あえかな君と共にいき
二〇〇五年四月。その日は晴天で、とても空が高かった。
季節にそぐわぬ突き刺さるような太陽光を浴びて、まだ数回しか袖を通していない新品同然の黒い学ランは異様な程熱を吸収していた。後頭部で結い上げた長い黒髪の下、唯一晒された項にかかる風も夏のように生温く、夏油傑は汗で張り付く特徴的な前髪を指先で払った。この暑さの中、何故彼が任務や実技実習でもないのに屋外にいるのかと言うと、同級生の一人を探して来るように担任、夜蛾正道に頼まれたせいである。
さて、探し人だがどうした事か、校舎の中、寮、何処を探しても見当たらない。もう一人の同級生であり紅一点の家入硝子いわく「どうせサボり」だそうで、夏油もそれには納得している。第一印象はお互い最悪で、尊大な態度や授業、任務に対する姿勢から不真面目な性格である事は直ぐに理解出来た。本当ならば、このまま放っておきたい。奴が授業をサボろうと、それにより担任から鉄拳を食らおうと全て自業自得だ。しかし、元来の負けず嫌いな性分が祟ってか、探し歩く内に夏油の心にも火がついた。この暑さの中、時間を無駄にしてこれほど歩き回っているのだ。どうせなら自分の手で担任に引き渡してやる。
そんな決意を秘め、校舎の周囲を歩き続けていると、何時の間にかグラウンド前までやって来た。すると、高専の広大な敷地に見合う広いグラウンドの端に見知った白髪頭が見えて、夏油はピタリと足を止めた。安堵と同時に溜息を吐く。見るからに暑さを嫌いそうなのに、まさかこんな所にいるとは思わなかった。探し人、五条悟を呼びながら階段を下る。そして見えた光景に、夏油は我が目を疑った。
「は……?」
今、五条が投げ飛ばした塊は何だ。綺麗に弧を描いて地面に落ちた塊には四肢があった。人だ。しかも体格からして女性。呪術高専は四年制。自分達は最低学年の一年生で女子は家入のみ。と言う事は、投げ飛ばされたのは先輩にあたるのではないか。
入学から数週間、常々傍若無人な奴だとは思ってはいたが、まさか目上に対してもそれが適用されるとは。痛む頭を親指で摩りつつ、勝利に酔いしれ高笑いをする五条と、その前で伏している先輩の元へ急ぐ。しかし、先輩。その体勢いい加減どうにかした方がいいのではないだろうか。四つん這いのようになっているのに頬だけ地面につけて呆然としている姿は、言い難い限りではあるが、なんと言うか少し面白い。
夏油が現場に到着すると、流石に先輩は顔を上げていた。どうやら五条に手を貸すよう頼んでいるらしく、淡々とした声色には僅かな呆れが含まれていた。まず、五条がこちらに気が付いた。「やべっ」と言いたげな顔を軽く睨みつけてから土埃に塗れた先輩へ片手を差し出す。
「先輩、良ければどうぞ」
そして、初めて目が合った。泥だらけになった頬が面白くて思わず吹き出してしまったせいで第一印象はきっと最悪だったに違いない。それでも差し出した手に重ねられた手は、呪術師らしくしっかりと硬かったので、早々に笑みは消した。
出会いなんてその程度。五条の先輩相手の腕試しの被害者と乱入者、ただそれだけの関係が全ての始まりだった。
それ以来、五条に投げ飛ばされた先輩とは、頻繁に顔を合わせるようになった。生徒数が少ない呪術高専では、その特殊さゆえに女子の数も限られる。現在、東京高専では一年生から四年生に至る迄、女子生徒は先輩――苗字名前と家入硝子の二名しか在籍しておらず、女子生徒同士が親しくなるのは必然であった。加えて、数少ない同級生同士が親しくなるのもまた必然的であり、夏油らが家入と共に名前と顔を合わせる回数もおのずと増えたのだ。
この時、名前は三年生。同級生は男子生徒ばかりで、彼女曰く一匹狼タイプが多いのであまり親しくはしていないらしい。
「いいね、硝子ちゃん達は皆仲良くて」
「名前さん、やめてくださいってば。こいつらクズですよ」
入学して一月も経てば、夜の談話室でそんな会話をする機会も多くなる。家入と名前が横並びに座り、風呂上りの清涼飲料水で身体の熱を冷ましていた。「居てもいいけど男共は立っていろ」との家入からのお達しで、お行儀よく立ったまま喉を潤していた夏油は、彼女の言葉に「ひどいな」と肩を竦めてみせた。
「悟はともかく私は真面目だと思うけど」
「本当の真面目は自分でそんな事言わない」
「あ、そう……」
にべもなく家入に却下された夏油を見て、ひとりアイスを頬張っていた五条が腹を抱えて笑っている。その拍子に安物のコーンの上に乗っていたアイスが床に零れ落ちた。同時に五条が叫び声を上げる。家入と名前が呆れたように目を細めたのを横目に挟みつつ、夏油はざまあみろと舌を出して床を拭く雑巾を探しに向かった。
名前の術式が『人の心を読む』ものであると知ったのは、その年の秋の事だった。五条は勿論、家入も当の昔に知っていたようで、ひとり除け者にされたような疎外感を覚えていた夏油は彼女から説明を受けながらホッと胸を撫で下ろしたものだ。
夏油は、元々人付き合いが得意な方だった。中学生の頃も、人より恵まれた体格や長髪を見て素行の良くない輩に絡まれる事は多々あったが、それ以外では、先輩後輩問わず男女共に上手く付き合えていたと思う。特別仲の良い友人こそ居なかったが、クラスで一目置かれる存在にはなれていたと自分でも思うし、現に卒業式ではひとり地元を離れる事が決まっていた為に、クラスメイト達から泣きながら別れを惜しまれた。そんな夏油であるが、この苗字名前と言う先輩には特別懐いている自覚があった。生徒数が少なく、共に過ごす時間が多かった為だろう。家入は勿論、五条だって名前には甘えている節があったので、特別恥ずかしいとも嫌だとも思わなかった。けれど、己の基礎技術の脆さを自覚した名前の手合わせ相手に名乗り出て以来、少しずつ感情が変化している気はしていた。
「私が呪術師を志したのは、呪術で非術師を守りたいと思ったからです」
呪術高専東京校に入学して一年が経った夏。夏油は同級生と揃って二年生に進学し、名前は最高学年の四年生となっていた。校内での授業が減り、郊外での実践任務が増えた彼女とこうしてまともに話すのは、星漿体護衛任務失敗の晩以来の事だった。
長時間会話を続けてすっかり温くなった清涼飲料水に口をつける気はなく、膝の上で組んだ手を見下ろしながら口にした動機は、数ヶ月前まではしっかりと口に出来ていたのに、今となっては張りぼてのように脆く感じられる。夏油はそれを自覚していた。ふと、頭部に温かな感触が乗せられる。つい先程も感じたものだったから、見上げずとも何をされているのかは分かっていた。
名前は、小さく硬い掌で夏油の頭をゆっくりと撫でていた。あえてなのか、何も口に出す事はしなかった。ただ、今にも崩れ落ちそうな塔の上にぽつんと乗っかっている理想が寂し気に見えて目蓋を閉じた。
「名前さん」
「ん?」
「私に甘すぎますよ」
小さな笑い声が降って来る。それを聞いていると自然と口角が上がって笑う事が出来た。目蓋の向こう側、寂し気に見えた理想が少しだけ安心したように肩を落とした気がした。それが何故か、なんていう疑問は愚問で、全て至って単純な話だった。自分は、この苗字名前と言う先輩の事が、ひとりの女性として好きだったのだ。
そんな名前の祖母が亡くなったと聞かされたのは、その年の秋の事だった。名前の姿を校舎は勿論寮でも見なくなって、さぞかし心細そうにしていたのだろう。呆れたような顔をした家入が煙草をふかしながら教えてくれた。
名前の祖母の話は、彼女から何度か聞いた事があった。名前の呪術師への動機の大きな要因となっている祖母の存在の消失は、彼女にとってさぞかしつらい事だろうと想像出来た。だからひどく心配で、彼女が高専へ戻ったと聞いた晩は顔を見て話をしたくて寮の中を探し歩いた。けれど、予想に反して彼女は笑っていた。同級生達に囲まれて、目に涙は浮かべていたけれど嬉しそうに頬を緩めていた。ひどい疎外感があった。除け者にされたような気さえした。たった二歳、けれど大きな壁である年の差をまざまざと感じた。そうだ、名前はもうあと数ヶ月で高専から居なくなる。一瞬にして自覚した。以前、五条が名前にカウンセラーの方が向いていると軽口を叩いた事があった。今、それに心の底から同意したいと思う。名前は、カウンセラーのようだった。あの日以来揺らいでいた心に寄り添ってくれていた存在の消失は、恐怖でしかなかった。
なんとしても繋ぎとめたいと思った。五条、家入と共に名前を励ます会と言う名の宴会を開いた後、彼女の部屋に通された時、衝動に任せて抱き寄せられたら良かった。拗れた想いを口にして、有り余る感情を全て彼女の身にぶつけてみたかった。けれど、実際は何時ものように他愛のない会話をして子供じみた嫉妬心を暴露しただけで、名前からの優しい呼び掛けすら虚勢を張って振り払ってしまった。
名前は弱い呪術師だった。人には得手不得手が存在する。戦闘向きでない術式に加え、筋肉のつきづらい細い身体。どれもが過酷な任務を余儀なくされる呪術師に向いていなかった。出会った当初より名前は、怪我をして帰って来る事が多かった。けれど、その時の怪我は今までのものよりも遥かに大きく、彼女の背中に作られた大きな傷を見た時は文字通り血の気が引いた。家入に反転術式を施される最中、ずっと名前の手を握りしめていた。痛みで返事なんて出来ない彼女の名前を何度も呼んで、苗字名前と言う存在の消失にただ怯えていた。
「お前、あれはない」
この時の出来事は、反転術式を施した家入は勿論、その場に居た五条の記憶にも色濃く残ったようだった。実に情けない話である。
それなのに、名前は最後にまた手を伸ばす。年が明けた春。卒業証書を片手に持った彼女は泣きたくなるほど大人だった。集合写真を撮ろうと集まる卒業生や在校生達を背後に差し出された紙切れは、今迄に見たどんな物よりも高級な物に見えた。
(受け取って、いいのだろうか)
彼女の良心を、欲するがまま手に取っていいのだろうか。悩んでいる最中、胸を占めるのは歓喜の感情だった。名前が新居の住所を他の誰にも教えていない事は知っていた。夏油も、今日まで知る事はないのだろうと思っていた。それなのに、彼女は走り書いたメモを夏油へと差し出した。二歳の年の差を無きものとして対等に話す権利まで与えてしまった。それらが意味するものなんて一つしかないのに。
「名前」
やっとの思いで口に出来た彼女の名前は特別な響きを持って響いた。呼びかける皆の元へ駆け寄らんとする彼女が振り返る。桜の花弁が視界を遮ったが、それでも彼女の顔はよく見えた。綺麗だと思った。何よりも、誰よりも、愛おしいと思った。
「必ず会いに行くよ」
そう言って取った手の感触を、夏油は半年間忘れる事はなかった。しかし、彼は一度も名前の元へ足を運ぶ事も、連絡を取る事さえしなかった。
その年は呪霊が蛆のように湧いた。特級呪術師として任務に駆り出される度、理想がぐらつくのを感じる日々。誰も寄り添ってくれず、また、それを良しとしたせいで、何時しか寂しさすら忘れてしまった。
親友が一人で最強になった。後輩が任務で命を落とした。非術師の笑みと笑い声がやけに耳をついた。飲み込む呪霊の味が日毎に不味くなった。嗚咽を溢す回数が増えた。ガラガラと音がする。理想の乗せられた塔は、とっくに崩れ落ちていたらしい。
ひとり赴いた任務先で、辛うじて形を留めていた理想は、とうとう瓦礫の海に沈んだ。特級呪術師である夏油に与えられたのは簡単な任務だった。奥まった集落特有の凝り固まった信仰が作り出した呪霊が村民に害を及ぼしていたから、今までそうして来たように祓い、飲み込んだだけだ。それなのに、村民たちはまだ終わりではないと言う。彼らは、訝しむ夏油を村奥の草臥れた社へと案内してしまった。
案内され、先に足を踏み入れた社の中。檻に入れられた少女達を見た瞬間、全てが決した。殴られたのだろう。目に大きな痣を作り、今にも折れそうな程細い手足には無数の切り傷や打撲痕が残されている。水分が抜け切り、パサついた唇が恐怖に震えながらも、互いを守らんと言葉を発する。もう、村民達の声は獣の鳴き声にしか聞こえない。そんな中聞こえる少女達の声に、ああ、この子達はこちら側なのだと直ぐに理解した。
促し、外に出た村民――非術師の顔が全て猿に見えた。背後で顕現した手持ちの呪霊が、悲鳴を上げる暇さえ与えず非術師の身体を丸呑みにする。すると、代わりと言うようにもう片方が悲鳴を上げて、この場から逃げだした。すかさずもう一体顕現させて上半身を喰い千切る。残された下半身が、大量の血を吹き出しながら痙攣している。見ているだけで不快で呪霊に喰わせた。
茹だる様な夏の暑さの中、夏油は張り付く前髪を指先で払い、村の中心部へと向けて歩みを進めた。目につき次第、老若男女問わず呪霊に喰わせた。惨虐な行為である事は理解している。けれど、そこに躊躇は一切なかった。
辺り一面が血の色で染まる。一人、二人、十人、三十人、五十人、八十人、百人、非術師の骸の数が増えて行く。その度、使役する呪霊たちが腹を満たした。
全てが終わるまで罪悪感を覚える暇すらなかった。最後の一人は老婆だった。金切声で、自分は檻に入れられた枷場家の双子だと言う少女達の世話をしていたのだと口にしたが、一つ二つ問いを投げれば直ぐにボロが出た。地中深くに潜らせていた呪霊を浮上させ、罵詈雑言を叫び散らす口に蓋をする。飲み込めなかった腕が着物の切れ端と共に地面へ落ちた。もう、獣の悲鳴も泣き声も聞こえない。他に生き物が居なくなった村で、ふと、脳裏に声が響いた。
それは、すっかり忘れていた名前の声に違いなかった。祖母、名前が聞かせてくれた彼女にとっての道標であったその人も、この老婆くらいの年だったのだろうか。そんな考えが頭を過った瞬間、耐え切れず嗚咽が溢れた。血塗れの地面に膝をつき、溢れ出る胃液を吐き出す。何度も何度も、声にならない叫びと共に吐き出し続け、汗をかいた項を冷ます風にほう、と息を吐いた。
見上げた空は、血のように赤く染まっていた。夕焼けがやけに眩しくて目が霞む。その時、ずっとスラックスのポケットに突っ込んでいた片手が何かを掴んだ。恐る恐ると手を引き抜き、拳の中を確認する。そして、それを目にした瞬間、夏油は固く目蓋を閉じた。
「名前」
ずっとポケットに入れ続けていたせいで、すっかり脆くなった紙は、握り締めた拳の中で破けてしまっていた。それでも視認出来る彼女の字と、書かれた文字列にひどく心を揺さぶられる。
名前が卒業して半年。一度も連絡を取る事はしなかった。そうする事で、揺らぐ自分を奮い立たせていたからだ。けれど今はどうだ。ただ、彼女に会いたいと願ってしまっている。
非術師殺しは大罪だ――その通りだ。
私は呪詛師として追われる事になる――その通りだ。
何も知らない名前に咎を背負わせる気か――分かっている。
君に嘘をついた。私はきっと、自分が思うより強くはなかった。
立ち上がり吸い込んだ空気は血生臭く、肺に纏わりつき身体を重くさせた。白かったワイシャツも返り血で赤黒く汚れて、同様に血液を吸い込んだスラックスだってひどく重たい。それでも鉛のような足を前へ、前へと動かした。
まずは、あの子達を迎えに行こう。それからは。これだけ非術師を殺したのだ。両親だって例外ではない。大丈夫、やれるさ。その後は、そして、それから。
力なく開いた掌からボロになった紙切れが零れ落ち、風に乗って飛んで行った。夏油は、それを分かってはいたが追う事はしなかった。もう何十回、何百回と目にして焼き付けた住所は既に暗記してしまっているし、進むべき道も既に定めていたからだ。
辿り着いた社の扉を開けた。唯一血液の臭いがしない社の中に、夏油が入る事によって漂ったそれに、少女達も何が起こったか悟った事だろう。けれど、二人は怯える事はしなかった。強い子達だ。震え、身を寄せ合いながらも、瞬きを忘れたように夏油を見つめる両目からは強い意志を感じる事が出来る。
「おいで。行こう」
願わくば名前が受け入れてくれますように、なんて我儘すぎるだろうか。そう自嘲しながらも苗字名前と言う存在は、決して自分を拒否したりしないと頭の片隅で確信していた。
もし、彼女が受け入れてくれたならば。咎なんて君は背負わなくていい。名前に同じ道を歩めなんて一生言うつもりはない。同時にこの熟れた想いも、一生口にする事は出来ないだろう。
両脇を固めるように縋り付く少女達の小さな頭を撫でる。田舎町の古びた一軒家。想像していた通りの家を前に、夏油は見慣れた笑みを作り上げる。チャイムの音が響く。
二〇〇七年九月某日。玄関扉の向こう側から聞こえるその声に、無性に泣き縋りたくなった。
こんな仕事をしていたせいか、極楽も地獄も信じてはいないのだと彼女は語った。
手を伸ばし、取ってしまった彼女の掌は、相変わらず小さくて頼りないのに、しっかりと硬い。
帳を下ろしたかのような闇の中、握りしめた手を引いて歩けば、彼女は拒絶する事もなく横を歩いてくれる。その表情は、残して来た子らの事を考えているのか、少し寂し気ではあったけれど、同時に満足しているような表情でもあった。だからこそ、どうしても堪らなくなってしまった。
歩みは止まり、繋いでいないもう片方の手で熱い目蓋を覆い隠す。唇を強く噛み締める事で、今にも溢れそうな嗚咽を耐える。すると、彼女は慌てたように手を伸ばしてくれる。精一杯伸ばされた掌が頬を撫で、屈んだ拍子に優しく引き寄せられる。彼女の腕の中は暖かかった。その温度は、抱え続けた罪悪感や、隠し続けた感情を吐露させるには十分だった。
「ねえ、名前」
「ん?」
「私を、受け止めてくれる?」
数多の咎を背負ったこの身も、十年以上も口に出来ず腹の中で熟れ続けた感情も、この呪いのような何もかもを受け入れてはくれないだろうか、と。
名前は、全てを飲み込むように一瞬息を詰まらせて、繋ぎ合わせた手に力を込めた。
頬に風を感じる。季節外れの温風は、身に覚えがあった。四月。なんて事ない始まりのあの日に、ようやく戻って来る事が出来た気がした。
自然と口角が上がり笑う事が出来た。目蓋の裏に、ずっと居座っていた寂しさが、手を振ってどこかへ去って行った。
20210524