>>力任せのおままごと


「先日頂いたカリキュラムではオールマイトが此処にいる筈なのですが…」

「どこだよ…折角こんなに大衆引き連れてきたのにさ…」

天を仰ぐその敵は体中に幾つもの“手首”が付けられている。特殊な個性の持ち主なのか、それが今までの犠牲者のものなのか、ホンモノなのか定かではない。ただその男の発する雰囲気が他に比べて常軌を逸している事を、この場に居る全員が瞬時に感じ取った。ぞろぞろと湧いて出てくる敵とは明らかに部類が違う。

「オールマイト、平和の象徴…居ないなんて…子どもか…それともオールマイトの相棒(サイドキック)を殺せば来るのかな?」

指の隙間から除く口元が弧を描く。
悪意というのは、例えるなら沼だ。底の見えない闇、一度足を踏み入れたら抜く事の出来ない粘着質な足元、そしてそこから飲み込むように五感を支配する揺るぎ無い“恐怖”。
悪意を向けられ慣れていない人間は、それがどうしようもなく怖くて仕方がないのだ。混濁した瞳が映すのは、酷く歪んだ劣情。
じっと見つめるそれが名前へと向いている。彼女の隣にいた麗日お茶子は、耐え切れずに後ずさった。

「ひっ…」

「…大丈夫、落ち着いて」

顔色を悪くした麗日の肩を抱いて、ゆっくりと名前は言葉を紡ぐ。「せんせ、い」と視線を彷徨わせるそれは、酷く怯えていた。
大丈夫、と微笑みかける名前を困惑した瞳が映し出す。立っているのがやっとの状態の麗日とは違って、名前はしっかりと地に足を着いて、他人を気遣い笑う余裕すらある。
どうして、と思わず疑問が出たのは致し方ない事だった。

「怖く、ないんですか…?」

「全然怖くないと言うと嘘になるけど」


──「ヒーローだから」


ゆるりと頭を撫でるその手は酷く優しい。真っ直ぐ前だけ見つめるその横顔は、笑みを浮かべてはいるものの、普段見せているあの穏やかな雰囲気は微塵も感じられない。瞳の奥に宿るのは敵に対する静かな怒りだ。13号と共に一歩前に出た名前の背中は立派なヒーローの一人だった。

「先生は?!一人で戦うんですか?!」

一人声を荒げるのは緑谷だ。数多くのヒーローの個性や戦闘スタイルを熟知している彼だからこその疑問が容赦なく相澤に降り注ぐ。

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

ゴーグルをした相澤がどんな表情をしているのか、緑谷は分からない。けれど、その一言が全てだった。
相澤は普段の気怠そうな見た目に反して運動神経が優れている。肉弾戦は得意分野だ。自らの個性を把握し、欠点を補う為に捕縛武器と体術を組み合わせた戦闘スタイルは汎用性が高い。加えて分析力と咄嗟の判断力は群を抜いている。だから13号と名前は援護ではなく生徒の人命を第一とする相澤の指示に直ぐに従った。
しかし、このまま彼一人で凌げると言い切るには不安要素の方が大きすぎた。
「13号先生」唇を極力動かさずに、名前は隣に居る13号に話しかける。13号のコスチュームは全身装着型なので、声量さえ落とせばこの距離なら敵に会話が聞こえる事はない。尤も後ろに匿っている生徒たちには丸聞こえではあるが、問題はない。

「イレイザーヘッドも私も、長期戦には向かない個性です」

「…ええ」

「ただ私の個性は一対多向けですし、派手に暴れる事も出来ます。──混乱に乗じて、ここから脱出して応援を呼んでください」

「苗字さん、」

「恐らくこのままでは──最悪制圧されます。生徒の安全が第一ですが、手遅れになる前に加勢も必要かと」

敵に囲まれながらも着実に数を減らしていくイレイザーヘッドが視界に入る。13号は決断を迫られた。相澤、名前、そして自分の個性の特性を知らないわけではない。
個性と戦闘スタイルを見た限りではどれも遜色がない。けれど、相澤と名前は個性の相性を踏まえると短期決戦タイプ。その中でも奇襲を得意とする相澤は今の戦闘が長引けば長引くほど不利になる。名前は個性の連続使用時間に限りがある為、長期決戦には向かない。
戦闘は場数とセンスだ。個性の強力さは申し分なくてもこの中で圧倒的に戦闘経験が少ない13号は後方支援という一択しかない。
「分かりました」もう、迷っている時間はなかった。「但し、無理はしないように」13号の返事を聞いてスーツのポケットから特製のグローブを出した名前は続けられたその言葉に苦笑を漏らす。

「善処はします」

「そう言っていつも無茶ばかりしていたでしょう」

「ふふ、先生には敵いませんね」

グローブを装着し、名前は更に一歩前に出る。スマートフォンは相変わらず圏外だ。トントン、と指先でアラームの設定をして、そのまま落とさないよう内ポケットにしまい込んだ。
少しだけ後ろを振り返ると、不安そうな顔をしながらもぎゅ、と拳を握るヒーローの卵たち。まだまだ知識・経験共に未熟な子どもではあるが、彼らは立派なヒーローの卵だ。そう易々と敵にどうこうされるとは思わない。視界に入る、今にも突っ込んでいきそうな生徒が何人か。思わず口元を緩めた。少しヤンチャなくらいが、適性なのかもしれない。

「時間は稼ぎます。──御武運を」

ゆらゆらと好き勝手に吹いていた風がすっかり大人しくなった事に、この場に居る何人が気付いただろう。両の掌を合わせた名前は、好戦的に微笑む。
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