>>いつか必ず思い出す


全てのレクリエーションが終了し、生徒がフィールドから居なくなったタイミングで巨大なホースがセメントを運び出す。それを個性で本戦仕様に作り上げるセメントスの傍ら、名前は受け取ったインカムを耳に装着していた。人手は多い方が良いという事で彼女は試合中セメントスと共にステージ上で待機になる。
彼女の主な役割は危険と判断された試合時のストッパー及び救護時のロボのフォローだ。ステージ崩壊時には彼女の個性を使って担架まで運んだ方が効率も良い。このタイミングで彼女の身体が元に戻ったのはほんの偶然に過ぎないが、運営側としては使える手駒が増えたのだからラッキーという他ないだろう。
例年本戦においては個性の過激使用による選手の怪我、大規模な損壊による観客席への被害が酷い。それを最小限に防ぐ為、今年度はセメントスと名前でその役を担う。

「こんなもんかな」

彼の個性によって作られた特殊なステージはものの数分で随分形になった。四隅に設置された噴射口から吹き出る煌々とした炎が観客を煽る。

「オッケー。もうほぼ完成」

出来具合を確認しつつ、インカム越しにセメントスがそう呟く。このインカムは実況席に居る2人にも繋がっているのだ。

『サンキューセメントス!ヘイガイズアァユゥレディ?!』

『色々やってきましたが!!結局これだぜガチンコ勝負!!』

プレゼントマイクに煽られて、会場はより一層盛り上がりを見せる。モニターに映し出された1回戦、緑谷VS心操の文字。
1回戦目から個性を使う事にならないといいけれど、と緑谷という文字に一抹の不安を覚えながらもプレゼントマイクの紹介と共にステージに上がってきた両者を名前は静かに見据えた。

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする、後は「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!』

『ケガ上等!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!道徳倫理は一旦捨ておけ!』

「苗字さんにも椅子作ろうか?」

「いえ、私は立ったままで大丈夫です」

ステージ中央に選手2人が出揃う。セメントスと名前の居る反対側には主審のミッドナイトがステージ全体を見渡せる位置で待機している。

『そんじゃ早速始めよか!!』

プレゼントマイクの声に紛れて、心操と緑谷の会話が入り込んでくる。ワザと緑谷を煽るような言い方をする心操は表情を見ても何を考えているか窺い知れない。

『START!!』

「チャンスをドブに捨てるなんてバカだと思わないか?」

「何てこと言うんだ!!」

心操の問いかけに“答えた”緑谷が、ぴたりと動きを止める。
名前は受け持った事のあるクラスの生徒の個性は把握しているのでざわつく会場を余所に上手い事やるものだと1人唸る。
洗脳の発動条件を満たすには、観察力と思慮深さが鍵になる。本戦を辞退した尾白と緑谷は同じクラス。個性をモロに受けた尾白が1回戦の緑谷の相手が心操だと分かった時点で何かしらの接触を図るだろうと恐らく彼は推測する。
観察しうる限り緑谷はどこからどう見てもお人よしの生徒、上記の推測を込みにして自分の個性の発動条件をクリアするには──簡単だ、挑発すればいい。

『緑谷、開始早々──完全停止?!』

『全っ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!』

「おまえは…恵まれてて良いよなァ緑谷出久」

動けない緑谷に向かって、心操はぽつりと呟く。そして一呼吸置いて、決心したようにハッキリと言い放った。

『振り向いてそのまま、場外まで歩いていけ』

その言葉に従って、ゆっくりと緑谷は踵を返して一歩、また一歩とステージ外に向かって足を進めていく。
残念だが、このまま決着が付きそうだと顔には出さずに思った名前がふと選手入場口に目を向けると慌てた様子の八木が壁に齧りつくようにしてこちらを見ていた。緑谷の事になると本当に親心というか、贔屓していると思われても仕方がない事を平気でやる。現に轟にも勘付かれているのだから言い逃れは出来ない。幾らトゥルーフォームとは言え、メディアも多く来ているのだから少しは自粛するべきではとつい小言が漏れてしまう。
隣に座るセメントスに悟られないよう、小さく溜息を吐いた。

「──っ」

大きな風圧が緑谷を中心に巻き起こる。「あの状態から、」洗脳を解いたのか。負傷した左手の2本の指が彼の個性の使用を物語る。
それに一番驚いているのは他の誰でもない、洗脳をかけた心操本人だ。「何で…」今までのポーカーフェイスが崩れ落ち、彼の本音が口から漏れる。

「体の自由はきかないハズだ…何したんだ!」

大きく息を乱しながらも、咄嗟に緑谷は右手で自分の口元を押さえる。油断すればきっとその声に応えてしまう。2度目の油断は許されない。グッと心操は唇を噛む。
焦りが見え始めた。最初のような手はもうきかない。それでも──ここで負ける訳には、いかないから。

「なんとか言えよ」

「指動かすだけでそんな威力か!羨ましいよ」

「俺はこんな個性のおかげでスタートから遅れちまったよ──恵まれた人間にはわかんないだろ」


「誂え向きの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはよ!!」


距離を詰めた緑谷が痛い程唇を噛み締めて心操に掴みかかる。「なんか、言えよ!」殴られても、緑谷の目は諦めを宿していない。怯んだその隙に、心操はステージ外へと徐々に追い込まれていく。このままでは押し出される。「おまえが出ろよ!」ガッと心操が緑谷に向かって伸ばした腕、それが彼の待っていたタイミングだった。渾身の背負い投げ。これはそう、オールマイトが受け持った初めての実技授業で、緑谷が爆豪にやったものだ。

「心操くん場外!!緑谷くん2回戦進出!!」

ふわりと風が心操を優しく起こす。頭がチカチカする。「大丈夫?」伸ばされた手を反射的に掴んで、心操は目の前に居るのが名前だと気付いた。

「…大丈、夫です」

「頭を打っているみたいだから、心配ならリカバリーガールのところへ。歩ける?」

「歩けます」

「緑谷くんは退場後リカバリーガールのところへ」

「はい」

緑谷に背を向けたまま、心操はグッと拳を握る。負けたのは死ぬほど悔しい。でも、何も得られなかったのかと言えば、そうではない。全部、糧にする。全部糧にして何れ──追い抜いてやる。心操が緑谷に掛ける言葉は勝利への祝福でもなく、負け言でもなく、この先に対する“宣戦布告”だ。

「せめて──みっともない負け方はしないでくれ」

「うん!…あ」

「……」

洗脳の個性を持つ心操相手に試合が終わった途端、警戒心が消えた緑谷の気の抜け切った返答に心操は思い切り溜息を吐いた。
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