近+登(銀)




 たまにはスマイル以外で一人飲むのも良いだろうとやって来たけれど纏う空気が以前から部下達に聞く話と違っていて、一瞬入るまいか迷った。が、もうここ以外に店はないし自分は客であるわけで。電光の看板も暖簾も掛かっているので問題無いはずだと自分を納得させる。妙な静けさを感じるのは気のせいだ。そんな数分を磨りガラスの前で過ごし暖簾をくぐり現在に至る。
 珍しい客だねと自分を見遣る女性には悪いが、それはこちらの台詞にしたい。珍しいものを見た。
「何にするんだい」
 お登勢にまぁ掛けなと促されカウンター席に着く。注文は発泡酒とつまみには壷焼きを頼んだ。今日は週末でもない為彼女の他に従業員はいないらしく、静かなものだった。
 促された先がこの席だったのは配慮だったのか、物珍しさに目を見開く近藤へのほんの優しさか。隣に突っ伏している銀髪が気になって仕方がない近藤にお登勢は笑いながらつまみを先に出す。普段そうそうお目にかかれない光景に何とも妙な罪悪感と興味が沸くのは、近藤という男の性格上仕方がないものだ。見かける度に気怠く開かれている瞳は瞼の中にしまわれていて、髪よりいくらか濃い色の睫は意外に長かった。真っ白い中に埋め込まれた瞳の強い色にばかり気が向くせいであまり目立たないのだろう。耳も頬も赤らんでいないところを見ると酔って寝たのではなさそうだ。今更ながら二人の空間を邪魔してしまったのではないかと申し訳なく思う。
「お登勢さんも飲まないか」
「おや、奢ってくれるのかい?」
「あんまり高いのは持ち合わせがなくて悪いんだが」
「そうかい。じゃあそうしようかね」
 申し訳なさと居た堪れなさから言えば意外とあっさり受けてくれた。ほっとする近藤にありがとうよと笑うと、迷わず一本のボトルを出してくる。丁寧な動作で開封し、深い緑色の瓶から注がれた中身は綺麗な薄紅色で、梅酒ほどのとろみがある。ジョッキと一緒に小さめのグラスに注がれて並ぶ色合いは可愛らしい春色だ。一杯はお登勢からのサービスだと回され、ああだからグラスとコップなのかと思う。せっかくの好意なので先に手を伸ばす。甘い香りはしつこくなく自然なものだ。一口めですぐに分かった。うまい。銘はなんというものだろう。これくらいの強さであれば苦手な部下にも薦められそうだ。尋ねるためお登勢を振り向く。やはり邪魔をしたなと思った。
 煙草を銜えながらの突っ伏した銀髪を撫でる仕種はあまりにも自然で愛おしそうに感じられ、心なしか楽しそうにも見えた。乱雑だが乱暴ではないゆっくりと髪の束を梳かす指先に、甘えるように癖のあるそれらが絡む。しまったと慌てて視線をつまみに戻した近藤に気付き、お登勢はおかしそうに眉を歪ませた。
「なんて顔してんだいあんた。別に見られて恥ずかしいもんじゃないよ」
「いやいや、俺が恥ずかしいってゆーか、申し訳ねぇってゆーか」
 どもる近藤にお登勢は目元のしわを深くする。面白いもんが見られて良かったじゃないかと紫煙をゆっくり吐きながら発泡酒の二杯目を差し出した。近藤にしてみれば良かったのか判断が難しいことではあるが、一先ず小さなグラスを空にして、うまい酒だなと素直に述べればそりゃ良かったと喜ばれ。それ以来これといった会話はなくなった。
 ジョッキも三杯目にかかり空にしようと手を掛けて、そういえば今は何時だろうかと時計を見れば夜更けも大分過ぎた頃だった。全く知らないままに呑んでいたがこの店の閉店は何時だろうか。さっきのこと(近藤が勝手に意識しているだけなのだが)が無くともあまり長居するのは悪いなと思う。頓所の部下も連絡こそないものの心配しているのではないか。
「あぁもうこんな時間かい。ちょっと暖簾を下ろしてこようかね、あんたまだゆっくりしていきなよ」
「いいのか?」
「あんた一人なら構いやしなしないさ。それに」
 ここにも一人居座ってる奴もいることだ。短くなった煙草を灰皿に押し付け、カウンターから出ていくついでに全く動く気配がない銀髪を軽く叩いて行った。ガラリと開けられた入口からもここに来た時分の喧騒は鳴りを潜めたように聞こえない。下ろした暖簾を抱えて奥へ消えた姿を見送り改めてジョッキを持ち上げた。壷焼きも残り一つだ。
「手ぇ出すなよ」
 不意に聞こえたのはずっとカウンターに突っ伏している銀髪の声だったが、ここに来てからやっと聞いたその声音は少し低くて不機嫌そうだった。起きたのかと声を掛けるが無反応に終わる。本当に寝ているのか狸寝入りか。シカトの可能性は大いにあったが今回は多めに見てやることにした。眠っているのなら丁度良い。試しに銀髪に手を伸ばす。このくせっ毛はとても柔らかそうだと、実は常日頃顔を合わせる度に思っていたのだ。綿毛みたいに揺れる様なんかはまるで小動物に見える。叶うならムツゴロウさんの如くわしゃわしゃしたい。本当にあと少しといったところにお登勢が戻ってきた。まるで漫画みたいなタイミングだなと呟いた近藤の顔には、本人が思う以上に残念さが滲み出ている。見かねたお登勢にそのうち銀髪の方から触らせてくれるようになるさと真実を告げるように返されたので、微かにだけ期待をよせてみようと思った。彼女が来る前、ついさっき酒もつまみも腹に収めたばかりだが、ほろ酔い気分では機嫌も良くなるものだ。
「長居しちまった、すまねぇなお登勢さん。邪魔した」
「こっちこそ奢ってもらって悪かったね、気をつけて帰んなよ」
次は銀時に奢らせるからね、また来な。と背中を叩かれたけれど、普段の彼を見る限りそんな日が来るとは思えない。苦笑いのまま会計を済ませ礼を言う。銀髪はとうとう起きなかったが、その分意外な収穫があった気がする。
 誰かに言いたいが我慢しなければ。決意して帰路についた。
「銀時にも可愛いげなんてのがあったんだな」
 顎に手を添え考え込む振りをする。しみじみ感じたことを舌に乗せれば納得するのは『銀時は天邪鬼である』そんな結論に対してだ。今夜のやり取りでもしやと思い、去り際に確信を得た。あの男も素直じゃない。近藤の口角は楽しげに上がるばかりである。
 というのも。店を出る直前、一瞬振り返った近藤の視線の先に、自分が奢った一杯が銀時の手に包まれている姿があったからだった。
 たまには一人で飲みに来ても良いかもしれない。意図せず足取りが軽くなる。







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