>>暗闇から息づかい


キリがねえ。胸中大きく舌打ちを漏らしながら、それでも相澤は表情を変える事無く捕縛布で敵を捕らえ、一人、また一人と確実に仕留めていく。思いの外体力の消耗──主に目が──激しい。額から滑り落ちる汗がそれを物語っていた。それでも体勢を崩さないのは後ろに控えている生徒たちの存在が大きい。
不思議なもので、ヒーローは守る対象があってこそ、戦闘においては何十倍もの力を発揮する事が出来る。火事場の馬鹿力とはよく言ったものである。
敵の中で特に厄介なのは異形型の個性の持ち主だ。消す事の敵わぬそれは相澤と非常に相性が悪い。正に今、相澤はその相手とギリギリのところで渡り合っている。

「へへ!どうしたどうしたあ!消せないからって慎重になり過ぎじゃねえかぁ?!」

「…ちっ」

体長は3mほど、蜘蛛のように鋭い触手が6本生えた異形型個性。うねるそれは伸縮性もあるようで距離を取っても伸びる触手が追いかけてくる。それに乗じて突っ込んでくる他の敵を往なしながらその相性の悪さに苦戦を強いられていた。先端のあの尖りは危険だ。突かれたら一溜りもない。

「おらおらァ!!一本だけじゃねえんだぞ!!」

「…っ、」

左腕に僅かな痛みが走るが、それを気にしていたらあっという間に串刺しだ。予想通り、死角を狙って伸びてきた触手を捕縛して、奥歯を噛みしめた。
3本目の触手が相澤の頭を狙って振り下ろされる。身体を捻って避けるより早く、すぱんっと軽快な音を立ててそれは地面にぽとりと落ちた。ふわりと風が相澤の頬を撫でる。
とん、と相澤の隣に降り立った名前は斬られた触手を庇い唸る敵に向かって「あ、やっぱり痛みは感じるんですねえ」と呑気に零した。

「でも再生能力はないんですね?ならこのまま達磨さんにしておきましょうか」

「っんのアマァアア!!」

「風刃──“鎌鼬”」

腕に纏う風を敵に向かって振り下ろすと、そこから生まれた幾つもの風が三日月の刃のように敵へと降り注ぐ。その切れ味は先程実証済みだ。
未成年者が居る手前、出来るだけ流血要素は避けるべきなのかもしれないが、そうも言っていられない。
「首は規制が掛かってしまいそうなので勘弁して差し上げます」既に虫の息であろう敵にその言葉が届いているのかは定かではない。即死は免れたが、出血量も多い為放っておけば息絶えるのも時間の問題だ。しかしそれを助けてやる程敵は仲間意識が強いわけではない。

「…13号と生徒を守れと言った筈だ」

実に相澤らしい台詞だった。予想通りのそれに少しだけ名前は笑う。「すみません」とお説教は後でちゃんと受けると告げ、名前はその先に居る首謀者を見据える。

「イレイザーヘッド、合理的にいきましょう」

「言うようになったな」

「ふふ。どうぞ、雑魚はお任せください」

ぞろぞろと敵は黒い靄から止めどなくまるで虫のように出てくる。
「女如きにビビッてんじゃねえ!」その言葉を挑発的な笑みで受け止めて、名前は足元に転がる呼吸をするのがやっとの敵を思い切り蹴り飛ばした。
風を身体の部位に纏わせる事で、威力は何十倍、何百倍にも膨れ上がる。砂埃が舞う。派手に暴れますとの宣言通り、名前は個性を惜しみなく発揮する。
ピリ、と空気が攻撃性を増す。酷く居心地の悪い、腹の底を突き刺すようなこの殺気は、一体なんだ。一瞬、敵は目の前の女がヒーローであるという事を忘れた。それ程までに、名前の目には確かな殺意が宿っている。

「私はオールマイトより弱いですし、彼のように──優しくもありません」

腕に纏わせた風を倒壊ゾーンに聳え立つ廃ビルに向けて振り下ろす。途端、爆音を轟かせて“それ”は木端微塵に吹き飛んだ。地鳴りがする。
「まじかよ…」冷や汗を垂らして、上鳴と切島が同時に漏らす。あの華奢な身体からは想像もつかない、圧倒的なパワー。ごくりと全員が固唾を飲んだ。
オールマイトの相棒(サイドキック)という肩書きは伊達ではない。
不謹慎ではあるが、13号は悲しみに頭を抱えた。あれは彼女なりの牽制だ。分かっている、分かってはいるが、本当に容赦がない。彼女の学生時代の記憶が蘇る。あの頃より随分落ち着いたが、その力は健在だった。嬉しくもなるが、同時に悲しくもなる。彼女の在学中、一体何度このUSJを修繕強化した事か。思い出したくない。

名前が見据えているのは、ただ一人。指の間から覗く混濁した瞳と、揺るぎ無い意思を持った瞳が交わる。

「初めまして、苗字名前と申します。ご存知の通り、貴方方の目的のオールマイトの相棒(サイドキック)をしております」

「個性は“風使い”。ご覧の通り腕っぷしの良さは自負しておりますが、体内エネルギーを糧としておりますので個性の連続使用は10分程。制限時間付きですので、手短に済ませましょう」

「自らの弱点を露呈するとは……賢いとは言えませんね」

ゆらりと、黒い靄を身に纏う実体の見えない人物が嘲笑うようにそう告げる。
挑発的な表情は崩さず「私、ジャンケンは先に何を出すか言うタイプなので」とのらりくらりと躱す名前は掴みどころがない。「成程、聞いていた(・・・・・)通りだ」隣に控えている男が、首筋を爪で掻きながら独り言のように漏らしたその含みのある言い方に少しの引っ掛かりを覚えた。

「死柄木弔。…その礼儀正しさは評価に値する……お前も名乗れ」

「黒霧と申します。折角最前線に立って頂けたのです、まずは見せしめに貴女を殺しましょう」

黒霧と名乗る男の個性はワープ系で間違いない。問題は“どの範囲まで”使えるかだ。それ次第では非常に厄介だ。数に物を言わせる気であろうが、こちらも時間がない。
早い所相澤に道を作らなければならない。グローブで保護した右手に風が寄り添うように巻きつく。それを容赦なく地面に向かって振り下ろし、大きな地割れを起こした。その間から飛散する尖った岩が風で巻き上がり、意図的に二次被害を作り出す。

「はっ、チートかよクソが」

「こんなに個性を使うのは久しぶりなんです。まだ、暴れさせて頂きますよ」

地割れを掻い潜り、相澤が敵の懐へと突っ込む。「──だぁめ」名前の耳元で、聞き慣れた声がした。同時に伸びてきた両腕に緩やかに拘束される名前の身体。
目を丸くした名前の動揺が風にも伝わり、ぴたりと風音が鳴り止む。黒霧の靄がいつの間にか名前の背後に現れ、名前と“彼女”は望まぬ再会を果たした。

「久しぶり名前ちゃん、それから、相澤せんせぇ?」

長いこげ茶の三つ編みを揺らして、あの夢と同じように、真っ赤な瞳を愉しげに歪ませて“彼女”は確かにそこに存在していた。
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