>>涙も連れ去ってくれないか


飯田・発目戦以降の試合の決着は比較的早く、見せ場も交えつつ順調に進んでいった。打撲擦り傷は当たり前として、骨折や切創等の大きな怪我もなく、また著しいステージの損壊もなく名前もセメントスもホッと息を吐いていた。
しかし次の試合は双方共に気を引き締めなければならない。

『中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科、爆豪勝己!!対』

『俺こっち応援したい!!ヒーロー科、麗日お茶子!』

ステージに上がった2人の表情は険しい。ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、眉間に皺を寄せながら爆豪は目の前に立つ麗日に最初で最後の忠告をする。

「退くなら今退けよ。「痛ぇ」じゃすまねぇぞ」

ごくりと麗日は固唾を呑んだ。爆豪の目は本気だった。最初から手加減をされるだなんて思っちゃいない。女だからと加減された方が負けるより何十倍も悔しい。自分も全力でいくのだから、相手もそうでなければ。そう考えれば、対戦相手が爆豪で良かったと言えるのかもしれない。
決勝で会おうと誓った相手が一人いる。だから、それを果たす為にも今自分が出来る限りの策を持って、挑むしかない。

『START!!』

「退くなんて選択肢、ないから!」

低姿勢で麗日は開始合図と同時に爆豪目掛けて突っ込んで行く。一瞬でもこの手が触れさえすれば──勝てる。絶対に負けないという意思を宿して、瞳が煌めく。
ボンッと爆発物の独特な音がして、ステージが黒煙に包まれる。麗日は両手で咄嗟にガードしたものの、爆豪の攻撃をモロに食らってしまった。何となく、彼の戦闘を何度か見てきている麗日は爆豪の行動パターンが読めなくもない。しかし、解っているからと言って身体が即座に反応出来るかというと、それはまた別の話だ。
煙が辺りに立ち込める。視界が悪いのは麗日だけではない。ジャージの裾を握りしめ、麗日は大きく息を吐き出して前を見据えた。
ゆらりと煙が揺れる。薄らと見えた麗日のジャージに即座に反応した爆豪は、容赦なくそこに向かって手を伸ばす。しかし彼が爆破で焼いたのは上着だけだった。
爆豪の背後を狙って麗日が飛び出してきた。振り返った爆豪と視線が交差する。咄嗟に考えたにしては随分と出来の良いそれに「…上手いな」と静かに見ていたセメントスは思わず唸る。
それよりも恐るべきは爆豪の身体能力だった。片膝をついたまま身体を捻り爆風で麗日を吹っ飛ばす。麗日は身体を強かに打ち付け、ぐ、と歯を食いしばった。

「良い反応速度ですね…怖いくらいです」

「いい勝負をしているよ、2人ともね」

何度吹っ飛ばされようと、火傷を負って傷だらけになっても、麗日は爆豪に突っ込む事を止めない。その度にコンクリートで出来たステージは砕け、崩れていく。
真っ直ぐ前を見つめながら、名前は息を吐く。今現在この会場全体の風は、個性によって名前の思うがままだ。だから見ずとも、ステージの遥か上に“何があって、どうなっているのか”すぐに解る。恐らくセメントスもミッドナイトもそれに気付いている。
視線を向ける事だけは絶対にしてはならない。第三者のミスで、麗日が考えに考え抜いた今自分が出来る最大の策を潰してはならないから。

「おい!それでもヒーロー志望かよ!」

「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

一部の観客席から爆豪へヤジが飛ぶ。ステージ全体を見渡せるあの距離から“これ”が見えないとは──気付いている面々からしたらその発言は呆れてしまう。
マイクを引っ手繰ったイレイザーヘッドが『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?』と厳しい声を浴びせる。途端静まり返った会場に構う事無く彼は続ける。

『シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

『ここまで上がってきた相手の力を、認めてるから警戒してんだろう』

本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねぇんだろが

麗日の挙動全てに全神経を集中させている爆豪に、外野の声は恐らく入ってきていない。肩で息をする麗日は、傷だらけになっても爆豪を力強く見つめる。
「そろそろ、かな」麗日のその言葉にぴくりと肩を揺らし、何をする気だと構える。

「ありがとう爆豪くん」

油断してくれなくて

麗日の両の手が合わさる。そこで爆豪は疑問を抱く。麗日は浮かせる個性だ、それを解除する時に、両手を合わせる……一体、何を浮かせていた?
ぱらりと小石が頬を掠った。個性を解除されたコンクリートの断片が重力に従って爆豪に向かって降り注ぐ。「は、」上等だ。ここに来て初めて爆豪は笑みを浮かべた。
左手で標準を定め、ブレないよう右手がそれを支える。ぐっと距離を詰めてきた麗日に構わず、今までと比でない大きな爆破を一発に込めた。その一発が、降ってきた断片を一つ残らず吹っ飛ばす。

「デクのヤロウとつるんでっからな、てめェ。何か企みあるとは思ってたが…」

「一撃て…」

『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々──正面突破!!』

「危ねぇな」ふう、と爆豪が小さく息を吐く。先程の一撃で、左手の汗腺が悲鳴を上げている。それに構わず、爆豪は口角を上げて麗日を見た。
モブはモブでも、“マシな”モブ。少しだけ認めてやってもいいと、右手に火花を散らせて爆豪が叫ぶ。

「いいぜ、こっから本番だ。麗日」

カクン、と麗日の身体が崩れ落ちたのはその直後だった。麗日の意思に反して、身体はそこから起き上がる事はなかった。爆豪を片手で制し、ミッドナイトが判定を下す。「麗日さん…行動不能!2回戦進出、爆豪くん!」その声を聞くな否やセメントスはステージの補修へ、名前はハンソーロボと共に麗日のところへ。
軽い火傷と切り傷が数か所、見た所致命傷になりそうな外傷はない。「…悔し、い」腕で顔を覆っている麗日からその表情は読み取れない。風が優しく彼女の頬を撫でる。「よく、頑張ったね」髪に付いたコンクリート片を取りながら、名前はただ一言、そう言った。

『1回戦が一通り終わった!小休憩を挟んだら、早速次行くぞー!』

小休憩が終わる頃にはステージの補修も終わっているだろう。グッと大きく伸びをして、名前はそっと爆豪の後を追いかけた。

「…んだよ」

「治療は」

「要らねぇ」

勝ったとはいえ、無傷とまではいかない。所々切り傷はあるし、先程の一撃で左手の汗腺を痛めたままだ。利き腕は次の試合に取っておいたというところか。
くしゃりと赤白橡の髪に触れると小さなコンクリート片がざらざらと手に吸い付く。「触んな」と振り返った爆豪は相変わらず獰猛な色を瞳に宿していた。「隙あり」ちょうどいい、と振り返ったタイミングで絆創膏を1枚、左頬に貼る。途端吠える爆豪を軽くあしらいながら名前は彼を追い抜かし軽快に階段を昇った。

「あれ、名前さん。なんで此処に…」

「小休憩中に栄養補給しておこうと思って」

「そういう事ですか…って、かっちゃん!」

「んだてめェ何の用だ死ねカス」

緑谷に対する態度はどうやら変わってはいないようだ。持てる限りを詰め込んだらしい暴言に、緑谷は顔をげっそりとさせる。「いや…次僕だから控え室で準備…あと1回戦おめでとう」触らぬ何ちゃらと言ったように、そのまま爆豪が階段を上がりきる前に控え室に向かう緑谷の背に、機嫌の悪い声が問いかける。

「てめェの入れ知恵だろ」

「──!」

「あの捨て身のクソ策…厄介なことしやがってふざけんじゃ…」

「違うよ」

足を止めた緑谷がハッキリと否定の言葉を答えて振り返る。先程のぎくしゃくとした表情は消え、しっかりと深碧の瞳が爆豪を見つめていた。

「全部、麗日さんが君に勝つ為に考えて組んだんだよ。厄介だって思ったんならそれは…麗日さんが君を翻弄したんだ」

ぐ、と唇を噛み締め、爆豪は何も言わずに緑谷を追い越して行った。「緑谷くん」温かい手が頭部に触れる。「は、い」相変わらず、気配がない。きっと無意識にやっているのだろう。いつの間にこんな近くにとしどろもどろになりながらも返事をすれば、小さく笑った声が聞こえる。「贔屓する訳じゃありませんが」そう前置いて、名前は言う。

「頑張ってね」

「…はい」

緑谷が個性を使う時のように指先を弾くフリをすれば、察した彼が小さく笑う。
怪我をしない程度にと言うのも、無理しない程度にと言うのも、恐らく無理な話だろう。轟の実力は見ている限り緑谷が全力を持って挑まなければならない相手だ。だからせめて「後悔だけは、しないように」名前が今緑谷に言える事は、このくらいだ。
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