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恋をする権利はある

誰にでも恋をする権利はある。それがかなうかどうかはまた別問題と言うだけで。
そして、己の恋のために願掛けをする権利もある。短い青春のうち1年間をこの恋に費やした俺にだって、その権利は十分にあるはずだ。俺は携帯の画面を眺めて、小さくため息をついた。

きっかけは、くだらねぇ噂話だった。教室でうつらうつらと眠りの世界に導かれようとしていた時に、教室の隅からクラスメイトの女子たちが話す声が聞こえてきたのだ。内容はなんてことのない、片思いを成就させるためのおまじないという子供じみたものだ。いつもの俺だったら鼻で笑い飛ばしてそれっきりだったが、今回は違った。
何故なら、その女子たちの一団の中に、俺の――ああ、ルエトがいて、その話に「私もやってみようかな」と笑ったから、だ。

「つってもよ、これ、効くのか……?」

下書きに残したメールを読み返し、俺は机に突っ伏して目を閉じた。
メールのタイトルに片思いの相手の名前、本文に俺の名前、それから相手の名前。新月の夜にこれを書き、満月の夜になったらまた同じ内容のものを書き、古い下書きは捨てる。そして新月になったらまた同じものを書き……と、新月と満月の夜ごとに繰り返すだけ。これを誰にも知られることなく続ければ、思い人は必ず振り向いてくれる……どう考えてもありえない、くだらないおまじないだ。けれど、今の俺は何にだって縋りたかった。特に、今――卒業を来月に控えた、今だからこそ。
今日は満月だ。これがきっと最後の願掛けになる。月が昇ったのを確認してから、ルエトの机に触れながらメールを書こう、そう決めて教室に残っていたのだが、今日に限って月が昇るのが遅い。ふわぁ、と大きなあくびまで出てくる勢いだ。

「って、何してんのギルちゃん」

背中からひょいとフランシスが顔を出し、俺は思わず携帯を落としかけた。生徒会の仕事が終わって教室に戻ってきたところらしい。だからと言って、もう少し遠くから声をかければよかっただろうが!声を荒げると、フランシスは俺をからかうようににんまりと口元をゆがめた。

「お前、例のおまじないやってるの?」

核心のど真ん中をついた言葉に、おれは思わずよろめいた。お前、エスパーか何かかよ。まさか、見たのか、あれは人に見られたら効果を失う類の奴で、だとしたらもう俺の片思いは実らない―――!!?一瞬でそこまで思考を巡らせて、がくりと肩を落とすと、フランシスはによによと笑いながら俺の正面の席に座った。

「俺、何のおまじないかなんて一言も言ってないけど」
「はぁ!?お前、カマかけたのかよ!」
「まあね。っていうかあれか?待ち受けを想い人の写真にするってやつ?それとも自分あてに呪文を書いたメールを送るってやつ?」
「そんなにバリエーションあんのかよ」
「女の子はそういうの大好きだからね。まあ、どれも他人に知られたら効果がないってやつだけど」
「わかったお前それ以上喋るな、マジで効果がなくなっちまう」

フランシスから隠すように携帯を背中に回すと、フランシスは露骨につまらなそうな顔をして椅子の背もたれに顎をついた。

「っていうかギルちゃんがおまじないとか笑えるんだけど。お前そういうキャラじゃないでしょ」
「うるせぇな。藁にもすがる思いなんだよ」
「ギルちゃんがそこまで言うようになるとはねぇ。っていうか相手はルエトちゃんだろ?当たって砕けてみたら?」
「砕けたくねぇからこんなことやってんだよ」
「でもなーなんにもせんと会えなくなるよりはええんちゃう?」

また突然背後から聞こえた声に肩を震わせる間もなく、背中に回していた手から携帯がするりと抜き取られた。

「おい、アントーニョ!何してんだよお前!」
「えー、6限サボって図書館で寝てたらこの時間になっとってから荷物取りに来たらおもろい話してたからこっそり絡んだ?」
「そうじゃねーよ、ってか携帯返せっての!」
「はいはい、返すわ」

頭上に落とされた携帯をなんとか掴み取り、誰にも取られないようにスクールバッグにつめこんで膝の上に抱える。こいつもこいつで面白がってやがる、ふざけんなお前ら。
不機嫌を隠さずに眉根を寄せると、フランシスが俺の頬を指でつつき始めた。やめろよお前。つついてくる手を払うと、フランシスは口の端を吊り上げて話し始めた。

「お前、勘違いしてない?」
「はぁ?何をだよ」
「お前がやってるの、相手の名前をメールに書いて下書き保存しとくってやつじゃない?」
「それ以上言うのやめろ、効果無くなるだろ」
「だから、そんなの最初からないんだって。あれはさぁ、メール誤爆で話のきっかけ作るためのおまじないなんだからさ」
「……はぁ?」
「だから、メールを誤爆すれば不思議に思ったルエトちゃんから返事が来るだろ?それに良い感じの返信をすれば返事が来て、メールが続くだろ?それでまあ上手くやれば付き合うきっかけになるかもって程度のやつなんだよ」
「……まじかよ」
「へーそうなん?知らんかったわぁ」
「まあそもそもアントーニョが知ってるとも思ってないけどさ」

どこから出したのか呑気にトマトを齧り始めるアントーニョとフランシスを前に、俺は愕然と肩を落とした。なんだよ、おまじないってのはそんなもんなのか?アーサーやルーがやっているような不可思議な力が働くのだとばかり思っていたのに、そんな都合のいいことはないらしい。思わず鞄からスマホを取り出すと、タイミングを見計らったように携帯が震えはじめた。――ルエト、からだ。震える手で携帯を操作すると、届いていたのは画面にはタイトルに「ギルベルトさんへ」とだけ書かれた本文なしのメールだった。

「……わかった?こういうこと。ついでに外を見てごらん」

さっきまでのにやにやという笑いをすっかり打消して静かに微笑んだフランシスが指差す先、窓の外を見ると、真っ暗になった空には大きく丸い月が浮かんでいた。

「は、嘘だろ、これ」
「メールしてみたらええんとちゃう?ルエトちゃんから『さっきのは間違いやで』ってメールが来る前になぁ」
「ルエトはスペイン語なんて喋らねぇよ、てか、あー、もう!!分かったよ!俺がそんなまだるっこしいことするか!」

俺は机を叩いて立ち上がると、まだ震える指先でアドレス帳を開き、ルエトの番号までカーソルを動かす。
メールが来てからまだ数分と経っていない。ルエトが「間違いメールだ」なんて言い出す前に、早く、早く。やっとの思いで発信ボタンに触れると、画面がルエトの名前と番号を大きく映し出した。

「――もしもし、ギルベルトくん?」
「ああ、俺だ。今メール来たけど、お前、あれ」
「ご、ごめん!間違いメールなの!気にしないで、消して!ごめんね、じゃあまた明日ね!」
「待て、俺の話を聞けよ、切るな!」

焦ったように声を荒げ話を終わらせようとするルエトを引き留めようと必死で声をかけると、ルエトが息をのむ音がスピーカー越しに聞こえた。

「なあルエト、俺も多分同じことやってたって言ったら笑うか?」
「え、同じって、どういうこと」
「だから、俺はお前の名前がタイトルのメールを書いては消してってやってたんだよ。お前もそうなんだろうが。」

横から「さすがに傲慢な言い方とちゃうー?」という気のない声が聞こえてくるが、そんなことは今はどうでもいい。
ただ俺は、ルエトの声が続きを紡ぐのを待っている。

「あの、私――」
「頼む、勘違いか、そうじゃないかだけ答えてくれねぇか」
「――私も、ギルベルトくんあてのメール、書いてた……」
「っ、まじかよ……ルエト、今どこにいるんだよ」
「え、今……えっと、家にいる、けど……」
「すぐに行くから、玄関とか……その、俺がわかるとこにいろよ!?今すぐに行くぜ!」
「ちょっと、ギルベルトくん――!?」

ルエトの声を無視して電話を切り、俺は携帯を握りしめて鞄を掴む。

「いってらっしゃい、ギル。経過はあとで報告すること」
「親分にもあとで報告してやー。頑張ってな」

ゆるやかに手を振る悪友の声を背に、俺は教室を飛び出した。向かうのはもちろんルエトの家だ。頼むルエト、待っててくれ、それで顔を合わせた瞬間に、俺から言わせてくれ。1年ちょっとの片思い期間を経た俺には、告白する権利だってあるはずだ。
俺は持ち得る権利を総動員して、今からお前に言いたいことを全部言いに行く。だから、待っててくれ。俺の1年分を、そしてこれからの分も全部伝えるから、お前もどうか俺に教えてくれ。


20151016


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