耳元で囁いて

『…やっぱり靴下は履かないんですね』



父親の服で出来るだけ厚手のものを用意して、下は乾燥機で乾かした自前のジーンズを履いて貰う。

マフラーや手袋、ダウンは小さめだけれど私のでなんとかなるだろう。

駄目元で靴下も出しておいたが自分の支度を終えてリビングに戻った私が目にしたのは隅に追いやられた可哀想な靴下だった。

これは何となく予想していたからまぁいいだろう。



『靴を試し履きする時だけでいいですから履いて下さいね』

「……分かりました」



上から下まで眺めておかしい所がないか確認する。

問題ないと判断してよし、と彼の両肩をポンと叩いた。



『私の名前は榊 舞、17歳高校三年です。3月生まれ血液型はB型です。好きなことは食べることと寝ること、嫌いなものはキノコ類、勉強と運動はそれなりに好きでそこそこ得意です。あ、料理も好きです。進路は決まってるので卒業するまで学校には殆ど行くことはありません』

「……17歳、6歳も離れてます。これは犯罪になるんでしょうか」



親指の爪を噛み、やや前のめりになって私を観察しながら大真面目に考えているところを失礼とは思いながら笑いを堪え切れなかった。



『そんな深刻にならなくても大丈夫ですよ、最悪、身分を証明することになっても対処は考えてますから安心して下さい。それに、歳は気にしないで下さい』



私の首元に手を伸ばし閉まりきっていなかったチャックを上まで上げてそう言った。

しゃがみ込み少し丈の長めなジーンズを折りあげている。

女性というものは細やかなところに気がつくものらしい。



「……舞さん」

『はい。なんですか』



マフラーを首に巻いて貰いながら未だかつて経験したことのない緊張の中彼女の名を口にした。

女性の名を、私が仕事ではなく、私個人の意思により呼んだのは初めてだ。

許可なくファーストネームで呼ぶことは馴れ馴れしくはないだろうかと思案したが仮にも彼女は私にここで生活しても良いと申し出てくれていて、わざわざ私のために買い物にも行こうとしてくれているのだから出来る限り気を遣わせることは避け配慮したいと親しみを込めて口にしたことだった。

案の定、彼女は驚いた様子を見せたがーーー私を見上げて目を丸くしたーーー直ぐに笑顔で応えてくれた。

その顔は私を安心させようとしてくれているようでもあり、また私の行いを素直に喜んでいるようにも窺えた。



『L、と呼んでも?』

「はい。お願いします。あと出来れば普通に喋って下さい」

『でも、』

「私が気になるんです。貴方もそのほうが楽でしょう?それに私の喋り方は昔から誰に対しても同じなので」

『じゃあ、そうしま…』



す、と口にしかけて舞さんは口を閉じた。



「次やったらお仕置きですね」

『それは…いやかも』



真顔で言われると冗談に聞こえないから怖い。



『じゃあ、行こうかL』

「はい」



1番近くにある大型のショッピングセンターまで行くことにした。

あいにく車は無いので電車になるがこんな雪だし客足も少なくていい感じに空いているはずだ。

Lは長靴を履いてザクザクと踏みしめる雪の感触を楽しみながら歩いてるように見えた。

電車では視線を集め居心地の悪い思いをさせてしまったかもと思ったがーーー彼がかなりの猫背で驚くぐらい濃い隈ががあるからだーーー当人は気にもとめず扉に張り付いて外の景色を見つめていた。

食い入るようにしていた彼の手を引いて一つ目の駅で降りると駅前のロータリーから出ている送迎バスに乗り込んだ。



『着きましたよ』

「大きいですね」



先に服を見ましょうと歩き出した舞さんに着いて行く。

1人、また1人とこちらを見て来る人。

私たち2人がすれ違うと大抵の人間が振り返り、視線を投げかけて来るのは間違いなく私ではなく彼女が理由だ。

電車でもバスでもそうだった。



『L?』



私の視線を感じ取ったのだろう、少し後ろを歩いていた私を振り返った。

こうして改めて彼女の姿を見てみると美しいと思う。

少女から大人になり掛けの曖昧さがより魅力を惹き立てているんだろうか。

世間一般常識で捉える美しさとはまた違う、もっと確立したーーー

品があり月のような、いや……白い百合のような清廉さや艶やかさもある。

透き通るようで、若さに輝く美しさもあり、そう、とにかく舞さんは綺麗だ。



「私は女性の外見の美しさというものにはさほど興味や執着は無いんですが、貴女はとてもお美しいと思いますよ」

『……なんなんですか唐突にっ!』



頬に紅を注いで声が大きくなる。

瞬間ハッとして周囲を見回し、それから決まり悪そうに俯いて伏し目になった。

死にたいほど恥ずかしい、そんな表現が合いそうだ。



「すみません、発言する場所が適切ではありませんでした」

『そこ!!?』



いや、確かにこんな公衆の面前で言われるようなことじゃないけど…そうじゃなくて、サラリと本人は言ってのけたけど平然としてる…!

見つめられたまま動かなくなったから声を掛け辛くなってたのに、そんなっ…



『〜〜〜っいいですから早くお店に行きましょう』

「はい」



動揺しているのは自分だけだと悟ったので騒いでもしょうがない。

取り敢えずこの短時間で理解したことがある。

Lは思ったことは直ぐ口にする、内容がどうであれ。

そこに他意や躊躇いや羞恥は存在しない。



『隣を歩いてて下さい!』

「分かりました。舞さん、もしかして怒ってますか?」

『っ、怒ってません。また後ろを歩いてジッと見られてたら気になるからです…』

「そうですか」



女性として彼の褒め言葉はとても嬉しいけど今のでドッと疲れた。



(ところで舞さん、話し方が戻ってますよ?)

(あ!!)


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