>>不吉を連れ歩く


昼食時、食堂は学年問わず生徒という生徒でごった返している。クックヒーロー・ランチラッシュの「メシ処」は全生徒の胃袋を掴んで離さない。和洋中なんでも作ってくれて、且つスピーディーでボリュームもある。そして何より、学食という事もあって安価で頂ける。これ以上があるだろうか。卒業後も足しげく通う人もいる、と噂で聞くが恐らく事実だ。何せ、名前もそのうちの一人なのだから。

「こんにちは、ランチラッシュ」

「やあ、苗字さん。今日は何にする?僕としてはやっぱ白米がオススメだけどね」

「ふふ。今日は特製サンドイッチがいいです」

名前の個性は強力故、その代償として体内エネルギーの消耗が激しい。連続で使用するとキャパオーバーを起こし、身体が縮む。少なくなったエネルギーでは生命活動の維持が危ぶまれる。身体が縮むのは、残った少ないエネルギーで何とか活動しようとする一種の防衛本能だ。体内エネルギーを満たすには、単純に食べて寝れば良い。だから名前は何時でも何かしらエネルギーを摂取できるよう栄養調整食品を持ち歩いている。
そんな事情を知っているランチラッシュとは長い付き合いで、名前の為に特別メニューをこうして作ってくれる。非常に有り難い事だ。

「…フードファイターかよ」

あむ、と実に幸せそうな顔をして──恐らく4人前はある──サンドイッチを食べる名前は、他の生徒から見て異様だ。
体型に合わない量を一人で黙々と摂取している彼女は周りの注目を静かに集めていた。そこに敢えて突っ込みを入れてきたのは、昼食のトレーを片手に偶然通りかかった爆豪だった。

「あ、爆豪くん。こんにちは」

賑わう食堂内ではいつも席争奪戦が繰り広げられている。チッと舌打ちを一つ溢して、仕方なくといった様子で爆豪は名前の目の前にトレーを乱暴に置いた。
「見んなよ」という爆豪の声も気にせず、名前はトレーの上の麻婆丼と肉まんのセットを覗き込む。湯気の立つそれは所々赤黒い。見るからに辛そうなそれを平然と口に運ぶ爆豪は余程辛みに強いのだろう。
「これ、美味いけど後から、来る…!」と爆豪と同じものを食べている彼の後ろの席の男の子が同席の子にそう言っているのを聞いて名前はそう思った。

「昨日のヒーロー基礎学はどうでしたか」

「あ?」

授業の感想を聞いただけなのに、一言目にして地雷を踏んでしまったらしい。その爆豪の態度が答えだ。見事に機嫌が低下した彼を見て何かあったんだと名前は思う。

「聞いてねぇのかよ」

「あとでVと成績を見るつもりです」

「なら聞くんじゃねえ。メシが不味くなる」

ふん、と外方を向く爆豪を見てこういう所は年相応だと笑いそうになって、代わりに名前は大きく咳き込んでしまった。
ハンカチを口に当てて暫く咳き込む名前を爆豪はじっと見つめる。

「……具合悪いんかよ」

「ただの風邪です」

咳が落ち着いたところで水を飲もうと名前が手を伸ばすが、それより先に爆豪がぶっきらぼうにそれを差し出した。
「ありがとう」と素直に受け取って枯れた喉を潤した。この前のリボンの一件と言い、口の割にお兄ちゃん気質のようだ。年下なのに何か変なの、と思えば顔に出ていたらしく「なんだよ」と不審そうに見られる。

「普段世話を焼かれる事はないので、嬉しいなって思いまして」

「…そうかよ」

照れ隠しなのか、肉まんを一切れ千切った爆豪はそのまま名前の口へと突っ込む。「むぐ」と軽く咽ながらも美味しい事には変わりないので大人しく咀嚼する。しかし一言「食べる?」くらいは聞いてくれてもいいのではないだろうか。
校内に侵入者を知らせる警報がけたたましく鳴り響いたのはその時である。

「あ?警報?」

──セキュリティ3が突破されました

「爆豪くん、避難指示が出てるけどどうにも可笑しい。気を付けて行動して」

「おい苗字、っ」

人の波が押し寄せるより早く、名前は個性を発動させて旋風を纏った。そのまま開いている窓から外へと出る。警報に紛れて聞こえる声と複数の気配。
「…こっちか」とそのまま騒がしい方向へと出向くと、既にイレイザー・ヘッドとプレゼント・マイクが対応に追われていた。

「あれは、今朝の報道陣?一体、どうやって」

今朝よりも増えているマスコミ連中が「オールマイトを出せ」と一様に訴える。
完全に不法侵入だが、あのセキュリティを突破できるような個性を発動させた人間がこの中にいる可能性は無きにしも非ず。見過ごすわけにはいかない。
一般人である事に変わりはないからか、2人の胸中は穏やかではないだろうが表面上穏便に済ませようとしているような様子に痺れを切らして先手を打ったのは名前だった。

「う、わっ?!なんだ?!」

「ちょっ浮いてる!」

「苗字」とどこか咎めるような声を相澤が上げるが、お説教を聞くのは後ででも構わないだろう。報道陣全員を風で拘束し、宙吊りにする。
「大人しくしてくださいね」と名前が声を掛けると、彼らの中からブーイングが巻き起こった。

「一般人に個性を使うのか!」

「不法侵入をしておいて何を言ってるんです。それに、私に今朝個性を仕掛けてきたのはそちらなんですからこれでお相子です」

その言葉にうっと言葉に詰まった人間が居た。「嗚呼、貴方ですか」と名前が目を細めるとそれ以上彼が抗議の言葉を発することはなかった。
指先をくるくると回すとそれに合わせて捕らわれた報道陣もくるくると回る。遊園地のコーヒーカップよりも強い回りに「目が回るー!」「ひいぃ!助けてくれ」と懇願の声が上がる。しかし止めることなく「物事には引き際というものがあるとこの身で知る事が出来て良かったですね」としれっと返す名前は中々の鬼だ。

「苗字そのまま警察来るまで拘束してろ」

「ナイスなタイミングだな全く!危なく俺の美声を響かせるとこだったぜ」

「それはやめろと言った筈だ」

程なくして警察が到着し、マスコミ関係者は警察から厳重注意のもと直ちに撤退した。
問題はこの後である。相澤はクラスへ行かなければならないのでこの場を後にしたが、校長を始めとする面々が問題の場所へと集まっていた。

「ただのマスコミがこんなこと出来る?」

18禁ヒーロー・ミッドナイトが顔を険しくしてそう問う。「少なくとも、私が拘束した中には居ませんでした」と名前が返すと、静寂が場を包む。
何層にもなる門のセキュリティが文字通り“粉々”になっていた。個性使用は間違いない。
「そそのかした者がいるね」内部の犯行を仄めかすような根津の物言いに緊張が走る。

「邪な者が入り込んだか、もしくは宣戦布告の腹づもりか…」

「どの道、見直さないといけないね。…色々とさ」

賽は投げられた。入り込んだ不穏な空気は抜ける事無く膨張する。──周囲を巻き込んで。
 Top 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -