ギャリーに抱きあげられていた私は、失敗作がいる部屋から出た後すぐに下ろしてもらい、そして磁石のように壁によりかかると深い息を吐いた。はぁあなんか色々と疲れた…。そう思っているのは私だけではないようで、近くにいるギャリーも同じように頭を抱えた。


「久々だったからすっかり忘れてたわね…こういう感覚」

「うん…」


平和ボケしてたからなぁ、ってそれが当たり前だったんだけど。ふと横を見ればすやすやと寝息を立てるヘビと、その反対方向を見れば「サボり癖のある時計」という作品。なんていうか本当にここはゲルテナ美術館なんだなぁ、こんな奇妙で微妙に怖くて凄い作品を作る人なんてゲルテナ以外見たことないし。…わかっていたはずなんだけどな。

持っていた薔薇をぎゅっとつかむとそれに反応するかのように、イヴちゃんが「大丈夫?」と声をかけてくれた。曖昧に返事をすると捕まえていたチョウチョをイヴちゃんはおもむろに私に差し出しそっと手を開いた。


「これ、暖かいから…持ってると安心するよ」

「そっかありがと…ってわっ!」


案の定というか、やっぱりというか。
イヴちゃんの手という名の拘束から逃れられた蝶はそのままひらりと逃げ出していき、まるで誘導しているかのようにひらひらと道を進み飛んでいった。驚いて慌てて追いかけると蝶はある絵の前ですっと立ち止まり、そして吸い込まれるかのように絵の中へと入っていった。え、絵の中に入ることも出来るんだ…。


「…『キャンバスの中の光源』って…そういうことだったのね」

「すごいねなんか…」

「!これ外せるみたい…」


がたん、と音を立てて外すイヴちゃんは本当に逞しいと思いました。うん。私なんかこの絵自体の仕組みが凄すぎて見入っていたのにイヴちゃんはもう次のことを考えていただなんて…しっかりしてるわこの子!お姉さん嬉しい!
偉い偉い、と言いながら頭を撫でるとイヴちゃんが誇らしげに絵を持ったのでさらに可愛くて髪の毛がぐしゃぐしゃになるくらいまで撫でまわしちゃったけど。


「何してんのよスイ…。まぁでもいいわ、この絵できっとあの暗かった部屋を照らすこと出来ると思うのアタシ」

「うん…使ってみよ」

「あ、待ってギャリー!イヴちゃん!あの…そろそろメアリーちゃんと合流しない?ほら、いつまでも一人にさせちゃ可哀想だし…」


呆れながらもギャリーはそう提案をし、早速私たちを誘導しようとしたけれど私がそれを止めた。だってさっきからメアリーちゃん置いてけぼりでちょっと心配になってきたし…さっきの『失敗作』が襲ったりでもしたら…こんなとこだし何があるかわからないし。
そう思って提案するも、ギャリーは困ったようにうーんと唸った。


「…でもあの子、火を嫌がるのよね。料理番組とかで映る火とかにも凄い怖がってたのよ…」

「………」


そっか、メアリーちゃん絵だったから…。ならこのロウソク、絵とはいえ一応火があるしテレビとかで映る火も無理ならこれも無理だよね…。


「は、早くこのロウソクを使っちゃえば大丈夫よ!すぐにメアリーと合流出来るはずよ!」

「そうだよスイ、そんなに落ち込まないで…!」

「イヴちゃん、ギャリー…」


二人が慌てたように私を慰めてくれる。ああっそ、そんなに落ち込んでるように見えたかな…?確かにショックだけど。でも変にメアリーちゃんと合流してまた怖がらせるのも可哀想だし…ここは割り切るしかないよね。
気合いを入れるためにぱん、と頬を叩き二人に向き合ってお礼を言うと、「行こう!」と言ってロウソクの絵を持ったまま廊下をずんずんと進んだ。

「スイ…?本当に大丈夫?」

「うん、メアリーちゃんの為にも早く場所から出よう!」


ごめんね、待っててメアリーちゃん。
すぐに助けて出してみせるから。












「…うー暗いわね…足元だけしか照らせないみたいだし…」

「しっかりつかまっててね、イヴちゃん」

「うん…」



暗い部屋の中。一番背の高いギャリーにロウソクの絵を渡し、そして掲げるがやっぱり足元しか見えずしょうがないので三人で固まって歩くもまた再びダンボールが敷き詰められているらしく思うように動けない。仕方ないのでギャリーを先頭にして一列に歩くことにして、私ははぐれたら危ないのでイヴちゃんの手をぎゅっと握り、ギャリーの後ろをついて歩いていった。


この暗がりの中ふと私が思ったことは、ギャリーの背中が予想以上に広かったことだった。少しだけ見える輪郭は、思ったよりも広くちょっとだけ逞しく、意外にも骨ばっていて男らしく見えた。
だからなのか本当に少し、少しだけ触ってみたくなってそっと手を伸ばそうとしたら、


「ギャ――――ッ!」

「っ!?うっわぁあぅっ!?」


がしゃん!と何か物音が落ちる音が聞こえたと思えばギャリーがすぐに声をあげ後ろへと下がってきた。私もびっくりして同じように声をあげるとイヴちゃんをぎゅっと抱きしめた。


「ってばかああ、なっなんか割れただけじゃん!ギャリーの声にびっくりしたよ!」

「ご、ごめんなさいねアタシ、驚くとつい叫んじゃって…ってイヴは本当にあんまり驚かないのね」


ちらりと何か白い陶器のような破片が見えたので、思わずそう言うとギャリーは困ったように言った。あああもう、私いま何しようとしてたんだ!?ばかばかイヴちゃんもいるのに!これがアレかな、吊り橋効果ってやつかな。まだ未遂で良かったけど私ってばなんてことをっ…!
恥ずかしくなりながらもそう思い、気を紛らわそうとふと横を見ると、暗がりながらもうっすらとダンボール以外に見えるものが浮き出てきた。あれは…キャンバス?


「…!数字が書いてある!」

「わ、」


イヴちゃんの手を離してキャンバスの方へ向かうと、本当にうっすらだけど色のついた絵の具で数字が大きく書かれていた。これは何かのヒントになるのかも!あのゲルテナ展の「うそつき達の部屋」みたいな謎解きかな?…まぁともかく覚えておくしかないよね。私は二人にこのことを報告しようとして後ろを振り向いたが、



「え…?」



明かりとともに、二人がいなくなっていた。










色の目隠し




(二人とも、どこ…?)













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暗い部屋怖かった…

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