耳元で囁いて
(嗚呼ーーー)
あなたはやはり私を忘れてしまったんですね。
私が手にした記憶の代償に消えたものはとても尊く、そして愛おしく、
忘れたくないと涙した貴女をこの手で抱き寄せることは叶わない。
……願う声は届かなかった。
だから私は神などというものは信じないんですよ。
窓の外では粉雪がしんしんと音も立てずに降っている。
東北地方や雪深い地域だったかと見紛うほど昨日は天気が荒れ猛吹雪だったーーー打って変わり今日はとても穏やかだ。
この数日の間これでもかというほど降り続けていた。
外は真っ白だ。
私はそれをどこか他人ごとのように思いながらマグカップに浮かんだコーヒーとミルクのマーブル模様をジッと見つめる。
『もう一年も終わりか…』
来年の春、私は高校を卒業する。
ここで一人暮らしするようになって2年だ。
2年という時を私はさらさら流れる落ちる砂時計のような感覚で過ごしてきた。
窓の外で静かに舞う雪とその様がどこか似ているように感じられてふと外に出たくなった私はコートを羽織りマフラーを巻いて手袋と傘を手に長靴でマンションを出たーーー雪が降りだしてから家に引きこもっていたから数日ぶりだ。
灰色の空を見上げて白い息を吐く。
何もかもが真っ白に覆われた白銀の世界に心を奪われる。
美しいと思う、でもあまりの白さにそれが却って恐ろしいとさえ感じられる。
『……寒っ』
1度ブルッと身を震わせるとマフラーに首を竦めて傘を広げた。
誰の足跡も無い綺麗な雪の上をゆっくり進む。
幾分か歩いて振り返った先には自分の足跡しか残っていないーーーそれも暫くすればまた真っさらになるんだろう。
こんな雪の中だ、どこに行きたいという目的があるわけじゃない。
いくら大都会で珍しい大雪とはいえ出歩くような強者は今のところ自分だけのようだ。
近くに割と大きな公園がある、そこをぐるりと回ったら帰ろう。
寒さに鼻をスンと鳴らして公園へと向かった。