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俺と彼女の3日間、2日目・朝



東側の部屋に陣取ったおかげか、やけに早く目が覚めた。キラキラと輝く太陽が窓から柔らかい光を投げ入れてくる。いつものベッドと違う寝心地の寝台から這い出て時計を見ると、時刻は7時ちょっと前だった。この時間じゃ、まだルエトも起きてないだろ。俺は服と髪を軽く整え、いつも通りの朝の手入れをしてから部屋を出た。廊下、そして1階には人の気配は無く、まだルエトが活動開始していないことは容易にわかった。

「……スペインって朝飯、軽くていいんだっけ?」

記憶の片隅に詰め込んでおいた、夜を徹して行った飲み会のあとにルエトとアントーニョが軽く用意してくれた甘いコーヒーとクロワッサン。あんなもんでいいんだよな、うん。そういや昨日バゲット買ってきたし、あれに軽く冷蔵庫にあるものを乗せればいいの、かな。
あまりにもアテにならない記憶を探り探り、ケトルに火を入れ、お湯が沸くまでの間にバゲットを適当に切り分け、冷蔵庫の中に乱雑に詰められていたチーズとトマトジャムを引っ張り出す。オリーブオイルも食卓に並べれば、朝食の完成だ。時計をちらりと確認すれば、時刻は7時を大きく回っていた。さて、そろそろお姫様を起こさなければと、俺は階段をゆっくり上った。
ルエトが使っている、可愛いネームプレートがかかったドアの前に立つと、中からガタガタと寝起きの活動音にしては激しいような音が聞こえてくる。え、なに?ネズミでも出た?それにしては悲鳴一つも聞こえない。

「ルエト、起きてるの?」

ノックしながら声をかけると、中からくぐもった声で「待って!開けないで!」とルエトの小さな叫びが聞こえた。え、何。何さ。

「どうした、なんか出たの?大丈夫か?」
「大丈夫!平気だから、すぐ行くから!」

ガシャガシャとプラスチックが擦れる音と、何かを落とす音の合間に、ルエトが「先に食べてて!」と声を上げる。
そーね、ルエトも女の子だもん、朝の支度には時間がかかるよなぁ。やっと察した俺は、「待ってるよ」とだけ言い残して一人階段を下りた。
まだ温かいパンはそのままに、俺は数年前に持ち込んで置きっぱなしにしていた俺専用のカップにコーヒーを淹れ、砂糖とミルクを注ぐ。本当はカプチーノにでもしたかったのだが、アントーニョの家にミルクフォーマーなんてものはない。持ってくりゃよかった。
ぼんやりとテレビをつければ、朝から元気なニュースキャスターが今日の天気を読み上げているところだった。今日は全国的に晴れ、北部では時々曇り。陽気に各地方の天気を読む綺麗なお姉さんキャスターの声をBGMにカップに口をつけていると、2階からとんとんと足音が聞こえ始めた。

「おはよ、マドモアゼル」
「おはよう、兄さん」

階段から下りてきたルエトは、艶やかで綺麗な髪をゆるやかに流し、ムラなく日焼けした小麦色の肌に良く似合うワンピースにジャケットを羽織っていて、昨日のスポーティーな服とはまた違う印象を纏っていた。

「コーヒーに砂糖はいくつ?」
「1個!」
「はい、お姫様」

ブラウンシュガーひとつをコーヒーに沈めて差し出すと、ルエトはそれを受け取ってゆっくりと口をつけた。口をやけどしないかと一瞬ぞっとしたが、彼女はそんなそぶりもなく甘いコーヒーを飲んでいる。
バゲットを乗せた皿も彼女の方に寄せてやると、ルエトはリスのようにそれをかじりはじめた。

「ごめんね、ほんとは私が朝ご飯作ろうと思ってたんだけど」
「気にしなくていーの。お前の食事の面倒を見るのもお兄さんの仕事だからね」
「でも……えっと、晩ご飯は絶対私が作るからね?」
「分かった。お兄さんもお手伝いするよ。」

夕食は一緒に作ろうな、と言いながら柔らかい髪を軽く撫でると、ルエトはくすぐったそうに目を閉じる。俺の手から逃れようともせずただ身を預けてくるルエトのグロスで濡れた唇は、キラキラと艶めいていた。
……心臓に、悪い。いや、何が悪いのかわからないけど。心臓に悪いことなんて何一つなかったはずなのだけれど。不意にひときわ大きな音を立てて鳴った心臓に疑問符を浮かべながら、俺は少し温くなったコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「そういえば、今日はお仕事しなくていいの?」
「ん?ああ、ちょうど長期休暇中なの。そうじゃなかったら3日も泊まり込みなんてできないさ。」
「そっか、お休み中だったんだね……じゃあ、じゃあさ、ちょうどいいし今日はバカンスとか、どうかな?」

空になったカップをテーブルに置き、ルエトは思いついたように手をあげて提案してきた。
そう言われれば、最近長期の休暇と言っても国内でうろうろしてばかりだったし、国外に出たとしても行き先は大抵この家かギル、もしくはアーサーの家……たまに足を延ばして日本までいくけれど、スペインの観光は、そういえばここ数十年としていない。スペインに来ても、だいたい空港からここまで直行してばかりだ。

「……うん、そういやそうだ。もう数十年はスペインでバカンスなんてしてない。」
「そうなの?じゃあ観光しない?ほら、美味しいチュロスのお店とか、いろいろ出来たんだよ」
「そうなの?じゃあ、たまには見て回ろうかな。ルエトがガイドしてくれるんでしょう?」
「えっと、ガイドさんみたいにちゃんと説明とかはできないかもしれないけど……」
「冗談だって。初めてのデートじゃない?楽しみだよ」

笑いながら鼻をつついてやると、ルエトはデートと言う言葉に反応したのか頬を一瞬で真っ赤にして、手に持っていたバゲットを取り落したのだった。
あーあ、かわいい。



20150919

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