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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


思い通りにならないなんてね

女性の扱いには自信がある。そう、たとえば今テレビに映ってるあの女優……彼女ならこの間30分でベッドに落ちてくれたよ。その前だって、さらにその前だって、いろんな女性を落としてきたよ?だって、それが僕にしかできない仕事だからね。クラウスは女性を無碍に扱うなんてことは絶対にできない人種だし、ザップがこんなことをやったら絶対調子に乗る。
現状僕にしかできない、所謂セクシャル・エントラップメント。僕はその成功率を少しでも上げるために色々と研究してきたし、その成果は十分に果たせていると確信している。けれど、だけど。ある一人に対しては、僕が練り上げた手練手管が一切通用してくれない。


そう、例えば今の時刻は12時を過ぎたところだ。ランチデートに誘うにはちょうどいい時間だろう。

「ルエト、ランチはまだだろ?奢るよ」
「ほんとですか!?じゃあ、ジャックアンドロケッツのチーズバーガーが食べたいです!」
「……そんな安物じゃなくてさ、ほら、レストランとか」
「ランチにそんな肩ひじ張らなくたって……」

ご覧のありさまだ。彼女はいつもサブウェイだとかジャックアンドロケッツばかりで、僕の目論見通りに小奇麗なレストランで優雅に昼食を……という流れになったことは、アタックをはじめてからというものの1回もない。成功率は0%だ。
悲しいことに、今日も行き先は安いハンバーガー屋に決定したようで、彼女は謎の鼻歌を歌いながら編み上げブーツを履きなおしている。
だから、そうじゃないんだって。そろそろ気付いてくれよ、僕の可愛い子。


例えば全ての仕事が終わって、やっと家に帰ろうかとなった時、彼女を家に送りたいと思ったとするだろう?それもまた、今日にいたるまで成功率は0%だ。何故なら―――

「お疲れ様です!帰ろう、レオくん」
「そうっすね。じゃあ、俺もお先に失礼します」

ご覧の通り、彼女はレオナルドの超ご近所に家を取っているからだ。レオの家からルエトの家のドアまで徒歩10秒足らず。おかげさまで、たとえ彼女を送迎することを了承してもらっても、少年というおまけがついてくる。
毎日他の男と連れ立って事務所を出ていくルエトの背中を見送る僕の気持ちがわかるか!?いつだって少年の背中に真っ白な足跡をつけてやりたい気分だよ。


例えば街で異界生物による事件が起こったとする。そんなとき、勿論僕は前線で戦うことになるわけだけれど、戦闘能力がほぼ皆無なルエトは基本的に後方支援、もしくは事務所待機だ。
ルエトの力が必要になるような事件が起こった場合は彼女だって表には出てくるが、その場合彼女の護衛は9割方クラウスだ。残りの1割はザップ。自分の周囲の環境に影響を及ぼす技を使う僕は、盾役としてはともかく移動を伴う護衛役には非常に不向きなため、当然僕に出る幕は無い。
ルエトを抱きかかえてビルの間を飛び回るクラウスを見る度、妙に重苦しい気持ちになる。ザップが彼女の護衛役に就いた日なんか、ザップがルエトの体のどこに触れているか気が気じゃない。一度ザップがルエトを抱いて飛んでいた時、偶然か故意か奴の手がルエトの胸近くに触れているのを見たときなんて、どうやってザップを料理してやろうかとしか考えられなかったしな。


もう例を挙げる気にもならないけれど、例えターゲットの女性たちにするように声をかけ、体に触れてみたところで、彼女は僕の意図に気付かないのか笑ってすり抜けてしまう。時々K.Kからセクハラだとお叱りも受ける。
いっそどうすればいいんだよ。持てるテクニックを総動員して彼女に自己アピールをしているというのに、悉く邪魔が入る、もしくは彼女の異常なまでの鈍感さでスルーされてしまう。
彼女がもう少し僕の気持ちを汲んでくれればいいのに。僕が彼女に向けている顔は、他の誰に向けるものとも違うんだって早く気付いてくれればいいのに。そうして、僕と目が合った時に少しでいいから頬を染めてくれよ。恥ずかしいって視線を逸らしてくれよ。ただそれだけの優越感さえ与えてくれないきみは、本当に残酷な子だ。
僕は今日も、書類を眺めるふりをしながらソファで資料を読んでいるルエトに視線を向ける。僕がこうやって君を見ていることにも、君は気付いていないんだろう?頼む、頼むよ。今すぐ僕に気付いて、こちらに視線を投げてくれよ。そうしたら、僕だって次の手が打てるのに。早く、早く。


――――くきゅるる。
僕が今日一番の願いをかけた瞬間に、ルエトの小さな体から高い音が響いた。

「ルエト……昼食、奢ろうか」
「あ、あぁ……聞かなかったことに、聞かなかったことにしてください……!!」

僕が声をかけると同時に、彼女はクッションに顔を埋めてソファの上を転がり始めた。うん、そうだよな。恥ずかしいよな。
僕が見たかったのは確かにその顔だよ。耳まで真っ赤になった顔を見たいと、そう願っていたよ。けどね、けどな!!

「す、スティーブンさん、貴方は何も聞きませんでした、それで!どうか!」
「わかった、わかったから。こんなことで今日の分の力を使おうなんてしないでくれよ」

こうして彼女が僕のスーツに縋りつくさまだって、何度も見たいと願っていたさ。けれど、そうさせたのは僕じゃない。
彼女が今僕の願いどおりに動いてくれた、その要因が腹の虫じゃ、もはや嘆く気にもなれなかった。
こうして、今日も僕は彼女を連れて、甘い雰囲気になりそうもないファストフード店へと歩いていくのだ。


20150828


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