俺と彼女の3日間、1日目
「明日から出張?そりゃ突然だなぁ」
「んー、だからルエトをロディかベルん家に預けよ思たんやけど、二人とも忙しいらしくてなぁ……どうしよ、流石にルエト一人で留守番させるのはあかんし……」
「え、なんのために俺に相談してるの?」
「お前に預けるくらいやったらギルちゃんかルートに頼むわ」
「ひどい!」
昨日アントーニョとそのようなやり取りをした俺は、アントーニョと入れ替わるようにスペインに降り立った。結局あのやり取りの後、俺はアントーニョを押し切って奴の家に泊まり込みで留守番をすることになったのだ。昼を過ぎ、夕方に近い時間となってもなお高い太陽の下、俺は足取りも軽くアントーニョの家にたどり着き、預かった合鍵で家に滑り込む。ルエトは学校まだ学校にいるのか、家には人の気配がない。アントーニョの家らしくなく、妙に静まり返った家は、なんだか寒々しい。そりゃ、ルエトが一人でここで過ごすには寂しいかもなぁ。昔はベルやラン、ロヴィが一緒に住んでいたこの二人暮らしにも少し広すぎるくらいの家で過ごすのは、たとえ3日間と言っても寂しいだろう。それに、国であるアントーニョと暮らしているルエトの立場上、いつ何が起こるかもわからないしね。
俺はルエトの手によって綺麗に整頓されたキッチンに侵入すると、マドリードのスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に押し込み、時計を確認する。そろそろ授業が終わる時間だな、うん。最近お気に入りのパティスリーで買ってきたプティガトーをテーブルに置き、俺は踊るようにスクールバスの停留所へと向かった。本当は、もうバチジェラト……後期教育課程のルエトにはお迎えなんて必要ないのだけれど、たった3日間でもルエトと二人きりで長い時間を過ごすのは、実は初めてなのだ。だから、一度くらいは俺がやりたいようにあの子を可愛がってもいいんじゃない?邪魔だって入らないことだしね。
浮かれた足取りで家を出て停留所へ向かうと、ちょうどスクールバスが停まり、中から子供たちがぞろぞろと降りてくるところだった。降りてくる子供たちの間から、見慣れた綺麗な髪がゆっくりと動くのを発見し、俺は大きく手を振った。
「おーいルエト!こっちだよ!」
「え、フラン兄さん?どうして……」
「お前のお父様の代わりに、今日から3日間は俺がルエトの父親です。あ、いややっぱお兄さんで。お兄さんでいいからね」
「聞いてない!そんなの聞いてないよ!」
「あちゃー、アントーニョの奴、言わないで行ったな?まあ何にしろ、今日からしばらく泊り込みでご厄介になるよ。2階の東の部屋使わせてもらうから、よろしくね」
「ちょっと、ねえ待ってよ兄さん……!」
突然のことに驚いたのかぱちぱちと瞬きを繰り返すルエトの手を引き、ふっくらとした頬に手を伸ばす。
ほんのりとした薔薇色の頬は、しっとりとしていて柔らかい。あーほんとにルエトはかわいいなぁ、今すぐ俺の家にさらいたいくらい。でも、だけど、今日から3日間は、ルエトは俺だけの可愛い子なのだから。
「よろしくね、妹君。」
腰を折ってルエトの星を閉じ込めたみたいな綺麗な瞳を覗き込むと、きらきらと光が揺らいだ。そっか、今日からずっとこの瞳には俺だけが映るんだ。それが年甲斐にもなく嬉しくて、仕方なくて。
「……よろしくお願い、します」
「よろしい。じゃあ帰ろうか、可愛いルエト」
はにかみながら俺の瞳をじっと見つめ返したルエトと一緒に、俺たちはゆっくりと帰路につく。温かくて小さな手を繋いで歩く短い距離は、きっと世界で一番しあわせな道だった。
20150918
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