>>ゆっくり眠らせておくれよ


消耗した個性から自身を守る為に縮んだ身体は、その後取り戻す為に一定期間睡眠欲と食欲を通常以上に求めてくる。食欲は食べたいと思ったその時がそうだ。睡眠欲も同様に。
けれど、後者に至っては日常生活においていつでも眠れる環境なら問題ないのかもしれないが、現代社会はそんなに優しいものではない。
寝たくない時、寝てはならない時に眠くなってしまったら。──残念ながら名前は一度としてこの欲求から逃れられた事はないのである。

「あ、起きた?」Good morning!ぱちっと名前が目を開けると、頭上からそんな声が降ってくる。嗚呼、どうやらまた“やってしまった”らしい。
八木が寄りかからせてくれていたお蔭で、寝違える事もなく体の負担も少なく済んだ。漏れる欠伸を噛み殺しぼやける視界を目を擦ってクリアにする。
決勝戦終盤だったら、寧ろ体育祭が終わった直後とかだったらどうしよう、と一瞬不安が駆け抜けたがそれはどうやら杞憂に終わったようである。
「今、ちょうど良いところだよ」氷で造られた円型のフィールド。その中には緑谷チーム、轟チームの騎馬。スクリーンに表示された残り時間と現在の順位を確認して大分寝ていた感覚はあるものの、すごく良いタイミングで起きれたものだと温いミネラルウォーターを口にしながら思った。

『残り時間約1分!轟、フィールドをサシ仕様にし…そしてあっちゅー間に1000万奪取!!』

『とか思ってたよ5分前までは!!緑谷なんとこの狭い空間を5分逃げ切っている!!』

「緑谷少年、よく見ている。上出来だ」

適度な距離を保ちつつ、双方は一進一退を繰り返す。緑谷は常に轟の左側に寄って、氷結を封じているようだ。轟の“右”は使い慣れていて汎用性も高い分、コントロール自体は何も問題は要らない。けれど、緑谷にこうも警戒されていると重要なのはスピードだ。身動きを取れないくらい瞬時に凍らせるとなると、左側に寄られていては困る。騎馬を組んでいる以上位置的に飯田を配慮しなければならないからだ。
かと言って無闇に凍結させればその分折角造ったフィールドに障害物が発生し、逆に取られるリスクも上がる。そこまで見越して、緑谷はこのフィールドで5分逃げ切っているのだから大したものだ。
このまま逃げ切れるのではないかと希望が見えてきたところで、その一瞬で事は起きた。

『な──?!何が起きた?!速っ、速──!!』

飯田の個性は“エンジン”──生み出されるスピードは段階的に上げる事が可能で、“レシプロバースト”はその最上級、一時的に超加速が可能だ。反動でエンジンがエンストを起こし、使用後は一定時間動けなくなるようだが、随分と良い必殺技を持っていたものだ。
歓声が上がる。作られたチャンスを轟は見事物にした。彼の手に握られているのは紛れもなく、緑谷の1000万ポイントのハチマキだ。

『逆転!!轟が1000万!!そして緑谷急転直下の0P!!』

緑谷の表情が一気に焦りに変わる。今更獲物を変更している時間はない。グッと歯を食いしばった緑谷は、少ない残り時間での奪取を決めた。一瞬の間に変わった攻めと守り。
騎馬戦は個人戦ではない。騎馬になってくれた人たちの分まで騎手は背負う。だから余計に緑谷は引く訳には、諦める訳にはいかなかった。託された思いを、ここで無下には出来ない。

「あああああ!!」

緑谷が咆哮を上げる。その目が、その身に宿る意思が、轟には何かに重なって見えた。左腕を咄嗟に前に出したのは本能的な自己防衛に近かった。そこから溢れ出た煌々と燃える“炎”に一番心を揺るがされたのは轟自身だった。「俺は──お母さんの個性だけで、上に行く」あの時の轟の言葉が名前の中で思い出される。戦闘においては何があっても、左は使わないと。その決め事が崩された瞬間だった。
その動揺の隙を緑谷は見逃さなかった。手中に収めたハチマキは、彼の執念にも似た追い込みの結果だ。けれど、スクリーンに映し出された緑谷チームのポイントは70。
現在6位、これでは通過圏外のままだ。残り10秒のカウントダウンが始まり、氷のフィールドに他チームが最後の攻撃をしに乱入してきた。
懸命に伸ばした緑谷の手は、残念ながら轟に届く事はなかった。
勝ち取った者、競り負けた者双方に余韻に浸る時間は与えない。プレゼントマイクが順位を発表していく。

「冷や冷やしましたね」

「本当だよ全く…」

常闇の健闘のお蔭で、緑谷たちは4位で最終種目への進出が決まった。これから休憩を挟んで午後の部に入る。じっと座っていた教師陣も各々が席を立って昼食を摂るべく移動を始める。それに2人も紛れながら、ゆっくりと階段を下りて行った。その途中で──名前にとっては大変残念な事に──オールマイトが「あれっ」と見つけてしまう。
誰も寄せ付けないとでも言いたげに、触れるもの全てを焼き尽くす業火を身に纏うNO.2の男、エンデヴァーを。

「よっ」

オールマイトは片手を軽く挙げてその男を呼び止める。
反射的に振り向いてしまったのだろう、オールマイトを目視したエンデヴァーは途端、不機嫌そうなその顔を更に歪ませて本人が目の前に居るのにも関わらず、盛大な舌打ちで返事をした。
それに挫ける様子が一切ないオールマイトのメンタルを、名前は素直に尊敬する。──ただ単にエンデヴァーはこれがデフォルトだと割り切っているだけなのかもしれないが。

「久し振りだな!お茶しよ、エンデヴァー」

オールマイト、と憎々しげにエンデヴァーは呟く。NO.1とNO.2でこうも温度差があるものなのだろうか。エンデヴァーの瞳がオールマイトの隣に居る名前に向く。
何を言いたいかすぐに察した名前は、即座に肩を竦めて見せた。残念ながらこういう時のオールマイトは止められない。

「超久し振り!10年前の対談振りかな?!見かけたから挨拶しとこうと思ってね」

「ならもう済んだろう、去れ」

これはどうやら話が長くなりそうな予感がしなくもない。否、長くなりそうだろうがそうでなかろうが、名前には実際のところどうでも良かった。要は空気が悪いのだ。
小さな腕が一旦双方の話を中断させる。「お手洗いに行ってきます」──これはそう、逃げるが勝ちだ。

「私に構わず、どうぞごゆっくり」

とん、と個性で脚力を補助し、エンデヴァーを追い越して階段下まで名前は移動する。大きな大人2人、仲良くやってくださいとこれに関しては我関せずを貫く名前はとばっちりが来る前にさっさと戦線離脱した。実に賢明な判断である。
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