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「#寸止め」のBL小説を読む
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ジーザス!ジーザス!

フランシスに対する気持ちが、恋だと気付いたのはいつの事だったか。
幼稚園からずっと同じクラスの腐れ縁、それが突然に恋に変わった日を、私は回想する。


去年の12月のことだ。私、フランシス、アントーニョ、ギルベルトの4人で少し遠出をしてイルミネーションのショーを見に行こうと約束をしていたのに、当日……しかも、集合時間のたった30分前に、アントーニョとギルからドタキャンメールが来た。
文面には、『悪い、今日行けなくなった』という一言だけ。しかも、2人ともまったく同じ文面!示し合せでもしたのか?と疑いたくもなるが、そもそも示し合せる理由がない。私は溜息をつきながら、「埋め合わせはしてよね〜」と一言だけ送信した。
時計を見れば、フランシスはそろそろ家を出るだろう時間だ。フランシスの家は、私たちよりもほんの少しだけ集合場所から遠い。フランシスが家を出る前にと、私はアドレス帳をスクロールし、フランシスの名前を開く。
コール音。1回、2回、3回。4回目が鳴ったところで、フランシスが出た。


『はーい、宿里、どうしたんだ?』
「あのさぁ……アントーとギル、今日来られなくなったんだって。そっちにはメール入ってない?」
『はぁ!?何だよソレ!俺にはメール来てないよ!』
「まじか。どうする?どうせ二人だけになっちゃうし、今日はやめとこうか?」

フランシスにとって、休日はゆっくり羽を伸ばせる日。平日は生徒会の仕事もあり、フランシスはいつも忙しそうにしている。
どうせだれも来られないなら、ゆっくり休ませてあげようと思った。そう言おうとすると、フランシスは電話口の向こうで吹出すように笑った。

『いや、行くか。宿里楽しみにしてただろ?』
「え、でも私とフランシスだけだよ?」
『いいって。たまには静かに二人でもいいだろー。じゃあ、学校前でな。』

そう言って、フランシスは一方的に電話を切った。
フランシスには悪いなと思ったけれど、確かに私はイルミネーションを楽しみにしていた。彼には申し訳ないが、楽しみにしていた場所に出かけられるのは、素直にうれしいのだ。
私はコートを取って、少し早めに家を出た。
数分歩いただけで、骨まで寒さが染みてくる。厚手のコートを着てきてよかったと同時に、手袋とマフラーをしなかったことを後悔したが、それはもう遅い。
空を見ると、今にも雪が降りそうな曇り空が私を見下ろしていた。
幸い私の家は待ち合わせ場所にいちばん近い。寒さを振り払うように、私は少し早足で学校へ向かった。

早足はいつの間にか駆け足になり、結局集合時間の15分も前についてしまった。流石に早く来すぎたのか、フランシスはまだ来ない。
寒さで震える指でMP3の電源を入れ、イヤホンを耳に入れる。
音楽に身を任せて体を適当にゆすっていれば、寒さも多少和らぐだろう。そんな安易な考えで再生ボタンを押すと、鉛色の空から白いフワフワしたものが降り始めた。
あぁ、雪。ふわりふわりと舞い降りる、今年最初の雪。
イヤホンから流れ込んでくる音楽を聴きながら、ぼんやりと雪を眺める。
積もりそうにない雪が足元に、そして私の肩に降りかかるのをぼんやり眺めていると、遠くに金色の人影が見えた。

「おー、フランシスー。ほんとに今日大丈夫だったの?」
「もともと約束してたんだから、空けてたさ。てか宿里、どのくらいここで待ってたんだ?」
「あー……15分ぐらい?」

そう答えると、フランシスはあきれたような顔をして、私の首に無理やり柔らかいものを押し付けてきた。
香水くさいと抗議しようとすると、それを止めるようにフランシスはジト目で私を睨む。

「お前なぁ、仮にも女の子なんだから体冷やさないようにしないと。」
「仮にもってなんだ仮にもって。」

反論すると、だったらもっと自分の体に気を使え、と少し乱雑に私の首にそれを巻き付ける。
やっと彼の腕が離れると、私の肩には緑色のマフラーがぐるりとまかれていた。

「ちょっと、フランシスも寒いでしょ?」
「いいから。さ、行くか。」

フランシスが私に向って手を差し出す。その手を取った瞬間、胸がとくりと高鳴った。
それはほんの一瞬のことだったけれど、その心音に気付いた私は思わずマフラーで鼻の上まで覆い隠した。まさか、そんなのありえない。10年以上も一緒にいるのに今更ときめくなんて、絶対にありえない!けれど、私の頬が寒さ以外の要因で赤くなってしまったことは、私が一番分かっていた。

「どうしたんだ姫様?寒いんだったらお兄さんが抱き締めて温めてあげるよー?」
「うるさいなー!フランシスのハグなんてご遠慮しますー!」

べー、と舌を出すと、「素直じゃないんだからなぁ」とフランシスは眉根を寄せて笑う。
私は何も言わないでいた。否、何も言えなかった。ちょっと優しくされたくらいで、今までの10年間分を一気に好きになってしまった自分の単純さを呪うのに必死で、何も言葉にならない。
フランシスにとっての私はギル、アントーニョと同じ遊び仲間であって、それ以上になることは決してない。今までもそうだったし、これからもずっとそうだ。だから、これは意味のないこと。きっと一瞬の気の迷い。そう振り切ろうとしても、私を引っ張る手の優しさがそれを許してくれなかった。


次の日。場所は変わって放課後の屋上。フランシスは生徒会の仕事中。
私たちは、授業が終わるとたいていここに集まっている。今日もいつもと同じように屋上に行くと、既にアントーニョとギルがいた。

「宿里ー、昨日はごめんなー。」
「その……わ、悪かったな。」

急に謝られた。一瞬何のことか判らなかったけど、きっとドタキャンの事だろう。ちょっと寂しそうに肩をすくめると、ギルは「急に女ぶるなよ、気持ち悪ぃ」などと吐き捨てやがった。天誅が下るぞ、大ボケ普憫野郎。

「今な、ギルも昨日行かなかったって聞いたんよ。せやから、もしかしたら宿里結局行けんくなったんかなって。」
「いや、フランシスと二人で行ったよ。」
「……は?」
「……すまん宿里、もっかい言って」
「だから、フランシスと二人で行ったから気にしなくていいってば。」

私が言葉を続けるほどに、二人の顔がじわじわと青くなっていく。

「……何、その顔……」
「お前なぁ!あいつがどういう奴か知らねえ訳じゃねーだろ!隙あらば行き先をホテルにセッティングするような奴だぞ!?」
「せや!あの危険人物とふたりなんて、親分許さんで!」

二人が騒ぎ立てている内容は至極まともで、事実に基づいたことであるからして、私はフランシスの女癖について釈明することはない。
けれど、それこそが私の突然生まれた恋がかなうことはありえないのだという証拠に他ならなかった。私はフランシスにとって「女」ではない。それは永遠に覆ることはない。あーあ、やっぱりくだらない恋だ!




私は回想する。突然に生まれた恋が突然に終わった日を。
それは私がくだらない恋をしてから、数か月も経て……それでも諦めきれないでいた、あの夏の日のこと。

フランシスは、転校生の女の子……セーシェルと一緒に歩いてた。
彼が女の子と歩いているのはいつものことだ。毎日違う女の子とハグやキスをしてじゃれ合いながら廊下を歩いていくのが彼の日常。けれど、今日は違った。フランシスらしくなく、キスやハグをしてはいない。けれど、彼の目が。瞳が、彼女を愛しいと叫んでいたから。ああ、そうか。やっとその日が来たのか。悲観も感傷もなく、私はそれを飲みこんだ。教科書を抱えなおして歩き出そうとすると、後ろから声がかかった。

「宿里!こっち来いよ!」
「……何の用?」
「この子、セーシェル。同い年だから仲よくしてやってくれよ。」

フランシスの後ろから、ぴょこりとセーシェルが顔を出し、私に挨拶をした。健康的な肌の色と綺麗な髪が良く似合う、とてもかわいい女の子だ。利発そうで、元気そうで、とってもかわいくて。お手上げだ。
悔しいけれど、二人が肩を並べて歩いていく姿は絵になっていた。美男美女、文句なし。
数日後、フランシスとセーシェルが付き合い始めた、と聞いたときには、やはりするりと納得してしまった。

けれど女心と言うものは不思議なもので、セーシェルとフランシスが一緒に歩いてるのを見るだけで、胸のあたりが痛い。フランシスを嫌いになれたらこんな事はないのだろうけれど、それができないのだから難儀なことだ。突然に走り出した恋心は急停止できない。フランシスはもうセーシェルのものなのに、まだ諦められない自分のわがままさに嫌気がさす。けれど、現実も自分もそう簡単には変わらない。
本っ当に自分が嫌いだ。



放課後、今日も私は屋上に向かった。ギルかアントーニョに話せば、少しぐらいは気が楽になる。恋の相手の名前を聞き出そうとするほど、あの二人は馬鹿じゃない。重たい足を引きずりながら階段を上り、ドアを開けると、そこには熱風になびく金髪だけがあった。

「宿里!!」

振り返るや否や、いきなりフランシスが私を抱き締めた。
ハグはフランス流の挨拶だから別に今更驚くことではない。けれど、突然に抱きしめられたらさすがに困惑する。それに、私にとってフランシスからのハグはもはや挨拶ではなくなった。

「うわっ、フランシス、いきなり何!?」

私の声など聞かずに、フランシスは私にキスを落とす。右の頬、左の頬、額。
そして、口。

「何で口にするの!?挨拶なら頬だけで充分……!」
「ん?お兄さん今機嫌いいから。」
「知らないよ!私じゃなくてセーちゃんにしなさいよ!」

フランシスの胸を力いっぱい押しやると、フランシスは困ったように「それはそうだけど、喜びを共有したくてな」とニコニコと笑っている。冗談じゃない。いや、フランシスは本当に、私に分かってもらいたかっただけなんだ。けれど、感情はそれを分かろうとはしてくれない。
ぶわりと全身が粟立つ感覚と同時に、私の体は勝手に動き出す。
いまだに私の腰に回されたままのフランシスの腕を引っ張り、足をかける。彼の表情がひきつった形で硬直した瞬間、フランシスは空を、飛んだ。
やってしまった。
フランシスの体が屋上にゴロリと転がると同時に、屋上と階段を繋げる扉が開く。

「うわ、フランシスどうしたん!?」
「あ、アントーニョ。」
「あー、どうせまたフランシスが何かやらかしたんやろ。俺はもう知らんよ。」
「今のはフランシスが悪い。」

心にもないことを言い捨て、私はフランシスを放って、アントーニョの背中に張り付く。
フランシスもすぐに復活して文句を言ってきたが、顛末を話せばギルさえも「ないだろ」と呆れ顔になる始末だ。



「それにしても、やっぱ宿里は強いなぁ。自分より大きい男投げるなんて、そうそうできひんよ。」
「怪力女。空恐ろしいな。」
「うっさいなー。柔道に力は関係ないって言ってるじゃん。」
「それにしても流石に可愛げねーよ。そんなんだからせっかく見た目が良くても恋人なんてできやしねーんだ。」

恋人。ギルの言葉に私の肩が一瞬震えた。ああ、こんなことで反応してしまった自分よ、今すぐ死んでくれないか。こいつらが突っかかってくるのは自明の理、悔やんだってもう遅い。

「え、何?宿里好きな奴おんの?」
「げ、まじかよ……」
「何だ、やっぱり宿里も女の子だな。よし、ここはお兄さんに任せろ!」

何が任せろだ、バーカ。私の好きな人が誰だかも知らないくせに。なんて残酷なセリフだろう。私はフランシスに恋愛相談ができる、そんな関係なのだ。

「……好きな人なんていないよー。」
「へ?そうなん?」
「そうか。まぁ、好きな奴出来たら俺に言えよ?」
「お前にそんな奴出来るわけねぇよなぁ!」


言えるわけないじゃないか、馬鹿フランシス。馬鹿野郎。

言いたい事は星の数ほどあるけれど、それを口にすることはできないし、そもそも私にそんな勇気なんてなかった。友達。そう、私たちは友達だ。だからこそ、これだけはどうしても言えない。
どんなに苦しくて、泣き出しそうでも。フランシスの前でだけは、それを口にはできない。涙はどこにも行先なんてない。


誰も、私がフランシスの事を好きだなんて知らない。それでいい。フランシスはセーシェルと幸せに過ごす、それでいい。
私たちは仲間。友達。たまに馬鹿やって騒いで、ふざけて、嫌味の応酬をして、また笑う。それ以上はない。
私の思いは、誰も知らない。ギルも、アントーニョも、もちろんセーシェルとフランシスも。
誰も知らないままでいい。
それでも、せめて。フランシスが「髪が長い女の子が好き」って言ったから伸ばした髪は、もう少しだけ伸ばしたままでいさせて。


私の回想は、これでおしまい。
今日もフランシスは、セーシェルの手を引いて笑っている。


20150716


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