自分以外の人間なんて、どんなこと考えてるかなんてわかんねーじゃん。
他の人間が言っている言葉全て本当だって、お前は言えんのかよ?
「残念、もうゲームオーバーだよ」
「なっ…!お前、騙したな…!」
「騙した?」
騙したなんて人聞きの悪い。ちょっと遊んでやっただけだって。
そう言いながら俺はこの美術館に迷い込んじまった男の薔薇を無残にも千切り、たった一枚だけ残った花弁がついた茎を靴で踏みつぶした。男は絶望した顔で自分の愛おしい息子の名前を呼びながら、絶句して床を這いつくばっていた。
そんな俺は、その男の可愛くてしょうがない息子の顔でこう告げる。
「また遊びにおいでよ、今度はもっと面白いことしよーぜ」
俺は、このゲルテナ美術館の一応ちゃんとした作品だ。名前はない。ゲルテナがこんな作品を作れたらと思い魂を込めて『俺』ができた。だけど『俺』はキャンバス上には描かれず、かといって無個性のように銅像というわけではない。そう、文字通り「ゲルテナがこんな作品を作れたらいいな」という妄想物で出来た作品だ。ゲルテナはその妄想にまで魂をこめちまったらしい。
ああ、こんな作品ってどんな作品かって?見りゃわかんだろそんなの、俺は
「ねぇ、また新しい人きたみたい」
「…メアリー。」
この真っ暗な美術館にそぐわない美貌と可憐さを持ち合わせた『メアリー』が俺の元にきてそう囁く。こいつはただゲルテナがいなくなって寂しいって叫んでいるだけのガキで、遊んだってつまんねぇ。癇癪持ちだし。
「ハッ、今度は上手く猫被ってこいよ」
「うるさいなぁ、アンタ名前ないくせに。」
「あ?名前ならあるよ、メアリーだっての」
「?私がメアリーだって…」
「うん、知ってる」
「………………。」
そうからかってやるとメアリーはその作られたツラをこっちに向けてパレットナイフを突きだす。おっとっと俺にはソレは効果ねーけどいきなりやられるとビビるだろ?とか言って、メアリーの行動は全部わかんだけどな、こいつガキだから。
そう俺は、出会った人間の一番大切な人の姿をインプットして自分の姿にする。まぁ分かりやすくいえば鏡みたいな能力をもった作品だ。
だけどその能力には少し条件がある。それは、
俺が、嘘しか言ってはいけないことだ。
「他人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもんだ、俺はその言葉通り嘘を言って皆が絶望した顔を見て俺は生きている。皮肉だぜ、ゲルテナ。こんなゲス野郎な作品作りたかっただなんてお前もそうとうキてる野郎だったんだな。今頃あの世で嘲笑ってんだろ?笑いたきゃ笑え。
おかげで俺は人も物も騙せないものすらなくなってしまった。もう自分が自分でわかんねーや。だけどもう慣れちまった。どーせ何があったって変わらないんだろ、なぁゲルテナ。
そう思いながらふとメアリーの取り巻きもといマネキン達をじっと見ると、マネキンは静かに口を開いた。と言っても声は俺ら作品達しか聞こえね―けど。
「…ふーん今回は三人来たって?オカマとちっさいガキと……女?」
メアリーが言っていた新しいやつは、紫のワカメみたいな髪型の変なオカマとお嬢様のガキ、あとはどこにでもいそうな普通の若い女らしい。まぁ誰がどうこようとどうせ俺は変わらねぇ。逃げらんねーよ、何もかも。
俺は片手をあげると自分の身体をなぞって、さっきマネキンが言っていた「男」の姿に変える。
「今回はコイツで遊ぶか。」
ニヤリと口角を曲げると、近くで見ていたメアリーが人形を持って後ずさりをした。ハッ、つれねーな。可愛い顔が台無しだぜ?…なんつって、そんな臭い言葉吐くくらいなら自殺したいけどな。まぁ、嘘だけど?
「名前!こんなところにいたの…?もう探したわよ!」
最初はイイ人のような雰囲気を漂わせて、ボロが出たその部分に一気に責め立てる。俺のやり方はそうだ。そして一度信用させるとそれはたやすく他人の心に入りやすい。まぁ一番やりやすいのは男で、女ってのはどうも用心深くてめんどくせぇ。
まぁでもどんな人間でも本能的に子孫を残そうと動く。その中でも外見が整っている人などの魅力的な人にひかれるのは、自分の子孫を後世断たれないようにしているかららしい。つまり所詮人間は動物だ、どんなに優れた人種だって本能には逆らえねぇ。
俺はたまたま外見が整っていたワカメのような頭…『ギャリー』に姿を変えて『名前』の前に出る。知ってるぜ、お前が『ギャリー』を男として見てることくらい。
そして、メアリーの悪戯で『ギャリー』はいなくなっちまったことくらい。ついでに言えば『ギャリー』っていうやつはあんなんでも頼りがいのある男らしく、信用度は高い。うってつけの材料じゃねーか。
「こっちはダメよ、あっちに行きましょう?」
メアリーを燃やし、数々の俺達作品をかわしてイヴとかいうガキを連れて「絵空事の世界」の前で佇む名前に優しく声をかけながら少し顔を近づけてやれば、自分に惚れてる女は驚いた顔で俺を見つめた。ガキはちっせーからそこからじゃ何してんのかわかんねーはずだ。じゃ、軽くキスでもして完全に心を手にいれるとすっか。
そう思いながらゆっくりと顔を近づけていくと、目の前の女は俺の顔を寸前でがしりと掴んで止めたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「………貴方は、誰」
は?
「…誰っていやねぇ、アタシよ?ギャリーで…」
「ギャリーは、嘘はつかない」
何、いってんだこいつ?
「……ちょっとどういう意味かわからないんだけど…」
「そのまんまだよ、貴方はギャリーじゃない、ギャリーは嘘はつかなかった」
名前の拳がふるふる震えて、その手が俺の頬を目がけてふりかかると、大きな音を立ててはじいた。
「貴方は、うそつきだ!」
うそ、つき ?
そんなもんわかってるよ。わかってんだよ、うるせーな!
「お前に何がわかんだよ!俺の何がわかんだよ!!!!」
あ、ヤバい。
思わずカッとなって俺は「嘘」をつくことを忘れ、「本音」を言ってしまった。俺は嘘で構築されているただの妄想物だから本音を言ってしまうとどうなるかだなんて、想像しなくてもわかった。
俺は『ギャリー』に姿を変えたまま、どろりと溶けるように足が消えていく。
「……ハッ、やっとかよ…」
ゲルテナ、お前の妄想はここで終わりだ。今そっちにいくからよ。
俺はそっと目を閉じて静かに意識が消えていくのを待った。だが消えかかっていく俺の身体を掴んで無理矢理引っ張られたので俺は吃驚して目をあけると、名前が今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「嘘をついたまま、消えるだなんて許さない!このまま私の住む世界で反省してもらうんだから!」
名前はそう言って、俺と小さなガキ引っ張って「絵空事の世界」へ飛び込んで行った。
世迷言ラバーズ
夜咄ディセイブ/じん(自然の敵P)
そんな俺の、最後の法螺話。
→返信:四音さま
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20130421:修正