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「#幼馴染」のBL小説を読む
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怖くなんてない

生理が止まった。
ずっと好きだった人に好きと言ってもらえて、今までの関係とは違う関係を共有するようになって、幸せな時間をずっと過ごしてきた。彼といる時間は何よりも幸せだし、彼に愛されていることを自覚するたびに自分は何て幸せ者なんだろうと嬉しくなる。だから、すっかり忘れていたのだ。4か月もの間生理が来なかったことなんて。

「あー……やっぱり……?」

薬局で買った検査薬を試してみるが、結果はもちろん陰性だった。考えてみれば当然のことなのだ。相手はアントーニョ、普通の人間とは違う存在だ。彼に生殖能力はないらしいし、それでも念を入れてゴムだってしている。妊娠の可能性なんてないのだから、こんなものを買って検査するだけ無駄だということは分かり切っていたのだけれど。
検査キットを包装紙に戻して、ぽいとゴミ箱につっこむ。からりとプラスティック製のゴミ箱の底に着く音を聞きながら、私はソファに体を沈めた。
体調は悪くない、むしろいい方だ。ストレスだって溜まっていないはず。体調不良で止まったとは考えられない。アントーニョ以外との関係を持ったこともない。私は一気に不安へと叩き落された。なにか深刻な病気だったらどうしよう。マイナス思考はぐるぐると回るばかりだ。

「ルエトどうしたん、そんな顔して」
「あ、アントーニョ……」

随分とひどい顔をしていたのだろう、アントーニョは少し焦ったように持っていたカフェオレをテーブルに置き、私の膝の前に駆けてきた。

「どうしたん。どっか痛いん?いじめられたか?俺になんかできることはあるか?」
「違うよ、なんでもないの」
「何でもないわけあるかい。ルエトがそんな顔しとんのほっとける訳あらへん。ほら、親分に何でも言ってみい」

膝に乗せた私の両手を強く握りながら私の顔をじっと見つめてくるアントーニョの視線に勝てるはずなどなく、私はふっと視線をさっき検査薬を投げ入れたゴミ箱へとそらしてしまった。

「……ゴミ箱になんかあるん?」

何でこういうときばっかり鋭いんですかあなたは。そんなツッコミをするだけの根性もなければ、生理がこないなんてカミングアウトをする勇気もない。
もう、この際誤魔化して逃げられないものだろうか。前髪を切りすぎただとか、そんな理由で。前に美容院に行ってからもう3か月、そんな理屈もこねられる。だからアントーニョ、ゴミ箱を漁るのはやめて。部屋の隅にあるゴミ箱へと視線をやる彼の服の端を掴んで口を開こうとした瞬間、気付いた。
――――髪が、伸びていない。前回切った時から、おそらく数ミリも。切ってから3か月も経てば、かなり伸びているはずなのに。

「……アントーニョって、何か月ペースで美容院に行くの?」
「俺?あー……そういや、ここ数年行っとらんなぁ。俺、そうそう髪伸びひんもん」
「伸びない、の?」
「伸びひんよ?俺らは普通の人間とは時間軸が――まさか」

アントーニョは突然立ち上がり、私の前髪をつまみあげた。急に掴まれたから、引っ張られて少し痛い。抗議するべく声をあげようとした瞬間、髪をいじっていたアントーニョの手が私の口を覆った。
ソファに座っている私を囲うように、アントーニョはソファに乗りあがる。

「なあ、俺の質問にちゃんと答えや。……髪、伸びとらんのやろ。」

口を押えられたままなので、首をぎこちなく縦に振ることしかできない。それを見て、アントーニョは形のいい眉をひそめた。

「これ聞いてええんか分からんけど……他にもなんか体調おかしくなっとらん?例えば――――月一のがない、とか。そんで、さっきの変な顔はそれに関係しとるな?」

聞きづらそうに問うアントーニョに、私はわずかに首を縦に振った。すると、アントーニョは「思ったより早かったな」と呟き、私を解放して、隣に腰を沈めた。

「ごめんな、もっとちゃんと説明しとけばよかった。」
「なにか、あるの?」

太陽のように明るいアントーニョの表情が曇ったのが不安で、私は思わず彼の腕を掴んでしまった。いったい私の体になにがあったの?そう問うと、アントーニョはぽつり、と話し始めた。

「俺らは人間と違う時間を生きとる。俺たちは基本的に人間みたいには年を取らん。時間の流れ方が人とは違う……でもな、俺たちに近寄りすぎると――人間も、俺たちの時間の影響を受けることがある。ここまではわかるな?」
「うん。……影響ってこういうことなの?体の成長が止まる、そういうこと?」
「せや。詳しくは分からんけど、俺たちの傍に近付きすぎると、そうなってくらしい。」

菊ん家のわんこ覚えとるか、あの子ももう100年は生きとる。そう言い、アントーニョは目を伏せた。

「人間には、もしかしたらキツいかもしれんなぁ。俺たちと同じ時間を生きるのは、きっと」

怖いか?と、彼のオリーブ色の瞳が私の目を覗き込む。
怖くない。怖いはずがない。これでアントーニョを置いていかなくてもいいのだと思えば、そんなの怖くないし、辛くもない。悲しくもない。
親兄弟、友達?それよりも私はアントーニョが大切。アントーニョが私を捕まえていてくれるなら、他のなんだって投げ出せる。私はそれだけの覚悟を決めて彼に寄り添おうと決めたのだから。
そもそも、そんな殊勝なことをいうアントーニョなんて、らしくない!
それに、怖いって言ったとしても、私を離す気なんてさらさら無いくせに。もちろん私だって、離れてあげる気なんて無い。

私はアントーニョの瞼にそっと唇で触れた。
私は怖くないよ、辛くないよ。これからもずっと傍にいられるんだもん、怖くないよ。
だからアントーニョも、私を永遠に掴まえててよ。
そんなことは、きっと言葉にしなくても伝わってる。だから、私は何も言葉を紡ぐことはない。その代わりに、アントーニョの骨ばった手の甲に私の掌を重ねる。

「……一生後悔はさせへんから、安心してや」
「うん、信じてる」

想像していた通りの答えが返ってきたことに満足し、私はとろりと目を閉じる。私は最初から最後まで貴方のもの。後悔なんて今更するわけがない。
アントーニョの首についた真っ赤なリボンをするりと解くのが、私の答えの全てだった。

あ、でもやっぱ子供はほしかったかも。


20150811


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