>>淀みに浮かぶ


「クソナードが!!」

随分元気な子だなあ、と電柱の上にしゃがんで頬杖をつきながら率直に名前はそう思った。
あれだけの事があった後に助けに飛び込んでくれた友達──と呼んでいいのか言葉に詰まるが──に青筋浮かべてここまで怒鳴れるなんて、本当にタフネスとしか言いようがない。
言いたい事を言い切って満足したのか、ポケットに両手を突っ込み背を向けた爆豪少年を見下ろして、どうしたものかと思案する。あの感じなら自宅まで送るべきなのは緑谷だろう。大きなリュックを背負った小さな背中を見て、爆豪の放った先程の暴言が脳内を掠める。
“無個性の出来損ない”彼──緑谷出久は、無個性なのだそうだ。世界総人口の約8割が何らかの特異体質を持つと言われている現代社会において彼のような人間は稀有だ。
無個性。何の能力もない、本当にただの一般人。けれど、あの場において無個性の彼はどんな個性持ちよりも臆病で、無謀で、勇敢で、ヒーローだった。あのオールマイトよりも。
立ち上がった名前の視界に、こっちこっちと手をふるオールマイトが映り込む。
意図が分からず小さく首を傾げると、オールマイトは自分とトボトボ歩き出した緑谷を指さして親指を立てた。──自分が送るのならそう言えばいいのに。
名前が頷いたのを見てから全速力で駆け出したオールマイトを見下ろして彼女は進行方向を考えた。

「あ?なんだよテメェ」

とん、歩く爆豪の目の前に着地した名前は投げられた暴言を気に留めず「自宅まで送ります」と用件だけ告げる。「いらねえ」と拒絶されるのは分かっていたので「オールマイトの指示です」と先手を打った。案の定、小さく舌打ちを零して名前を追い抜かした爆豪から拒絶の言葉は出てこなかった。

「……個性」

「はい?」

「てめえの個性は“浮遊”か」

まさか会話を相手からしてくるとは思わず、名前は少しだけ目を丸くする。それが気に食わなかったのか、爆豪は大きく舌打ちを漏らして返答を催促した。

「私の個性は“風使い”です。自分を中心とした5km圏内の風を自在に操る個性です」

「ハッ…クソチートが」

「そう思われがちですが、汎用性が高い分、リスクも大きいんですよ」

「……」

「…言いませんけど?」

「ハァ?!」

カッと目を見開いた爆豪を見て、何が可笑しいのか名前は口元を押さえて笑い声を漏らした。震える肩に合わせてゆらゆらと赤いリボンが揺れる。苛ついたように伸ばされた手を仕返しとばかりに払うと、そのままツン、と彼の性格を表しているかのような赤白橡の髪に触れた。
「あれ、思ったより柔らかい毛質ですねえ」と笑うと「っにすんだクソアマ!」と激昂した爆豪が牙を剥くが、5つも下の少年に悪態を吐かれても名前は何とも思わなかった。きっと弟がいたらこんな感じなんだろう、と思う余裕すらある。

爆豪の家に着くと声を聞きつけた母親が勢いよく飛び出してきて(恐らくニュースを見ていたに違いない)、名前が事情を説明するや否や般若のような形相で容赦なく実の息子に鉄拳を振り下ろした。「っ痛ぇなクソババア!!」返事の代わりにもう一発。何やら凄い家庭環境だ。反抗期真っ盛りの男の子を持つ母親は強いのだと名前は学んだ。
何度も息子の頭を押さえつけながら頭を下げる爆豪母に、自分は大層な事はしていないと控えめに告げ、帰る意を示す。
爆豪に何か言われたのだろう、先に家の中へと入っていった母親に目を向ける事なく、爆豪はじっと名前を見やった。

「君も、ヒーローになりたいんですか?」

出てきたのはさようならでも気を付けてでもなく、まったく別の言葉だった。ぴくりと爆豪の眉が痙攣する。不機嫌そうに掌を爆ぜさせて、まるで威嚇するように犬歯を覗かせた。

「“も”ってなんだよクソが」

「……」

「…俺は、ヒーローになる」

「そう。なら、またね(・・・)爆豪くん」

ひらりと手を振りながら名前は背を向ける。両の手のひらを胸の前で合わせて個性を発動させた。緩やかに這い寄った風が悪戯に赤いリボンを解いて逃がしてしまう。
意図せず自由になった黒髪を煩わしそうに片手で押さえつけ、名前は振り返る事無く地を蹴った。
やがて姿が見えなくなり、タイミングを見計らったかのように爆豪が目線を上げるとゆらゆらと風に運ばれて赤いリボンが足元に落ちてきた。
あの女の仕業かと一瞬疑うが、こんな無意味な事をするような馬鹿な女では無い事を、短時間で爆豪は理解していた。何となく拾ってしまった手の中のリボン。こんなモノ、少し力を入れれば一瞬で消炭だ。何の造作もない。けれど、爆豪はそれをしなかった。
ほんの気紛れである、そう自分を納得させて本当にらしくもないが、何の変哲もない数十分前に出会ったばかりの女の所有物だった物を乱暴にポケットに突っ込んだ。
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