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2001号室の長い夜





本日、有栖川有栖の夜は長い。

国会図書館で資料を探すために大阪からわざわざ上京してきた彼は、夜には大学時代からの友人である火村、そして同じく同期生の宿里――私――を伴ってホテルのラウンジにて酒を酌み交わしていた。
3人共生活圏は関西であるため、揃って東京で会う頻度はそう高くない。普段からしょっちゅう酒を交わしている3人組だが、やはり東京の夜というのはすこし趣が違う。特に火村はいつもよりピッチが早い。

「さてと、俺らはそろそろ引き上げるわ」

アリスが時計をちらりと確認し、グラスを置く。私も横目で確認した所、もう11時を回っていた。

「そうだね、私も明日は早いしそろそろお暇。」
「宿里もアリスと同じホテルだったか。明日早いなら食われないように気をつけろよ。」
「ダアホ。じゃあ無理すんなよ、先生さん」
「おやすみ火村、また明日新幹線でね。」

ひらひらと手を振る火村に見送られ、私達は少し先にあるホテルへと移動した。
―――それが、つい1時間半ほど前の話である。


部屋自体は素晴らしかった。さすがアリスが予算の上限を少々オーバーしただけのことはある。私が半額負担したため、本人からの文句はない。
バスルームには洒落たバスオイル、備え付けの冷蔵庫にはいかにも高そうな酒が数本備え付けられており、窓から見える景色にも彼はご満悦であった、が。
うっかりバブルバスを溢れさせたり、リモコンの操作がわからずホラー映画やAVを大音量でかけてしまったりと災難に見舞われた彼が最後に直面した不運が、ベッドサイドにかかっている額縁の裏にこの不穏なものを見つけてしまったことであった。

「何や、これは」
「御札。」
「見れば分かんねん。何でこんなもんがここにあるんかっちゅー話や」
「そりゃ、出ちゃいけないものが出るからに相場が決まって」
「あー!聞きたくない!」

アリスは布団をかぶって大げさに震え始める。この人はミステリー作家のくせして怖がりなのだ。
怖いのなら何で聞いたのだ、とため息をつくと、アリスは布団の間からひょこりと「怖いです」と書かれた顔を出した。これが毎日人殺しのネタばかり考えている人間の態度だろうか。

「人殺しの話ばっかり書いてるくせに、いまさら幽霊の何が怖いの。」
「幽霊は祟るやんか!」
「なんで呪うかの理由がある程度分かっている幽霊よりも、突発的な犯行に及ぶ可能性のある人間のほうがよっぽど怖い」
「だからなんで宿里はそんなに冷静なん!?」
「アリスがビビりすぎなの。」

彼から額をひったくり、元の位置にかける。いたずらに触れたりしなければ、そうそう祟られるものではないと思う、きっと。幽霊にだって分別はあるのだ。

「あーあー、祟られたらどうすんねん!」
「下手に触らなければいいんだってば。気が付かなかったことにして、幽霊さんの気に障ることをしなければいいの。」
「気に触ることって?」
「うるさくしたりとか、目に余ることをしなければいいんじゃないの?」

言うと、アリスの大きな目が一瞬見開かれ、消沈したように眉尻がゆっくり下がる。
火村、さすが臨床犯罪学者の君の目は確かだったようだ。今頃眠っているだろう火村に思いを馳せ、私は深くため息を吐き出す。

「うるさくって…まさか、えぇー…」
「はいうるさい、さっさと寝なさい。明日も早いんでしょ。」

私はアリスの顔にクッションを投げつけて、自分のベッドに潜り込んだ。
ぐすぐすと鼻を鳴らすアリスの声のほうが、かすかに聞こえてくる誰かさんのすすり泣きよりも耳障りだったことも、ここに記しておくことにする。



夜、2001号室にて



20140210
コミカライズ版ブラジル蝶の謎「2001号室の災厄」より




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