>>流れ落ちる血は誰が為に


「質より量って感じだよなあ、オイ」

ガギィン、と向かってきた敵が振り下ろしたナイフを硬化した腕で難なく防ぎ、殴り飛ばしながら切島は思った事を口にした。同じく敵を容赦なく爆風で吹き飛ばした爆豪はちらりと切島を見やった。──どうやら思った程馬鹿ではないらしい。
散らして殺す、と黒霧が言っていた通り、彼のワープに巻き込まれた生徒たちは爆豪と切島のように散り散りに飛ばされた。そこで待ち構えていた敵の様子からして、元々の作戦のうちの一つなのだろうと推測できる。つまり、今目の前に居る敵は対オールマイト用ではなく、“対生徒用敵”と言う訳だ。
「…舐められたモンだな」青筋一つ浮かべ、最低限の爆破で敵の相手をしながら爆豪は呟く。不安定な建物の中、派手に動き回りながらも足場を崩さず闘えているのは爆豪の加減があってこそだ。見た目と性格で誤解されがちだが、状況に応じて瞬時に戦闘スタイルを変化させられるその適応力と冷静な判断力は群を抜いている。

「弱ぇな」

今2人が居るのは倒壊ゾーン。恐らく別のエリアも同じ状況に違いない。敵を倒しながら冷静にここまで考え付いた切島のこの先の行動は決まっていた。

「早く皆を助けに行こうぜ!攻撃手段が少ねえ奴等が心配だ!」

爆豪とて同じ答えに辿り着いていた。しかし、切島とは根本的に考え方が違う。今必要なのは救助ではなく加勢だ。

「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す」

思わず切島の口から「はぁ?!」と声が上がる。この期に及んでガキみてぇに、と思わず小言を漏らした切島を横目に「策がねぇわけじゃねえ」関節をぽきりと鳴らしながら爆豪は切島が動く前に真後ろまで迫った最後の敵を爆破で黙らせた。

「俺らに充てられたのがこんな三下なら、大概大丈夫だろ」

「お前そんな冷静キャラだったっけ?もっとこう、「死ね!!」的な」

「俺はいつでも冷静だクソ髪やろう!!」

中指を突き立てた爆豪を見て謎の安心感を覚えた。そう、爆豪はこうでなくては。「じゃあな、行っちまえ」爆豪のその言葉に切島は歯を見せて笑う。

「待て待て。ダチを信じる…!男らしいぜ爆豪!ノったよおめェに!」

誰がダチだ、と爆豪が言い返す前に、廃ビルの壁を突き破って“何か”が入ってきた。
「敵か?!」腕を硬化させて臨戦態勢に入った切島の視界に入ってきたのは、彼の良く知る人物だった。

「苗字先生?!」

2人が倒した敵の山がクッションになって大きな怪我はなさそうだが、随分と風貌の変わった彼女の姿を視界に収めて思わず言葉を失う。見たところ12才前後だろうか。特注のスーツは彼女の身体に合わせて縮んでいるので、血と砂埃で所々汚れてはいるが原型は留めている。大きく息を切らす顔にいつもの余裕そうな表情はなかった。限界はとうに来ているのだろう。それでも此処で膝を着く訳にはいかなかった。
飛んできた複数本のナイフを彼女の前に出た爆豪が吹っ飛ばす。
「茶茶を入れるのはよくないなぁ」トン、と横穴の空いた壁に背を預けて髪依はにこりと笑った。

「…キチガイ女が」

「私が用があるのは名前ちゃんだけだよぉ。邪魔するなら──殺しちゃうけど?」

大きく踏み出した一歩で爆豪と間合いを一気に詰めた髪依は無邪気な顔で笑う。振り下ろされたナイフを硬化した腕で受け止めたのは切島だ。
「…3対1かぁ」女の子には優しくするものだよ、と大きく伸びをした髪依の背後から、3体の彼女が現れる。

「形勢ぎゃくてーん」

「何人居ようがザコに変わりはねぇだろ」

「言ってくれるねぇ、赤ちゃん」

爆豪と切島のお蔭で髪依の死角に入る事が出来た名前が、小さな腕に纏わせた風を思い切り振り下ろす。身体が小さくなった分威力も比例はするが、それでも申し分ない破壊力だ。さらさらと崩れる髪依が「観念しようよぉ」と困ったように笑った。

「これで70体。…名前ちゃん、これ以上個性使うと本当に死んじゃうよお?」

「そう思うのなら本体を早く出して。手短に済ませたいのは私とて同じです」

「こんなに縮んじゃって。私は“あの頃”の名前ちゃんが好きなのに」

ずん、と地鳴りがする。パラパラと上から落ちてくるコンクリート片に緊張が走る。──此処に長居をするのは危険だ。
「苗字、こっから出るぞ」真っ直ぐ前を見据えたまま爆豪は冷静に言い放つ。大きく息を吐いて拳を握りしめた名前の瞳はまだ諦めてはいなかった。

「あの子の狙いは私です。──2人とも先に行ってください」

「先生何言ってんだよ!そんな状態で一人で戦うなんて無理だ!」

「ヒーローは無理をしてナンボです」

それでも、爆豪が大人しく食い下がる訳はなかった。「ゴチャゴチャうるせぇよ」大きく舌打ちを溢して、火花を散らし威嚇をしながら自身の籠手を髪依へと向けた。
「ま、マジかよ…」ヒーロー基礎学を思い出して切島は顔を青褪めさせたが、生憎と爆豪を止められる者はこの場に誰一人としていなかった。溜まったニトロが一気に髪依に放出される。轟音を響かせて元々半壊状態だった建物の更に半分が吹き飛ぶ。「飛べ!!」此処から外に脱出するのは容易な事だ。
鼻を突く煙に巻かれながらも、3人はほぼ同じタイミングで地を蹴った。
──空中に居る一瞬は酷く無防備だ。
煙を突き破って飛んできたナイフは、真っ直ぐ爆豪を追っていた。爆破で弾き飛ばすより早く、彼の視界に名前が入り込む。とん、と肩を押された一瞬身体を包み混んだ優しい風は隣に居た切島を巻き込んで別方向へと飛んで行った。
2人は確かに見た。彼女の身体から吹き出るように出た紅い色を。脇腹を押さえ、風圧を弱めながら土砂ゾーンに向かって落下していく名前を、2人は見ている事しか出来なかった。

「じゃあねぇ、坊や(・・)

倒壊したビルから覗いた顔は爆豪を見てにんまりと弧を描いて笑っている。ちろりと赤い舌が鋭利なナイフの先端を舐め上げた。
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