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「#年下攻め」のBL小説を読む
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手の届かない夜


勿論、彼の真っ黒な色の瞳が私を見ていないことなんて知っていた。その先にはいつだって常守朱監視官がいることは分かってたし、それが恋愛感情だとかではない視線だと知っていた。けれど、それを知っていたからと言って、私が彼の目に映ることはないという現実だけは全く変わらない。
東金執行官の目に私は映らない。
例え、今彼の下にいるのが私だとしても、彼が見ているのは私の奥底にいる朱の姿なのだから。

ぐっと首が締まる。いくら体を鍛えたと言っても、男女の体格差には抗いがたいし、全身を拘束されている以上逃げることは不可能だ。ざらつく縄が私の首に食い込んでいるのを、私は霞んだ意識の中で感じていた。
まさか、こんなことをするだなんて思っていなかった。夜勤中、東金執行官に声をかけられ、差入れにと貰ったコーヒーを飲んだ瞬間に視界の全てがひっくり返ったのだ。今になって思えば、あれに薬品の類が入っていたに違いない。
目が覚めたとき、私はリネン室につながれていた。おそらく自殺に見せかけるために、薬が抜けるのを待ったのだろう。よく手間がかかることをしたものだ。全身をリネン布で巻かれ、その上からさらに縄で拘束されている私に、もはや逃げる術などない。
苦しい。このままでは、あと数秒のうちに私の意識は途切れるだろう。そうと分かってはいても、この手から抜け出すことはできなかった。

「御興宿里。常守朱の旧知。卒業を目前にして犯罪係数が急激に上昇し、潜在犯として収容された。そして今年の3月から執行官として1係に赴任――」

ギリギリと私の喉を締め上げながら、彼の薄い唇が私の来歴を述べる。調べれば誰にでもわかる、私自身も隠そうとさえしたことのない経歴のどこに彼をこんな衝動に駆り立てるものがあったのかは分からない。けれど、一つ分かるのは、彼は私へ何かしらの感情を抱いて凶行に至ったのではない、ということだ。
彼は私を殺すのではない。私ではなく、朱の心を殺すために、私を絞めているのだ。最後の瞬間でさえ、私は彼の思考の端にすら残らない。
ねえ東金さん、私を見てよ。その黒い瞳に、今だけでも私を映してよ。そんな声はもう出て来やしないのに、私はとぎれとぎれになる意識の中で願う。

「――く、ぁ」
「彼女は、濁るだろうか」

低く艶に満ちた声が、せめて最後に私を呼んでくれたらよかったのに。
もはや口から出てくることのない恋心の欠片は、彼に蹴飛ばされることさえないのだ。


20150902

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