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「#お仕置き」のBL小説を読む
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手始めに今夜から

右にはエリザ、左にはベル。そして向こう側の席にはウクライナ、反対側にはセーちゃん……
私は、そっと自分の首から下へと目線を向ける。――絶望だ。いや、無いわけではない。比較対象が悪いだけで、無いわけではないのだ。しかし、二人の友人たちのそれに目をやれば、歩いているだけで激しく自己主張する柔らかな肉。対して、歩く程度じゃ揺れもしない私の――――。
絶望だ。こんなの耐えきれない。
もしいつかこの胸の大きさのせいで愛想をつかされてしまったら、私は生きてなんていけない。死ぬしかない。
私は、出来るだけ低い声で、目の前でケーキを食べて表情をとろけさせる二人に教授を乞うた。

「……ねえ、胸ってどうやったら大きくなるの?」







もさ、もさ。
いつも俺の料理を美味しいと言って笑顔で食べてくれる口が、もそもそと葉っぱと白い塊だけを咀嚼している。
何かって、あれはキャベツと豆腐、やな。最近近所に日本人の夫婦が豆腐屋を出したとは聞いてたけど、ルエトがこんな黙々と味付けのない豆腐を食べるほど豆腐が好きやなんて聞いたことはないし、何より俺が作った料理をほったらかしてキャベツだけをかじるルエトの図なんて初めて見た。
いや、ホンマにどうしたん、それ。なんでそんな死んだ目でキャベツかじってるん。

「……キャベツ、料理したろか?」
「生じゃないとだめなの」
「……ドレッシングは?」
「いらない」

死んだ魚みたいな濁った目で返され、俺は言葉に詰まってしまう。いやいや、ここで気が利いた一言でもって彼女を笑わせてやれんかったらラテン男の名折れやろ。けれど、何て言ってやったらええん。
彼女の食事内容からして、ダイエットやろか。確か菊が豆腐は完全食とか言うてた気がする。けれど、ルエトは自分の体重はちゃんと管理しとったし、目方が増えたということはない。ダイエットする理由がかけらほどもない。
となると、俺の飯に飽きたとか?いや、それもありえん。だって昼には俺が作ったパンコントマテを美味しそうにほおばってたしな。そんな半日ちょっとで俺の飯の味に飽きるなんてそんなことないやろ。うん。
かといって、他に味のない生キャベツと豆腐だけをかじる理由はないのでは?駄目や、思い浮かばん。俺の食事の手も止まってまう。
セナの時間、俺が贔屓しているフットボールチームが出る試合の中継がテレビから流れてくる中で、我が家の空気は冷え切っていた。

「なぁ、ルエト……俺なんかした?」
「え?何も……?」
「やって、俺の飯食ってくれんから……俺不安になるやん」

気の利いたジョークも思いつかず、俺は素直に言葉を吐いた。いつも美味しい、幸せと言って料理を食べてくれるルエト。お前に食べてもらうために作った料理が、今テーブルの上で泣き出しそうになっとるで。ほら、アヒージョもトルティージャもいよいよ冷えてきてもうたし。いや、ほんまは泣きそうなの俺なんやけどな。
どうしたん、親分に言ってみい?スプーンを持つルエトの手を掴むと、スプーンから豆腐がぽとりと皿の上に落ちた。

「だって、アントーニョ……胸が大きい子の方がいいでしょ」

一瞬、何を言われたのか分からんかった。
ええと、胸?女の子のやろ?いや、そりゃ大きいに越したことはないし、昔はおっぱい大きい姉ちゃんと遊んどった時期もあったけど……。今はそんなことしとらん。

「……なんで?」
「だって、エリザも、ベルちゃんも、セーちゃんだって胸大きいし……完全に負けてるもん」
「何言うてるんよ。勝ち負けとかとちゃうやろ」
「アントーニョは胸大きい子と遊んでたってギルから聞いたし……」
「はぁ!?」

ギル、明日覚えとけよ。俺の黒歴史を晒した罪は重いで。殺意を無理やり押さえながら、出来るだけ穏やかな表情でルエトの話に耳を傾ける。いや、ギルは半殺し決定やけど。しばいてからいてこましたるけど。

「えーとな、俺はな、ルエトくらいが一番好きやで?ちゅーかルエトが好きなんや。それ以外のことなんてなーんも見えん。やから、ルエトはそのまんまでいてほしい」

だから、信じてや。さっきよりも強く手を握ると、ルエトは綺麗な色の目をぱちぱちと瞬かせた。

「……で、それは胸を大きくするための飯なん?」
「エリザとベルが、生キャベツと大豆は胸に良いっていうから」
「あかーん。そんなんばっか食ってたら体壊すで。飯はちゃーんと食わんとな。ほら、親分特製のタパス、いっぱい食べぇや」

ずい、とルエトの目の前にアヒージョの皿を突き出すと、彼女は諦めたように皿にフォークを伸ばし、マッシュ―ルームをそっと小さな口に運んだ。

「美味い?」
「美味しい……」

よかった、やっといつも通りのルエトやん。
そんな悩みなんてな、いつでも親分が吹っ飛ばしたるで!と笑いかけると、それを咀嚼するルエトの瞳が幸せそうにとろけた。テレビから俺の贔屓のチームがゴールを決めたことを知らせるホイッスルが鳴り響いたのを横目でも見ないまま、俺はルエトの唇に吸い込まれていった。
うん、そんなにお前が胸の大きさを気にすんなら、ええよ。親分がなんとかしたるから。ま、手始めに今夜からやな。


20150818
不憫、翌日、半殺し

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