「いっいや!むり!無理なの!」
「メアリーちゃん…」
「虫だけはどうしても嫌…!!」
廊下を抜けた後、『見世物の血』がある絵あたりでメアリーちゃんはシロアリを見るなりそう叫んだ。その後その声にびっくりして二人が後をおっかけて来たらしく、二人とも後ろの方で不安そうにメアリーちゃんを見た。
「…そういえばアンタ、テレビに映る虫とかも嫌がってたわよね」
「ギャリー!シロアリ潰してよおっ」
ひしっと私にしがみつきながら叫ぶメアリーちゃん。ううっメアリーちゃんには悪いけどちょっと可愛いなんて思っちゃった、だって虫嫌いだなんて女の子らしすぎてもう、…もうメアリーちゃん可愛い!ちなみに私もどっちかって言うと苦手だけど、アリくらいならなんとか…。羽がついてて茶色の触角がついたアレとかは流石に無理だけど。
私は焦るメアリーちゃんに向き合ってしゃがむと、ぎゅっと抱きしめた。
「よしよし、大丈夫だからメアリーちゃん」
「スイ…」
そのまま頭を撫でると、メアリーちゃんがぎゅっと胸に飛び込んできた。その小さな肩が本当に震えているのがわかったので優しく声をかけると震えた声で名前を呼ばれた。本当に苦手なんだなぁ…こんなんじゃ先に進めないかもしれない。
このシロアリさんなんか困ってるみたいだし、前に美術館で出会った黒い方のアリさんみたいにきっと助けなきゃいけないんだろうな。でもメアリーちゃんがこんなんじゃ…
「メアリーちゃん、どうしても無理そう?」
「うん…!」
「ならさっきの紅茶の絵が飾ってる所でちょっと待ってて?」
「え?」
あそこには虫を連想させるようなものは(多分)なかったはずだし、一人にさせるのはちょっと不安だけどこうやって怖がらせているよりはマシなはず。すぐにシロアリさんを助けて戻ってこれば問題ないよね…?
私がそう提案すると二人はすかさず不安そうに顔をしかめたが、メアリーちゃんが二人に必死にお願いしたのでメアリーちゃんは一人であの紅茶の絵がある部屋にいることになった。
「何かあったら絶対に叫ぶんだよ、メアリーちゃん」
「うん」
「薔薇、誰にも渡しちゃだめよ」
「…うん」
「メアリー、絶対にここから離れちゃだめだよ」
「…皆心配しすぎだってば!だいじょーぶだよもうっ!それに私…ほら」
そっとメアリーちゃんの服のポケットから出てきたのは私たちがよく知っているもの、そうパレットナイフがあった。
「持ってきた覚えないけど入ってたの…まぁ何かあったらこれで何とかするから、ね?」
それはそれで怖いけど、でもまぁしょうがないよね。
私たちはメアリーに再三注意を言って、そしてその後廊下を後にした。私が最後に廊下を出ようとしたけど、つい気になって後ろを振り返るとメアリーちゃんはにこっと笑って「待ってるから!」と言って手を振ってくれた。
それが、最後にみたメアリーちゃんの姿だった。
「わっ、何かしらこれ…蝶…?」
「なんか暖かいね…って逃げちゃった」
シロアリさんを無事巣に返したあと(ちなみにアリの巣の絵は、ギャリーと紅茶の話をしてた時にイヴちゃんが回収したらしい)真っ暗な部屋に言ってギャリーがライターを出したのだがつかず、しょうがないので隣の部屋にいくと「コレクション」と書かれた部屋にきた。ヘビの尻尾にギャリーと二人で驚いたり、壁から出てくる針に驚いたりしたけど、なんとか部屋の奥まで来ると壁に針で打ちつけられている蝶がいたので、針を抜くとひらひらとどこか飛んでいってしまった。くそう、あんな怖い思いさせられたのに!羽が凄く綺麗な蝶だから許すけど。
「…まったく、相変わらず大変ねここは!」
「でもさっきのちょうちょは綺麗じゃなかった?羽が火みたいで…」
「『捕らわれの炎』って書いてあったわね、アレも作品なのかしら…だとしたら勝手に針抜いてよかったかしら?」
「でも可哀想だし…ってあ、」
三人で来た道を戻っていくとさっきのちょうちょがひらひらと部屋中を羽ばたいていた。…あ、そういえばこの蝶、炎ってことは…さっき真っ暗だった部屋で役に立つかもしれない!
「ギャリー、イヴちゃん!捕まえよう!」
「え?」
って言っても虫かごなんてないけど。
だけど二人とも私が考えていることがわかったのか何も言わずにチョウチョを追いかけていった。
だけどなっかなか捕まらない。コレクション部屋だからなのか狭いし無造作に置かれているダンボールに躓いたりとなかなか大変だった。そもそもこんな気まぐれに飛んでる蝶を捕まえるなんて小さい頃でもしたことなかったのに…!しかも素手で!っていうかどうでもいいけどこれ火傷とかしないかな?
そう思いながらも追いかけていたらチョウチョの方からひらひらと私の元に来て、指先でそっと羽を休めた。
「え?うそ…」
「なによこいつもう…散々追っかけさせて!アタシをあんまり走らせないでちょうだい!」
「え?なん…」
で、と言いかけてギャリーの方へと顔を向けた瞬間。ギャリーの後ろにある『失敗作』という題名の絵の、手先がぴくりと動いたかと思うとそれはギャリーの背中目がけて額縁超えて襲いかかろうとしていた。
「ギャリー!危ない!」
「わっ」
せっかく捕まえたチョウチョも手放して私はギャリーに飛び込む。思いっきりギャリーの身体を押して壁にぶつかると、それと同時にがしゃん!という音が鳴り響いて顔がぐしゃぐしゃにかかれた『失敗作』が絵から飛び出てきた。失敗作でも動くんかい!
だけどその作品は顔が塗りつぶされているからなのか、私たちのほうにくる気配もなくただぐるぐるとその場を徘徊しているだけだった。…あの絵画の女の人達みたいに足も速い感じじゃないし…まだちょっと良かったかもしれないけど吃驚した…!
「大丈夫ギャリー?!薔薇は?」
「えっええ大丈夫よ…」
はぁ、と安堵の息を私が漏らすとその音で反応したのか、今までふらふらと徘徊していた『失敗作』が確実にこちらの方へと歩を進めていた。驚いて後ろを振り向くもすぐそこまで失敗作が迫っていたため身動きが出来ずただじっとしていると、ギャリーが険しい顔で失敗作の回りに散らばった額縁のガラスを掴んだ。
「この…っ!」
「ひゃ!?」
頭をぐっと抑えつけられたかと思うとギャリーが何かを投げつけ、そしてその後すぐに私を抱き上げて外へと向かい始めた。
「ちょ、ギャリー!?」
「いいからまずは逃げるわよ、イヴ!ここを出るわよ!」
さっき逃げた蝶を捕まえたのか、胸の前で両手で大切そうに何かを抱えているイヴちゃんが走ってくるのが見えたけれど今はそれどころじゃなかった。
ギャリーの鼓動と息使いが妙に近くて、ふと顔を見やると真剣な顔で走ってるから、また必死に閉じ込めていた熱が上がりそうになった。
黄色の慟哭
(………あの、ギャリー下ろしてくれない?)
(え、…あっああ!ご、ごめんなさいねつい…)
(う、うん…)
(…スイもギャリーもまた顔赤いよ?)
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あのチョウチョ捕まえるの大変だった…
0403 修正