貴方の眼には逆らえない
HLにやってきてから、入院回数を数え上げればもう両手じゃ全く足りない。大した戦闘能力もないくせして、ちょっとしたある理由のために超人秘密結社・ライブラの一員となってしまった私は、今日も事故のせいで全身包帯ぐるぐるのミイラになってしまった。
そんな無様な格好でベッドに転がされている私を見下ろし、スティーブンさんが頭を抱える。
「あのねぇ……君をそんなに危ない場所に行かせた記憶はないんだけどな。さて、今日は何でそんな大怪我をしたのか、説明してもらおうか。」
「いや、ほんと……すみません……ギガフトマシフ氏の通り道に出くわしちゃって、降ってきた瓦礫にやられて、更に後ろから車に轢かれまして……」
「本当に運が無いな君は。」
能力を使えばよかっただろう、とスティーブンさんが深い深い溜息をついた。
私の力は、「1日に1回だけ、言ったことを現実にできる」というちっぽけな、本当に使い所があまりにも微妙すぎるもの。それも、効果範囲は私を中心とした半径500m程度からタッチの範囲まで、その「言葉」によってとてもまちまち。さらに効き目には限界もある。例えば死んだ人間を「生きている」と言ってもそれが叶うことはないように、絶対に不可能なことは出来ない。しかし、欠片ほどでも成功の可能性があるものなら、全て現実にできる。扱いようによっては世界を滅ぼしかねない、でも扱いが非常にめんどくさい超能力。
もちろん、この力を使えば私に振りかかる瓦礫も、私の背中に向かって突っ走ってくる異界車両もなかったことにできた。けれど、今日もまだ始まったばかりの午前9時に、力を使う気には到底なれなかった。こうして、毎日1つの特権を無駄にしているのだけれど。
「あの、でも今日はまだ力使ってないから……今日もし何かあったらすぐに力使えますよ。」
「もうあった後じゃない。」
「……いやでも、この街では何でも起こりますから!ね、私だってやれば出来ますから!」
せめていらない子認定されないように自分の有用さをアピールしようと口を動かすが、スティーブンさんの呆れたような表情は変わらない。ごめんなさい、ごめんなさいスティーブンさん!私は役立たずです!
「あのな、ルエト。俺はそんなことを言ってるんじゃない。確かに君の能力は使い所が難しいものではあるけれど、まず君は自分の命を守ることを再優先に考えなければならない。君の力は、使いようによっては切り札にも成り得るんだからさ。」
「う、はい……」
「君は1日に一度とはいえ自衛の手段を持っているんだ。誰もその力を君のために使うことを止めやしない……いやたまには止めるかもしれないが、基本的には。」
「でもいつ必要になるかわからないじゃないですか!私だって、せめて1日に3回くらい使える能力だったらもっとバンバン使うんですよ、でも1回なんですよ……!」
「知ってるさ。だからね、ルエト。」
俺が君を助けてあげるから、と、スティーブンさんの形の良い唇が動いた。
「そりゃ毎日君について守れるわけじゃないけどね。それでも、多少はマシだろ?俺がいれば、今日みたいに無駄な大怪我をすることもなくなるし、さ。」
ぱちくりと何度かまばたきを繰り返して、やっとスティーブンさんの言葉を飲み込む。
「い、いやいや、でもそんなご迷惑をお掛けするわけには。」
「別に迷惑じゃないさ。君に勝手に死なれるよりよっぽどマシだし、ザップがつくより君の精神衛生上もいいだろ?」
「そうですけど、でも……!」
反論を紡ごうとする私の唇を、スティーブンさんの長い指がそっと抑え、そして撫ぜる。その指先が余りに優しくて、背筋が怪我とは全く異なる要因でひきつるのを感じた。
「いいから。黙って守られておきなさい。」
そう言って目を合わせられてしまえば、私の体はまるでギアスをかけられたかのように固まって、イエス以外の返事ができなくなってしまう。
彼の目はきっと魔力を持っているんだ、そうに違いない。そうでなかったらこんなに、視線をそらせないような綺麗な眼であるはずがない!だから私は悪くなくて、スティーブンさんのされるがままになってしまっても、それは仕方のない事で、だから私は。
「……そばにいてください。」
「ん、いい子だ。」
私は力を使ってないし、他のどんな魔力が働いたわけでもないけれど。なんとなく、なんとなくだけれど、スティーブンさんはずっと私のそばに居てくれるような気がした。
20150518
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