>>もてあました空白


「海浜公園…?また辺鄙なところに。人除けという意味では最適でしょうけど」

八木が作り置きをしていった筑前煮を口に運びながら、名前は送られてきた写真を見てそう独り言を漏らした。
緑谷少年と海浜公園と私。というコメントと共に送られてきたその写真は、SNSの投稿と間違えているんじゃないかと思う程のどうでもいい内容だった。座り込んで半べそをかいている少年が映り込んでいる。緑谷くん、そうそうこんな感じの少年だったなあと朧げな記憶を遡った。
多古場海浜公園と検索をかけると、夕日が綺麗なのでデートにもオススメ!という記事の他に、不法投棄によって一部の沿岸が酷い有様になっているという内容がヒットした。
ボランティア活動も出来て身体も鍛えられる、まさに一石二鳥!と八木は考えているのだろうか。昨晩、睡眠時間を削って一生懸命パソコンと闘っている姿をチラッと見ていたので、恐らく彼の今後のプランも立てているのだろう。こんな貧弱そうな男の子が短期間でどこまで変貌を遂げるのか、名前には全く想像出来なかった。ただ、生半可な努力では持ち堪えるのすら困難だろう。
食事を終え、部屋に入り込む朝日に誘われるように、名前は思い切りカーテンを開けた。チカチカと太陽光が目を刺激する。
同じ朝日を、あの2人も見ているのだろう。当たり前の事であるが、ぼんやりとそう思った。

「……出掛ける準備をしないと」

今日は、いつもより予定が盛りだくさんだ。


***


「ああ、苗字さんすまないね、待たせてしまって」

「いいえ、こちらこそ忙しいところすみません」

出掛け先から帰ってきて間もない、という雰囲気を醸し出して、塚内は慌ただしく名前の前にやってきた。
トレンチコートの前ボタンを外して、ほっと息を吐く様子から警察関係者も毎日忙しそうだと心境を察する。
お茶でも出すよ、座ってと声を掛けられたが、名前は首を軽く振って鞄から書類を出した。

「お時間を取らせるような事ではありませんので。…これ、この前のヘドロ事件の報告書です」

「ああ、いつもありがとう。サー・ナイトアイも君も期日前にちゃんと不備なく出してくれるから本当に助かるよ」

「オールマイトは座って何かをするのは性分に合ってないみたいですから。私が出来るのはこのくらいです」

「そう謙遜しないで、あいつの相棒は誰にでも勤まるものじゃないんだから」

世辞でもオールマイトとそれなりに付き合いの長い塚内からそう言ってもらえるのは、嬉しいものだった。
頬を緩ませながら名前が礼を言うと、塚内も目元を緩ませる。四十路手前にもなると、これくらいの年の子は何をやっても微笑ましいと思ってしまう。
実の妹とはまた違った可愛さがある。
それでは、と背を向けた名前を見送りながら、塚内は胸中そんな事を思った。


***


「すみません、お待たせしてしまって…!」

待ち合わせのカフェに入り、名前は慌てた様子で目的の人物の姿を視界に捉えるなり早足で近寄る。それに気づいた男はコーヒーカップ片手にやんわりと頭を振った。

「否、時間通りだ」

ランチタイムとあって、カフェは女性客やカップルで賑わいを見せている。名前とサー・ナイトアイもそんな人々に紛れながら昼食を共にしていた。
日替わりのサーモンとほうれん草のクリームパスタは名前のお気に入りである。目の前でペペロンチーノを口に運ぶナイトアイもどことなく満足げな雰囲気だ。

「相変わらずのようだな」

「はい。私もですが、オールマイトも」

名前を出すと、ピクリと片眉が吊り上る。気付いているのかいないのか、目の前の“前任”は気まずい別れ方をしてからというもの、名前を出すだけでこれだ。
内に秘めるオールマイトへの敬慕の情は今も昔も変わる事無く彼の中で煌々と燃え上がっているというのに。オールマイトの話題になると、ここが外という事で世間体を気にしてさして興味のないフリをしようとしているが、名前にはお見通しである。その証拠に、先程渡した先日のピンクのエプロンを着用したオールマイトの写真をカッと目を見開かせて歓喜に打ち震えていたのを名前は目撃したばかりだ。彼の事務所も相変わらずオールマイトグッズで溢れており、名前としては確執なんてトイレにでも流してちゃちゃっと打ち解ければいいのに、というのが本音だ。

「オールマイトも、相変わらず、か」

ぽつりと呟かれたその言葉に、カプチーノに口を付けながら名前は目を細める。後継が見つかった事を、ナイトアイは知っているのだろうか。オールマイトは報告するのだろうか。その事に対して名前は何も言う事はできない。あの二人の間の出来事だ。そこに自分が入る余地はない。
食べ終わった食器を退けて、ナイトアイは眼鏡を押し上げながら名前を見やる。目が少しだけ鋭くなった。

「名前。いつまで傍にいるつもりだ」

「…最後のその時まで。あの時と今も考えは変わっていません」

「…そうか」

「先輩、」

「私はもう袂を分かった身。先輩でもなんでもない」

「いいえ。ナイトアイは私にヒーローとしての知識を与え、個性の弱点を補う為の体術を教え、相棒(サイドキック)としての在り方を示してくれた、先輩であり師です。今とあの時と状況は変われど、それは揺るぎ無い事実ですから」

「初めて会った時と、同じ目をしているな。その目に、私も──オールマイトも動かされた」

フッと口角を上げて、懐かしむようにナイトアイは息を吐き出した。「ここのパスタ、私好きです」「私もだ」──今も変わらずこうして不定期に食事を共にしてくれるナイトアイが、名前は好きだった。

「また、会ってくれますか?」

「何を言っている。確かに私は多忙な身だが、可愛い“後輩”の誘いを無下にする程仕事人間ではない」

眉間に刻まれた皺は変わらないが、声色は酷く優しい。らしくもなく名前はまるで褒められた子どものように表情を崩すのであった。

「時に名前」

「はい?」

「先程の写真、他にもまだあるのか」

「勿論、後ほど事務所宛てにお送りしますね」

「頼んだぞ」

(それから…)(どうかしましたか?)(リボン、変えたのか)(はい、つい先日)(男か?)(オールマイトからです)(そうか、ならいい)


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