ムー+(スナ)



 それはふとした疑問だった。
 毎日が同じ時間を緩やかに繰り返しているようでも、やはり流れゆくそれは流れゆくままである。目には見えない、触れられもしない、においもなければ味もない。ただ流れ過ぎていくものと確かに認識されている。それが『時間』。
 そんな不思議なものが、四季を通して穏やかなこの谷にも流れているのだと思うと、ムーミンは嬉しくてたまらなくなった。そして、そんな『時間』を彷彿とさせる存在を瞼を閉じた裏に浮かべる。定かではないものなのに、時に曖昧な、時に確かな真実と残酷さを持つ時間とは、あまりにも彼に似ている気がした。
 寝そべりながら広げていた読みかけの本を閉じると、枕元の蝋燭を吹き消した。微かに焦げ臭い糸が伸びて空気にとけた。
 明日中には読み終えて、パパに新しい本を借りよう。敬愛するパパは、ムーミンの知らない世界やこれから知るべき知識を沢山持っていて、それを読むほど湧き出る泉のように興味が溢れて尽きない。いつかパパと同じ世界を見るために冒険に出たいと思うことも、今のムーミンが抱く夢の一つだった。
 沢山の興味を与えてくれる本たちには、必ずといって良いほど『時間』の単語について感想が述べられている。著者によって様々に。その中の一例が、まどろみたい頭の中をぐるぐる回って落ち着かない。竜巻になって色々な想像や空想なんかを巻き込んで、どんどん大きくなりながら乱暴にまぜこぜにしていく。落ち着かなさに拍車をかけて余計に意識が冴える。
 蝋燭を消しても小窓からは月明かりが注がれて、部屋の真ん中は白く明るい。
 不意に光が揺らいだので身を起こして外を眺めると、谷の空のずうっと上、遮るものが何もない月の下を、飛行鬼が相棒の黒豹にまたがり走っていくのが見えた。そういえば、彼はルビーの王様を求めて長い長い時を過ごしてきたのだった。いつか家にやって来た時に、幸せと実感しているあなた方には信じられないほど寂しく孤独な時間だったと言っていた。
 ムーミンは眠れない目を擦りながら黒い彼らを見送る。ちらりと視線を感じた気がしたが、ほんの一瞬だったので怖くはなかった。
 揺れるマントに夜の海が見えた。
 また探しに行ったのだと思った。
 いつか本当にルビーの王様を見つけられたならそれは飛行鬼にとって素晴らしい時間になるのだろう。そしてまた流れゆくうちに、思い出として大きな流れに浮かぶボトルになって小さなコルクを開けるたびに詰められた写真をみるように鮮明に思い出せるのだろう、とも。
 こんなふうに考え耽るなんて僕らしくないな、とため息を落とすとムーミンは再びシーツに潜り込んだ。
 明日の朝になれば、繰り返している日々と変わらない時間がやってくる。毎日毎朝、必ず訪れるそれはまだ世界を知らない小さなトロールにはたまらなく幸せな時間で、『時間』に似ている彼が与えてくれる幸せなのだと思うと頬がゆるんで手足がむずむずする。
 古いハーモニカの柔らかな音色を運ぶ彼はとても賢くて、いつでもムーミンの真実へ導いてくれる。時に曖昧に、時に確かな言葉を。そして冬になれば孤独を求めて旅立ってしまうという事実と、共に行きたいムーミンを置き去りにする揺るがない残酷さを持っているのだ。
 指折り数えながら彼と『時間』の共通点を上げていくと、折り返しても足りない数になっていた。少しだけ悪い点が多いと分かり何とも言えないモヤモヤした黒いものがお腹に溜まっている。余計に眠れなくなってしまった。
 もしこのまま朝を迎えてしまったら、せっかくの幸せを台なしにしてしまうかもしれない。きっとしてしまう。
 もう夜中だけれど、ママを起こしてミルクを温めてもらおうか。ほわほわと温かい中に少しの砂糖とママが手作りしたとても美味しいジャムを溶かして飲めば、黒いものもとろり溶かされてぐっすり眠れるはずだ。
 そして迎えた朝に、早起きな彼と同じ時間に橋へ行って今夜考えた事を話そう。
 「君はなんて酷いんだろう、時間なんかと似ているなんて」と。
 賢い彼は一瞬驚いて、瞬きをしてから少し考えて笑って言うだろう。
 「ムーミン、君こそなんて酷い奴だ。僕を時間なんかと似ているだなんて」と。
 後に続けざまムーミンの望む真実へ続く言葉を紡いで。肌身離さず持ち歩く大切なハーモニカを撫でながら、楽しそうに笑って。
「スナフキンなら大丈夫さ」
 ぽつりと呟いて、シーツを頭から被ったまま部屋を出た。

 『時間』に似ている彼は、何と言ってくれるだろうか。





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