>>かよわない血は何色になるの


「初めまして、髪依ミコトって言いまぁす。OGだよ、よろしく赤ちゃんたち」

ゆらりと現れたその女もまた、異質だった。腰まである長さの三つ編みが体の動きに合わせて揺れる。じっと品定めをするかのように忙しなく動く目線が、酷く不快感を与えた。
「貴女は、」一歩前に出た13号の声は、動揺からか震えているように聞こえた。にんまりと歪められた口元が彼女の言いたいことを察して応える。

「13号せんせぇ、知らなかったんだ?」

「じゃあ、本当に」

「あは、立派な敵だよ」

何処からか飛んできた鋭いナイフが、髪依の背に深く突き刺さる。振り返ろうとした動作より速く、確かな殺意を持ったそれが髪依を吹っ飛ばした。トン、と静かに着地をした名前は指の間に幾本ものナイフを挟んで倒れた髪依を見据える。「仕込みナイフかあ、怖いモノ持ってるねぇ」背中のナイフを引き抜いて髪依は笑う。刃先は不自然な程綺麗なままだ。「本体は、どこ?」鋭利な風が片腕を一瞬で切断する。一切の容赦ないそれに周囲が固唾を呑む中、血の一滴すら出ず、痛覚すらもないその反応は唯々異常だった。

「名前ちゃん、相澤せんせぇはいいの?」

「今私が最優先すべきなのは貴女の排除だから」

「あは、最優先なんだぁ?うれしい!」

ひゅん、と投げたナイフが額に深く突き刺さる。サラサラと崩れていく髪依の身体を見ても、名前の反応は変わらなかった。「ねえ、名前ちゃん」夢と現実が交差する。
纏う風が幾ら彼女を吹き飛ばしても、心は晴れない。「ミコト、どうして」思わず漏れた疑問は、もう何年も前から答えが出ているようで出ていない。
どうしてと、何度も名前は彼女に問うてきた。共に学生であった時、あんなにヒーローを目指していたのに。ずっと友であるとお互いがそう思っていた筈なのに。
──どうして、今、互いの個性はぶつかり合っているのだろう。

「名前ちゃんが、ヒーローになったからだよ」

あれ程音を立てていた風がぴたりと鳴り止む。言葉は時に残酷で鋭利な刃物のように心の弱いところに深く突き刺さる。気付かないうちに、随分と消耗していたようだ。大きく息を吐き出した名前の額には玉の汗が浮かんでいた。限界の近さは自分が誰よりも解っていた。──でも、今立ち止まる訳にはいかなかった。耳に馴染んだ髪依の言葉が名前の中で何度も反響する。
「どうして」嗚呼やはり、疑問は消える事はない。

「名前ちゃんはね、たった一人の私のお友達なんだよ。ずっと、ずっとね大切な大好きなひと」

「もう、友達じゃない。そうでしょう」

「違うよ、違う。ずっと、友達。私はね、名前ちゃんの唯一になりたいの。だって、私の唯一は名前ちゃんなのに、名前ちゃんは違うだなんて、不公平でしょう?」

ゾッとするくらい、混じり気のない瞳だった。浮かび上がる熱に浮かされた赤い双眸がうっとりと細められる。この愛情を超えた狂気は、いつから彼女を蝕んでいたのだろう。
名前が、気付かなかっただけなのだろうか。こんな重く息の詰まるような感情が愛だと、知らないし認めたくはない。

「横に並んでいるだけじゃ駄目なの。私はね、名前ちゃん。その目に映す存在が私だけであって欲しいとずぅっと思ってた」

「その結果が、これ?」

「そう。だって、敵になれば名前ちゃんは追いかけてくれるでしょう?私を、見てくれるでしょう?私はね、そんな名前ちゃんの時間を留めて、ずっと一緒に居たいの。──死ぬまで」

ピピピ、とその場に似つかわしくない電子音が響く。内ポケットに忍ばせたスマートフォンが、彼女に限界を知らせた。直後、どくん、と心臓が大きく脈打つ。この感覚は久しぶりだ。名前は歯を食いしばった。今自分は、久しぶりに限界を突破しようとしている。
息を吐き出すのと同じように、体内のエネルギーが蒸気となって名前の身体から逃げ出していく。ゆっくりと小さくなっていく彼女の身体に合わせて、特注のスーツは縮む。
「嗚呼、名前ちゃん」目をキラキラと輝かせて、髪依は自分が大好きだったあの頃の苗字名前を視界に収めた。

「久しぶり、名前ちゃん」

「……最悪だ」

今の名前は見た目で言うのなら緑谷たちと変わらない、15,6歳くらいだった。この姿になってからの個性の連続使用は命に関わってくる。けれど──、髪依の身体を真っ二つに切り裂いて、名前は大きく深呼吸をした。多少の無理はしてでも、食い止めねばならない。例え刺し違えたとしても、彼女を止めるのは自分だと、名前は初めて髪依とヒーローと敵として対峙した時に心に決めたのだ。
斬られた胴体から現れた一本の長い髪。一瞬でそれは風に揉まれて消えてしまったが、緑谷は確かにそれを見た。「人間の髪って一日にどのくらい抜けるか、知ってる?」不意に落ちてきたその言葉を拾うのに、一拍の時間を要してしまった。緑谷を見下ろす髪依は、敵意のない笑みを浮かべている。その後ろで3体の髪依ミコトを見た緑谷は、息を呑んだ。一体いつの間に──、

「大体ね、60〜100本くらいって言われているんだよ。私の個性はねぇ、自分の髪の毛から分身を造る事」

「ミコト、その子たちに──」

「手は出さないよぉ。死柄木くんと違って、私はオールマイトも金の卵たちにも興味ないからねえ。さあ、名前ちゃん。愉しく殺し合おう。でも出来れば綺麗な状態の死体が欲しいからあんまり抵抗はしないで欲しいなあ」

黒い靄が周囲に広がる。「まさか、」この人数を、一気にワープさせる気か。ぐい、と腕を引っ張られ、名前は成す術無く髪依に引きずり込まれた。
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