>>愉しい企て


「もしもし」

──あー、名前?私なんだけどね、あの

「言いたい事は分かっています。ですが私からも言いたい事があるのですが?」

──う、うん。すまん

「まだ何も言っていないのに謝罪をするという事は、解ってはいらっしゃるんですね」

──そりゃ勿論さ!でも

「…放っておけないのは分かります。考えるより先に身体が動いてしまうのは“ヒーローの本質”なのでしょう?でも、考えるよう努めてください」

前よりも活動時間が短くなっている自覚、おありなんでしょう

──名前を前にするとぐうの音も出ないね、私。…いつもすまない

「…報告書の件はお任せください。……あと、今日の授業も」

──ありが……ムム?立てこもり事件?!

「………」

プープー、と通話の切れたスマートフォンを見下ろして名前はここ最近で一番大きな溜息を吐いた。この件は既に校長である根津に相談済みだ。きっと、今日にでもオールマイトと話をしてくれるに違いない。
新学期が始まって既に数回を超える遅刻の穴を埋めるのは当たり前になってきた。身を案じているからこそ、声を荒げて止めるべきなのだろう。けれど、それが出来ないでいるのはきっと、ヒーローとしてのオールマイトがどうしようもなく好きだからだ。
不安や恐怖を払拭してくれる、あの存在に救われたのは自分だけではない。
先の事を考えるのは、すごく怖い。彼のヒーローとしての限界が訪れてしまった時、どうなるのか──名前はいつも怖くなって、ここで考えるのを止めてしまう。

「…学校に、行かなきゃ」

口では厳しい事を言っても結局こうして見て見ぬフリをしてしまうのだから、名前だって同罪である。
今日の基礎学はUSJでの人命救助訓練だ。気持ちを切り替えるように、名前はマグカップのコーヒーを飲み干した。


***


「わー!苗字せんせーだ!」

「て事はオールマイトまた休み?」

オールマイトのお蔭と言っていいやら、名前はA組の面々と関わる事が比較的多く、この短期間で既にお互いに顔と名前が一致する関係になっていた。
懐っこい笑みを浮かべて手を振る芦戸に小さく振り返して、ざわつく生徒たちを横目に相澤と13号の隣へと控えめに並んだ。

「お久しぶりですね、苗字さん」

「はい、13号先生もお元気そうで」

お互い小さくお辞儀をし合い和やかな空気が漂うが、それを打ち破るように大きな溜息を吐いた相澤が口を開く。

「苗字、13号から話は聞いている」

「…申し訳ありません」

「仕方ない。始めるぞ」

「では、僕から始める前にお小言を一つ二つ三つ…四つほど」

指折り数えてそう切り出した13号の隣で、名前は久しぶりに足を踏み入れたUSJを見回した。学生時代はここで随分勉強をさせてもらった。
13号の個性は周りへのリスクが大きい為、対人向きではない。主に自然災害時の人命救助においてその真価を発揮する。そんな災害救助を専門とした13号が作った“USJ”は規模も勿論、あらゆる災害時の疑似体験が行える文句の付けどころがない演習場の一つだ。

立てこもり事件の解決を以て、活動限界時間手前までマッスルフォームを使用してしまったオールマイトではあるが、ギリ10分は持ちそうなので授業の最後には顔だけでも出したいと言っていた。多分今頃根津とお茶でもして話しているに違いないが、送ったメッセージに返事のない事を確認した名前はある事に気が付いてふと首を傾げた。

「あの、相澤先生」

「なんだ」

「USJって電波機器使用制限区域でしたっけ?オールマイトに連絡を取ろうとしたのですが、圏外で」

「……なに?」

ほら、と画面を見せると相澤の目が不審な色を宿して細まる。「どういう事だ」独り言のように呟いたそれは13号の締めの言葉に重なって名前の耳に届く。
疑問を残しながらも、授業を中断する訳にはいかない。「13号に確認させる」と小さく返答した相澤は、「そんじゃあ、まずは…」と言葉を開こうとして、ぴたりと動きを止めた。
ぞく、と13号と名前の背に寒気が走る。この独特の感覚は、恐らく“現場”に一度でも遭遇した事のある人間にしか感じ取れはしない。ただ、空気がピリっとしたのは分かったのだろう。A組の生徒たちは不思議そうな顔で教師陣へと視線を向ける。
言葉を詰まらせた2人の代わりに血相を変えた相澤が、瞬時に振り返って叫んだ。

「全員一かたまりになって動くな!13号、苗字!生徒を守れ!!」

頬を撫でる風は生温い。噴水の前から突如現れた(ヴィラン)はこちらを見上げて不敵に嗤った。
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