地球の裏側で土下座したって足りない
「最っ低!!ザップなんて大嫌い、この最低男!」
ぱちんと、軽い音が事務所に響き渡った。
事の発端はこうだ。
ルエトは、今日も甘いケーキを頬張っていた。事務所の近くに開店した新しいパティスリーのショーケースに並べられたケーキたちは、ルエトのお眼鏡にかなったらしい。
開店して以来、毎日のように今日はこれ、明日はこれとケーキを買っては事務所で幸せそうに頬張る彼女。その時間が何よりも幸せだとでも言うように、ルエトは甘いクリームを口に運んでいた。
そして今日も甘ったるそうなチョコレートケーキを口に入れようとしていた彼女に、ザップは「いい加減にしとけよ、オメー最近丸くなったんじゃねェの?」と、言ってはならない一言を吐いてしまったのだ。
「……何、それ。ザップにそんなこと、言われたくないんだけど」
「アァ、ンだと……」
凄むような声でルエトを睨みつけようとすると、バチリとザップの目の前で電撃が飛んだ。これは、こいつが力を使う前兆だ。頭に血が上った状態じゃぁ何を言われるか分かったものではない。ザップは喉からでかけていた言葉をなんとか押し込める。
「あ、いや、いいんじゃねぇの?ほら、おめーもうちょい胸回りに肉ついてもいいだろ。ほら、飴も食うか?」
ルエトが持っていたプラスチックのフォークが、べきりと嫌な音を立てて折れた。
「へぇ、私の胸が、貧しいって、ザップは、そう、言いたいわけ?」
折れたフォークの柄を持って肩を震わせるルエトは、ゆっくりと呪詛を吐くように呟く。
「いや、違ェっての!そう言うんじゃ」
「どこが違うの!?私には、『お前は貧乳だ』って言ってるようにしか聞こえない!!」
「そりゃもう少しくらいは増えてもいいだろ。けど、お前のサイズにもそれなりに需要っつーモンが」
「はぁ!!?最っ低!!ザップなんて大っ嫌い、この最低男!!」
ばちんとザップの左頬に全身全霊の平手打ちを食らわせると、ルエトはそのまま踵を返して走り去った。
頬に真っ赤な手形を残したザップは、ただ呆然としながらルエトが事務所を出て行くのを眺めているしかない。
事務所の応接スペースには食べかけのケーキと構成員へのお土産が入った箱、そして顔を真赤に腫らしたザップだけが取り残された。
「……何だよ、アイツ……」
「あんたが悪いよ、糞猿」
呟いた瞬間、頭に馴染みのある負荷がかかった。
「……ンだよ、雌犬」
「ホントに馬鹿だね……デリカシーってものをジャングルの奥地にでも置いてきたの?」
「はァ!?」
「早く謝ったほうがいいんじゃない?あの子、思いつめたら何でもするし。ついでに、今日の裏通りの生還率、30%切ってるから」
「それを早く言えっての、犬女ァ!!」
チェインがザップの頭から飛び上がると同時に、ザップはドアへ向かって駆け出した。
あンのトロい女が、生還率30%切ってる道で生きて帰れるワケがねぇ。痺れる思考は、ルエトを追うことが最優先事項であると告げている。兎に角走って、走って、今にも異界生物に絡まれそうになっているルエトを連れて高飛びしてから、謝るかどうかを考えてやるよ!
20151208
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