吐溜 | ナノ






雪村、と名前を呼ぶと素直に寄ってくる。なんと可愛いのだろう。先輩、と嬉しそうに身じろぐ。抱きしめた体はまだまだ幼い。鋭く突き刺さる背徳感から逃げ出したくなる。けれど歳の差や同性愛なんてことはとっくの昔に割り切った。割り切れないのは雪村の重たい、全て。

例えば、少しでも僕から香水のにおいがしたとき。すごい香りですね、と僕が理由を話すまで口を噤んでいる。悔しそうなところは可愛いが、何回も続くと段々と心が折れてくる。同時に抱きついてきた女に嫌悪感を覚える。
例えば、僕があまり雪村を構えなかったとき。雪村は忍耐強くなったから二週間や三週間は会えなくても我慢してくれる。けれど一ヶ月以上会えないと次会うときがちょっと怖い。いきなり泣いたり、そっぽを向いたり、拗ねたり、でもばつの悪そうな顔をしたり。まるで百面相だ。勿論可愛いことは可愛いんだけど、機嫌を直すまで一時間はかかる。
真面目だからこんな自分は嫌だと気づいてはいるみたいだ。けれど空回りして、どうしようもなくて、気難しい態度をとってしまう。僕はもう大人だから許容してあげられるけど、同年代の子と一緒にいるのは苦痛なんじゃないだろうか。自分を変えることは本当に難しい。



「先輩は、モテるんでしょうね」

「過去形だよ。そんなこと言ったら雪村だって。たくさんチョコもらってそう」

「…そういうの、煩わしくて全部断ってました。俺は、なんか…自分がしたいんですよ。されても嬉しくないっていうか。」

「じゃあチョコくれるんだね!楽しみにしてる!」

「えっなんでそうなって…」

「手作り希望!」

「はい!?俺調理実習以外で料理なんてしたことないです!」

「普通そうだよ」

「調理実習でも皿洗い係でしたよ!?」

「わかってないなあ雪村は」



笑いながら頭を撫でるとむぅ、と頬を膨らます。やっぱりまだ子供だなぁ。



「どんなに不味くても、好きな人のなら欲しいって思うんだよ」

「どんなに不味くてもってフォローになってません」

「いいの!欲しいの!」

「…あーわかりましたわかりました!時間みつけて努力します!不格好でも笑わないでくださいね!」



後ろを向いた雪村が複雑そうな表情をしていて、雪村の愛は本当に重いと感じた。嬉しそうで。それでまた、不安そうで。これで僕をつなぎ止めておけるだろうか。これで違う人のところへいかないだろうか。

こんなに好きなのに、雪村は不安しか感じない。こんなに愛しているのに、雪村は疑問しか抱かない。






何故かバレンタインデー仕様




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