



「………お前は?」

「おにーさんこそダレ」



白竜がぎくりとした表情をする。バカお前空気を読めよと言わんばかりの剣幕。男がゆっくりと目を細める。
外から先程の女達の声が聞こえ、お、と思い横を向くとカチン、と無機質な音が聞こえた。
続いて銃声。体が、衝撃に痙攣した。




「!?…いっ…たい…」

「っ、な」


男が驚きに声を上げる。僕はそれどころじゃないんだけど。



「鼓膜やぶれるかと思ったじゃない…撃つときはさ、前もって言ってよ。」

「…白竜、お前何自分ちに化け物連れ込んでんだ…」

「まさか、本当だとは思わなかった…そんな、」

「耳ふさぎたいからさ、これでも体にはダメージあるんだよね」




額にめり込んだ銃弾をぐりぐりとつまみ出す。剣城と呼ばれた男がもう一度銃を構えたのを合図に、黒い姿態に飛びかかった。殺すつもりはない。ただ僕を殺すことは無駄なのだということを伝えたかった。
なのに剣城の前に白竜が立ちふさがって、僕の視界を覆った。




「…お前が不死身だというのはわかった。…でも剣城を殺すのはやめてくれ…」



必死な白竜の顔が、何だかとても嫌になった。君がそんなカオしたって、人間くさくて、人間くさいだけで、…。
ため息をついて頭を掻きながら体を離す。別に不死身なわけじゃないんだけどなあ。





「殺さないよ、始めから殺すつもりなんてなかった」

「え?」

「…わかったでしょ?僕を殺せる人間なんていないんだ」




白竜の後ろで悔しそうに歯軋りをする剣城を一瞥して僕はまた床に座った。銃弾を白竜の顔に叩きつける。




「っだ!」

「傑作だったよ、さっきの君」

「何の話だ!」

「ふふ、」




人間の生活は楽しいんだね。嬉しいけれど、寂しい。
嫌だなあ、この世界に慣れちゃって。馴れ合いをしていて。



「つるき、だっけ?僕はシュウ」

「剣城、だ」


むすっとしたまま僕と顔を合わせてくれない。…僕は割と君が好きなんだけどな。



「そう、よろしくね剣城」

「ふん、俺はお前みたいな化け物と宜しくしたくない」

「えー…」

「だがお前みたいな化け物を敵に回したくないのも事実だ」





剣城が女を抱えて部屋を出て行こうとしたが、白竜が剣城、と声をかける。部屋の蛍光灯がじじじ、と不穏な音を出していた。




「その女をどうするんだ」

「…こいつは、売上金に手出した上にソレでクスリ買ったんだよ。」

「バラすのか」

「さあな、俺の役目じゃない。知りたくもない。」




女の首には刺青がびっしりと密集していた。
何故あんなことをするのだろう。痛くないのかな。人間なりの覚悟なのだろうか。それとも証なのだろうか。それとも、思い出なのだろうか。
人が二人四角い空間からいなくなり、静寂が訪れる。





「…シュウ、お前はいったい何なんだ?人間じゃないとか言わないだろうな」

「君には言えない」

「銃で撃たれてぴんぴんしている人なんて聞いたことがない。ましてや頭に撃たれて生きているなんて」

「そうかもね。僕も聞いたことない」

「…お前の、本当の目的は何だ。俺に会って何をしたかった」






今、殺るべきだと脳が瞬時に体に命令を下す。のにも関わらず体は動かなかった。心が拒否をしていた。
今ここには僕と白竜しかいないんだぞ。違う人間がいたとしても僕の顔は見られていないのだ。絶好機ではないか。
なのに、何故だろうか。立ち上がれない。




「…………。」



自分の両手を見た。握ったり、開いたりしてみる。じじじ、と光が僅かにぶれる。この蛍光灯変えた方がいいと思うなあ。




「もう少し、いいかな」

「何がだ!俺の質問に答えろ!」

「…君が楽しそうに暮らしてるコンクリートシティがさ、どんなもんか見てやろうじゃない?」

「コンクリートシティ…?」

「硬くて、固められ型にはめ込まれたような要塞さ」



ちゃぶ台に乗っている銃弾を手にとり、ぴん、と指で蛍光灯に向かって弾いた。ぼとりと打ち落とされた蛾が僕の足の先で動かなくなってゆく。
闇が始まる。




「ごめんね白竜、何も言えないんだ」





夜空がどんよりとした動きをしていた。夜が更けてゆく。明かりの消えた部屋はなんとも滑稽で、ここに人がいるのだなと思った。

終わらせなきゃいけない。でも、僕は選択をした。どう転んでゆくのか。僕はまだ知らない。



蛾を握り潰す。手の中には何もない。壁に寄りかかり腕を組んで安らかに寝息を立てている白竜。
可愛いな、なんて。思ってしまったが最後。





「死神だなんてよく言ったものだ」










貴方を連れ戻さねばならぬ。片付けなければならぬ。





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テーマ「人外ファンタジー」
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