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声はなく

オプティマス・プライムの目の前には、小柄な女性―――ルエトが立っていた。ディエゴガルシア基地の整備士の一員だ。
誰もが信頼する整備の腕を持ち、普段、整備の仕事をしていないときはいつもにこやかに微笑んでいる彼女の表情は、いつになく冷えていた。
何事だろうか。オプティマスは膝を折り、体をかがめてルエトと視線を合わせる。いつものことだ。だが、違うのは、ルエトはいつものように笑っていないということだった。
見れば、彼女は手を、爪で肉を抉らんばかりに握りしめている。一体何が起こったのだろうか。オプティマスが問いかける前に、ルエトが、何処までも静かに声を上げた。

「貴方の事が好きです」

好き、というのは。地球の言語では、好意を持っているということだ。特に男女間では―――自分は機械生命体ではあるが、パーソナルは男性だ―――この言葉は、「恋人になってほしい」という意味の好意を示している。
それならば。機械のこの身体を、地球人と異なるこの姿を、それでもいいと言ってくれるのならば。それは、私も同じことを思っている。そう告げようとした口は、ルエトの腕に阻まれた。

「私のことが本当に嫌いになって、顔も見たくなくなったら、そのとき教えてください」

衝撃的な告白であった。言った本人―――ルエトは非常に真面目にこの発言をしており、この告白の受け手であるオプティマス・プライムは青いカメラアイをカシャリと何度か鳴らすしかなかった。

「……それは、どう受け取ればいいのだろうか?」
「なんとも思わなくていいんです。でも、私は貴方のことが好きだから、度々貴方の視界の範囲内に入って貴方の姿を見ます。それが耐え難くなったら、教えてくれれば。そうしたら、やめます」

呆然としているオプティマスを置き去りに、ルエトは足早に立ち去った。
置き去りにされたオプティマスは、言葉もなく、ただ去り行く彼女を見つめることしかできない。
足音も遠く、高性能なオプティマスの聴覚センサーですら捉えられなくなった頃、彼は彼女と視線を合わせるために膝まづいていた二本の足で立ち上がる。
倉庫のハッチから見える空は、ルエトの瞳のように青く、清々しく。だからこそ、それがオプティマスの胸にある炉心をちくりと刺した。

嫌いになることなんて、ないというのに。
彼女の姿を認めるたびに、スパークの内側に、戦いの日々では感じたことのない柔らかな光が差し込むというのに。
この機械で出来た掌の上に、彼女が座ってくれたなら。私の冷たい頬にその指で触れてくれたなら。その体の温かさを知りたいと、こんなにも切望しているというのに。
彼女に、その想いを伝えることさえ出来ないというのか。
彼女を嫌いになることなんて、きっと、何千年経っても無いだろう。いつか彼女が冷たい土の中で眠ったとしても、私は彼女の笑顔をずっと記憶し続ける。メモリーから、それが消えることはない。
だから。オプティマスは瞼を閉じる。
君を嫌いだと言わなければ、君はずっと私だけを見ていてくれるのだろうか。君が老いて、いつの日か骨になるまで、私だけを、その瞳で見つめてくれるのだろうか。
それはきっと、なによりも幸福で……満ち足りた数十年間になることだろう。
ならば私は、君が求めなかった言葉を伝えはしない。ただ、安らかなる眠りが君に訪れるその日まで君を見つめ、君が空へと解き放たれた後、ただ君の墓標を守ることを許してくれ。
残酷な恋の告白を受けたどこまでも生真面目な機械生命体は、ただ、それだけを祈る。

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