なんてこった、この年になってから迷子とか笑えない。

とにかくこんな暗い中でウロつくのは流石に危険だと感じた私は、薄ぼんやり見える数字が入ったキャンバスの、数字部分を無理矢理引き千切って持ったあと、さっき不自然に割れた陶器を手探りで集め、まるで『ヘンゼルとグレーテル』の童話のように道しるべとして進みながら床に落としていった。
暗やみの中でもこの陶器の輝きは若干見えるから、きっと大丈夫。私は慎重に割れた陶器を落としながら少しずつ、少しずつ進む。

「…ギャリー!イヴちゃん!」


呼んでも二人は反応しない。さっきまで一緒だったはずなのに、いつの間にか消えてるなんておかしい。万が一二人が一瞬にして移動したとしても、部屋の中にはいるはずなのに聞こえないなんて。こんなに静かなのに…おかしい。
二人が何かに巻き込まれているかもしれないと思ったら暗やみが怖いなんて言っていられなかった。確かに私の手はがたがた震えているし、今襲われでもしたら確実に私はゲームオーバーになるだろう。だけど、私はこんなところで死ぬわけにはいかないし立ち止まりたくても止まれない。これは、こんなことが起きたのはきっと元「ゲルテナ」だった私の責任でもあるから。


『くくっ、面白い子だね』

「!?だれ!」


暗やみの中で誰かの笑い声が聞こえる。思わず身構えてみるが何も見えないのでただなにも出来ず、神経を研ぎ澄ますだけ。すると丁度私の立っている場所の頭上から何かが垂れた。


「…液体?」

『くく、液体だねぇ』

「………貴方は誰、どこにいるの」

『上だよ、スイ』



どうして私の名前を。
そう思いながら誘われるかのように恐る恐る上を見ると、そこには。
暗くてよく見えないが、何か…黒いような、明るいような色がだらりと垂れ、目はにやりと笑い口は不気味に三日月形になっていて、頭しかない大きな顔が私を上から見下ろしていた。
そして、そのちょっと下。額縁と絵の題名が書かれたプレートらしきものが見えて、暗くて見えづらいはずなのにその部分だけ鮮明に見える。そこに書かれていたのは


「『恨みの正体』っ……!?」


おもわずぞっとして持っていた陶器を投げ、闇雲に走った。さっきから足元にあたるダンボールらしきものに突っ掛かりながらもただひたすら、前だけ向いて。
なんかアレはやばい、よくわからないけどヤバイような気がする。そう思いながら走っていると目の前にドアノブらしきものがあったので勢いよくそれを掴み、開けるとごん、という鈍い音が聞こえた。


「ブッ!」

「あっ?!」


その鈍い音がした先を見ると、暫くぶりに見た紫色のウェーブがかかった髪があった。…あ、あれギャリー!?じゃあさっきのごんって言う音は…もしかしてギャリーがぶつかった音?


「ギャリー、大丈夫!?」

「その声はスイね…痛いじゃないのよ!」

「わ、わざとじゃないんだって」

「スイ…大丈夫だった?」

「イヴちゃん!」


未だギャリーがおでこを押さえながら蹲っているのを尻目に、イヴちゃんの姿を見かけると私はすぐに声をかけた。イヴちゃんは私に何か言おうとして顔をあげて、そして目を見開いて固まった。


「……スイ…それ…」

「え?」


「顔に、血が……」



真っ青な顔のイヴちゃんが、震えながら私を見る。私は急いで顔を適当に服で拭くと確かに袖口に赤い液体がついた。あのとき、上から降ってきたものは赤い液体だったのか。でもこれは血っていうより、匂いからして絵の具だよね。…タチ悪いなあ。
だけど血、と聞いたギャリーは慌てて起き上がると私の両肩を掴んでじっと覗き、そしてぺたぺたと頬を触り始めた。


「ふぎゃっ!?ギャリーなにしてんの!?」

「怪我、ないようね…」

「聞いてよ!」


はぁ、と息を漏らすが私はそれどころではない。いきなりそこそこのイケメンに真剣な表情で顔を触られた私の気持ちを察してくれ。心臓が口から出ると思ったわ!
なんとなくギャリーの顔をまともに見れず、目線を逸らすとギャリーは凄く柔らかい笑みで私の頬を指でなぞり、優しく声をかけてくれた。


「良かった、もう…心配させないでよね」

「…ごめん、なさい」

「まぁいいわ、さっメアリーを迎えに行きましょ?」

「え、あの暖かい蝶は…」

「なんかよくわかんないけど、さっき飛んで行ったわ」


ギャリーが優しく笑って私に背を向けると、そう言って廊下を進み始めた。はぁ、ギャリーは心臓に悪い人間だなと思う。自分の顔ちゃんと知っているのかな、それとも確信犯とか?だったらその背中にとび蹴りしてやろうか、なんて。
あーもう!なんで私こんなにもギャリー相手にどきどきしてんのかな、相手はあのギャリーだよ!?もうちょっとしっかりするんだ私!
私は自分の気持ちを振り払うかのように頭を振ると、イヴちゃんの手を引いて急いでギャリーの後をついていった。











「メアリーちゃん、待たせてごめ…ってあれ?」



あの廊下に行くと、メアリーちゃんの姿はなかった。何事もなかったかのように紅茶のいい香りだけが漂って、それが逆に不安をあおった。
ここで待っててって言ったのに。どこ行ったの?まさか襲われただなんてないよね?


「…ギャリー、スイ、これ…」

「!」


イヴちゃんが廊下のすみっこに座り込んでいたのでギャリーと二人で駆け寄ると、イヴちゃんが持っていたのは、メアリーちゃんのパレットナイフだった。



「……メアリーちゃん…」


ずっと、大切そうに持っていたパレットナイフを落とすなんてよっぽどのことがあったに違いない。だけど探そうにも手がかりがないし、下手に二手に分かれるとまたさっきのことが起きてしまうかもしれない。何も出来ない状態に歯がゆくなり、目をぎゅっと瞑るとさっきの『恨みの正体』が、嘲笑ったような気がして思わず目をあけると、そこには。



暖かい蝶を捕まえる時にいた、『失敗作』がすぐそばまで来ていた。









わらえ、まぼろし

(くくっ、)













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